第160話 「師匠VSアスタルテ」

純白の幼女、アスタルテ。

小柄でほっそりとした体型に、雪のような、絹のような、さらさらとしたツインテール。

エルフの耳は紛いであり、真紅の瞳が正体を語る。


【四方】に座す真に偉大な竜エンシェントドラゴン


「ゆくぞ」

「ああ!」


と応えるやいなや、前後左右から同時に石柱が迫ってきた。

唸りをあげ、風を切り裂きながら。


「――セッ!」


足下に爆発を叩き込み、それと同時に右斜めに跳躍ジャンプする。もちろん『耐火』も忘れずに。

火精は炎をおこすだけでなく炎を鎮めることもできる。

今までも……いや恐らく。


旅の始まりからこいつらは俺を守ってくれていたのだと思う。

そうでなければ数々の至近距離からの『火葬インシネレイト』で、ヤケドひとつ負わなかったのはおかしい。


初手の様子見の石柱は、密に構成した『俯瞰フォーサイト』と、『爆ステップ』で対処できた。

そして次に来るは『石槍』だ。


アスタルテの両サイドから、マシンガンのように……これに対処するのはもちろん、俺の十八番オハコでだ。

二丁拳銃デュアルウィルドを最速最硬でブン回し、『火弾バレット』で『土槍』を撃ち砕く。


物質化マテリアライズ無限装填ゼロシフト、そしてもちろん並列想起へいれつそうき

それら全マシの『火弾』は重機関銃ヘビーマシンガンを2丁担いでいるに等しい……いやそれ以上の火力と弾幕を張れる。

しかも『俯瞰』による正確無比な照準は、無駄弾ひとつない。


……来たか。


正面への弾幕を維持しつつ、ソレを捉える。

斜め後ろ上空、巨大な岩石がひとつふたつ、いやななつ。

俺をトマトにせんと迫りくる。


―――即座に『空間魔法』を想起、空間を『歪曲』


俺に殺到した岩石はすべて、その手前でクイッと急カーブを描き海へと放り込まれていく。

真実、見えない曲がり角によって俺への到達を許さない。


火精と風精のチカラを強く凝縮させることで、空間を折り曲げる『歪曲』は、ここ1年ほどでようやくモノになってきた。

特にこうした、単純な力比べではどうしようもないものから身を守るのにうってつけだ。


その後も、『俯瞰フォーサイト』を維持しつつあらゆる攻撃から身を守った。


『火弾』で砕く。

物質化した『火壁』で防ぐ。

『爆ステップ』で躱す。


ときにはそう、戻ってきたばかりのリンドヴルムや、腕に巻き付いた鎖の自動防御オートガードにも頼り。

気づけば、アスタルテの攻撃はやんでいた。


「よかろ」


アスタルテは両腕を下げ、真っ直ぐにこちらを見やる。

真紅のその瞳に戦意はまったくない。


「……本当に?」


もう3分が経ったのだろうか。

もう3分を越えられたのだろうか。


「ほうじゃの。手も多い、判断も速い、工夫もしておる」

「……マジか」

「特にそうじゃな、『睡眠スリープ』のケムリをそこな紅竜ドレイクに吸わせて防ぐとは思わんかった」

「ああ、あれはうまくいった」


とっさだったのだが、導かれるように解答が思いついた。

当のリンドヴルムも眠りに落ちる直前に霧散させ、またすぐ顕現けんげん

2年ぶりだというのに、彼とはあうんの呼吸が維持できていた。

むしろ、より深いところで繋がっているような感覚すらある。


「これで、おぬしはひとまず仕上がった。我のお守りがなくともすぐ殺されることはあるまい。

 ――師として、旅立ちを許可しようぞ」

「……。」


ひとまず仕上がった。

旅立ちを許可する。


つまりそれは、【四方】である氷の魔女を止めるにたる力量があるということか。

にわかには信じられない。

しかし、俺のそんな驕りは【四方】であるアスタルテにはまんまと見破られていた。


「むろん、そのまま行っても殺されるだけじゃ。それに封印紋も掛け直さねばならん」

「封印紋?」


初めて聞く言葉だ。

だが、さきほどの圧倒的な火力から、うすうすアタリはついている。

そしてそれは大正解であった。


アスタルテは語る。

精霊のチカラ、特に古いつよい精霊のソレはやたらめったら使っていいものではない。

四大属性のうち、あるひとつだけが極端に高まれば世界のバランスを壊してしまう。

それこそ、氷の魔女の領域のように。


いまの俺は古い精霊にアクセスできる実力があるらしく、ソレを思いのまま振り回せば大惨事になる。

そのブレーキが封印紋だと。


「ゆえに、紋の解除には我の許可がいる。氷の魔女、あるいは勇者。

 つまり【四方】クラス以外に使うことは許さん。

 もちろんたかがニンゲンごときに使うこともな」


「……ピンチのときは?」


「封印紋でフタをされてなお、おぬしの存在濃度はヒトを越えておる。

 自力でなんとかせい」

「ええっ、殺生な……」


「それだけ、古い精霊の扱いには慎重にならねばならん」

「まあ、それはわかった」


俺だってもういっぱしの精霊術師だ。

それぐらいはわかるし、精霊と自然の均衡は体感でわかるようになった。

もし先のスカイツリー砲を気軽にぶっ放していれば、どこかで必ず歪みが生じる。


あくまで切り札、とっておきというわけだ。


……ん?


「封印紋アリで俺のレベルは12なのか?」

「ほうじゃの」

「……封印紋ナシだと?」

「ハッ」


アスタルテは、満足そうに笑った。

おぬしはよくやった、予想以上の仕上がりじゃ……と。

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