第153話「アーちゃん」

※短めです。


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垂直に、ほとんど瞬間移動のように風竜は消えていった。

気付けばはるか上空、そして気付けばそのまま空の彼方へ。

風の竜にふさわしく、凄まじい飛行能力だ。

恐らく、戦闘機ですらまったくお話にならないだろう。


「ふう……まったく肝が冷えたわい」

「そうだな……でもあちらに戦意は……」

「いや、特に風竜のヤツは読めん。気まぐれに戦いを起こしても不思議はなかった。そういうヤツじゃ」


「そうだよねぇー。風ちゃんは昔からああだよねー」


突然ふたりの会話に割って入った声。

振り返ると、すぐ真後ろにぴったりと女性の姿。


「うわっほい!」

「わっ!!」


驚いて飛び退く。

緊張が解け、思わず『俯瞰フォーサイト』も解いていたようだ。

危ねえ危ねえ……と。


「よう来てくれた。助かったぞい」

「アーちゃんの頼みだからねぇー。そりゃもう急いで泳いできたよ!」


にこにこを無邪気に、子どものように笑う少女……いや女性か。

見た目は20ぐらいで、髮は鮮やかな水色で艷やか。

耳元からながれる髮はいわゆるツインテドリルだが、髪質がとても柔らかそうなのでドリルというよりソフトクリームのよう。

卵型のお顔に、ものすごく眠そうな目元、雰囲気がずいぶん柔らかい。ふわふわ、ほわほわと。

それともう、俺にはわかってきたが……。


「こやつは水竜。勇者組の接近を察知し事前に呼んでおった」

「水竜ちゃんだよー、初めましてだよ師匠くん!」


気軽ににこにこ、俺の手をぶんぶん振る。

そのしなやかでこれまた艶のある指に絡め取られた俺の両手は、心なしか喜んでいる。

こうして間近で見てさらに、彼女の危険性がわかってきた。


子どものかわいらしさと、オトナの女性の魅力。

すべてを凝縮したらこういう人になるだろうか。

一言で言って、恋人イリム持ちの俺にはとても危険だ。


「や、初めましてであります」


口調もオカシクなる。

これ以上の接触は危険と判断し、すこし失礼だがやや強引に手を振りほどく。


「わっ、意外にクール」

「やめよ水竜……おぬしな……」

「いやぁー結構好みの男の子だからねぇー」


とてつもなく気になる言葉を反芻はんすうしそうになり、そしてイリムに串刺しにされる未来が一瞬浮かびゾクッとし、そう。

耐えました。


「こやつがいたから、先方も手出しできんかった。さきの力関係にまで持ち込めた」

「……そうだったのか」

「そだよー」

「おぬしでは、まだまだ勇者と勝負にならん。まだ、耐えよ」

「……うっす」


そう。自分でもわかっていた。いまだ【四方】には遠く及ばないと。氷の魔女はおろか勇者にも。

先の戦闘予測……アスタルテひとりが生き残って勝つ、は水竜ありきだったのだ。


「そういえば水竜さん、お名前は?」

「えーっ、そんなん決めてないよぉ……ニンゲンと交わるときにそんなんいるぅ?」


まじわる……ほうほう……ああいや、交流するね。

なんだか調子が狂うな、どうも『魅了チャーム』の術などを振りまいているようにしかみえない。


「まーでもそうね。この機会に、アーちゃん風にそうだね。決めますかぁ!」

「珍しいの、おぬしはニンゲンは見下していたかと……」

「ハイ! 決定、私は水竜アナトちゃんです! どうぞヨロシクねっ!」

「ヨロシクお願いしまっす!!」


俺は素早く頭を下げていた。

しかも気付けばそのままこちらから手を握り、嬉しそうに上下にブンブンしている己がいた。

ほとんど猿か犬、またはアイドルオタクのごとく。

急いで理性を取り戻す。


「――スイマセン」

「ぷぷっ、いいんだよぉー師匠くん。素直でいいねぇキミ」

「……はぁ、まったくこやつは」


「コレはっ、喰いがいがありそうだねぇ! ふふっ!」

「はいっ! いつでもどうぞ!」

「……じゃから、止めよと」


アナトの言葉に大喜びするのと、そのたびにイリムに心臓抜きゲイボルグされる悪夢イメージとのあいだを乱高下させられる。

そうして気付いた。

……この人、絶対『魅了チャーム』を常在発動させている。


精神こころがもの凄く疲れてきたぞ。


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お星様を付けてくれた方々、ありがとうございます!m(_ _)m

明日はお休みで水曜投稿の予定です。

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