第152話 「ジャンボジェットサイズ」

あれから1年。

アスタルテとの訓練にもずいぶん慣れ、最初のころのように記憶がなかったり表情筋が死滅することはなくなった。

扱える精霊力も、ソンザイノードとかいうやつも、ずいぶん上昇した。


だが、まだまだ。

願う存在に至るにはまだまだ全然だ。


そうして、今日もアスタルテとの修行に明け暮れていると……意外なヤツが訪れてきた。


「よう、師匠サン」

「へーえ、ほんとだ! 【竜骨】の御老体もやるなあ……このご時世に新しい精霊術師を生みだすなんて。まだまだヤンチャだね!」


ヘラヘラと笑う勇者と、シャラシャラとした青年。

青年は背が高く、乱雑だが計算されたかのように散る前髪を、軽くかきあげる。


「始めまして、ニンゲンの精霊術師。僕は風竜だ」

「なにしに来おった、ほうか、ここで戦争かの」

「いやいや、今日の僕は護衛だよ。それに、ここで戦うとキミが有利だろ?」


風の竜……そういえば、勇者は風の精霊が操れるとアスタルテが言っていた。

しかしけっして【精霊術師】ではない、とも。


その風のチカラを与えたであろう風竜……透き通るような金髪の青年を見る。

切れ長の瞳に、甘いマスク……まあ、すごい爽やかなイケメンだ。

それでいて中性的な顔立ちは女性といっても通用する。

ドラゴンは人化のときに好きな形態をとり、それを続けると定着してしまうというが……。


「おいおい師匠サン。どっちかってーと、今日の主役はあんただ」

「……。」


声をかけられ、なんとか今まで無視をしていた相手に仕方なく視線をおくる。

そう、コイツとは、話さなければならないことがある。

しかし、それにはどうしても『あの日』のことを思い出さなければならなくなる。


銃声と、声なき悲鳴と、彼女アルマの死。


しかし逃げ続けることはできない。許されない。

まっすぐに勇者と向き合う。


「あの銃は、オマエが?」

「いや、そうだ。その誤解を解きにきた」


「誤解? 銃の知識アイディアを教えたのはオマエだろう?」

「ああ。そしてソレを【賢者】は勝手に帝国に渡した。それから情報も。そうして、アンタをハメた。あわよくば亡き者に、でなくとも俺たちと敵対するように」

「……。」


「敵対して、俺を殺しにくればさすがにこっちだって命を守らなきゃいけねぇ。ようは殺し合いになる。それをアイツは望んでた」

「…………。」


「ニンゲンは馬鹿だから簡単に操れるってな」

「…………。」


「あの金髪のねーちゃん、死んじまったんだろ?」

「……だまれ」


怒りが、爆発的に膨れ上がる。ふつふつと、頭がいっきに熱くなるような、痛くなるような。

火精を総励起フルブーストし、並べ立てた銃口を勇者へと向ける。

ほんとうに、思わず、抑えきれず、しかしギリギリ耐える。


「わかるだろう? ソレだよソレ。ようやっとアンタも俺と同じ地点に立てたんだ」

「……。」


「だから、取引……いや交渉に来た。アンタに復讐の機会をやる」


ぼすん、と唐突に勇者と俺の間に、縛られた女性が現れた。

流れるような金の髮、彫刻のような美しさ、けれどその瞳は病人のそれ。

……賢者スピカであった。


「師匠サン、こいつをぶっ殺してもいい」

「――なっ……」


瞬間、勇者に向けていた銃口を無意識に賢者へと向けていた。

こいつが渡した情報のせいで、アルマは、そして結果的に同郷のまれびとも、ラビット族も。

みんなみんな、死んでしまった。殺されてしまった。


「あと、アンタのお仲間を撃ったヤツも教えてやる。聞きたいだろ、ぶっ殺してやろうぜ」

「……条件はなんだ」


アスタルテは無言で俺を眺めている。

だが、聞かずにはいられなかった。

あの日に立ち会った俺には、それを我慢することはできなかった。


「――今度こそ、本当に今度こそ。俺の仲間になってくれ、師匠サン」

「ハッ、何を馬鹿な……」


「いや、わかるだろ」

「……。」


「あの日に巻き込まれて、アンタは本当の意味でこの世界のヤツラの本性を見れたんだ。帝国、ドワーフ。俺たちまれびとはどうなった? どう死んでいった?

 当ててやろうか、見てねえが俺にはわかるぜ。まるで玩具オモチャみたいに殺してくんだよな、楽しんで、愉しんで。死んだ後だってバラしたり槍に刺したり……」

「……だまれ!!」


吐き気がずくり、と持ち上がる。

あの日の光景。

立ち並ぶ軍隊の槍に、なにが飾ってあったか。

避難船は、どう破壊されていったか。

すべての光景が、音が、いっきに再生される。


「師匠サン、その復讐のひとりめがソコに転がってる」

「……だまれ」

「そんで、こっから始めよう。ほんとうのスタートはここからだ」

「……。」


ほんとうの、スタート。

つまりここから彼とともに『あの日』の復讐を始める。

『あの日』死んでいった彼ら彼女らのために。


そのために、あの大樹海から始まったすべてのこと……今までの旅や仲間、すべてを捨てて。

……答えは、明白だった。


「いや、お断りだ」

「……ハッ?」

「オマエの仲間になるのも、オマエがやろうとしてることも」

「いやいやいや、オカシイぞアンタ? こいつの、賢者のせいだろ? こうして手土産に……」


「――交渉決裂だ。それから、オマエがやろうとしてることも止める。今ここで」


高まった怒りを戦意に変え、すぐさま戦闘状態へ精神こころを切り替える。

しかし、それに割ってはいったのはアスタルテであった。


「いま此処ここで始めれば、こちらが勝つのう」

「だったら!」

「生き残りは我ひとり。そういう勝ちじゃがの」

「……。」


「まずまれびと、おぬしが死ぬ。ついで駆けつけたみけと鎖の少女が死ぬ。それからようやく勇者が死ぬ。そこからは竜同士の殺し合いじゃ。その余波で館の者は全滅する。おそらく開拓村も滅びる。そういう戦いを、始めるのかの?」

「…………。」


パン! と風竜の拍手の音が割って入る。

まるで神社へのお参りのような仕草で。


「さっすがすごいねアスタルテ。まあこっちもキミの自陣で戦おうとは思わない。それにここは決戦の場として風光明媚ふうこうめいびすぎる。樹海もあるし、下手すると【竜骨】の爺さんの封印も解けちゃう。よくないね。だからこちらもそのつもりはないよ」


「師匠サン、本当にいいんだな」

「なんだ」

「スピカを殺れる、最後のチャンスになるぜ?」

「どうだかな」


賢者への殺意がなくなったかというと、そんなことはまったくない。

あの日だいぎゃくさつ』の出来事、記憶がそれを否定している。


だが、ここでやつの条件を呑むということもありえない。

あの日スタート』からの出来事、仲間がそれを否定している。


「そうか……本当に残念だ、師匠サン。じゃあ、まあ。次あったら敵同士ってわけだ」


「……ハハハッ、何を期待していたんだろうな……」彼のちいさな呟き。

そうして勇者は転がされた賢者を抱えると、後ろへ一歩踏み出した。


気がつけば、その一歩で彼は消えていた。


「じゃあね、アスタルテ。僕もここいらでおいとまさせてもらうよ」

「おい風竜、ヤツを助けたのはおぬしか?」

「んーーーー、いや。最初を切り抜けたのは彼のチカラだよ。そのあと感動してチカラを授けたのは僕だけど」

「ほう」

「彼みたいなの、僕は好きなんだ。それにいまのこの大陸は……ヒトがウジャウジャ、うぞうぞ。ちょっと気味が悪いしね。キミには悪いけど」

「言いたいことはそれだけかいの」

「ん、それだけだよ」


じゃ、と手を振りくるりと後ろへ振り返る。

そうして瞬きの間に、変化は起きた。


あざやかな若草色の竜が目の前に、最初からその姿であったかのように悠々と。

とても巨大で、ジャンボジェット機がそのまま生物になったのようだ。


あっけに取られていると、そのまま彼は大翼をぐわっと広げる。

影が落ち、そしてそのままただの一回、翼をはためかせた。


それだけで、竜は垂直に、射出されるかのように飛び出していった。

こちらに、爽やかな草原のようなそよ風だけを残し……。

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