第151話 「師匠の命の危機」
ついに来るべき日が来てしまった。
聖書で語られるそれでは、世界の終わりにおいて全人類叩き起こしのうえ、無慈悲な善人悪人判定ののち、善人は永遠の命、悪人は地獄行きとなる。
しかもそのカルマ判定は某世紀末ヒャッハーゲーム並みにガバガバで、
そしてその中に、婚外交渉というのがあるのだが……。
ここはフラメル邸の一室。
窓は小さく昼なお暗いその客室の真ん中で、俺は正座で座っていた。
正面にはカシスさん。
さきほどからぺちぺちとレイピアの先端で肩を叩かれているのがすごく怖い。
「……で、つまり船でが最初なわけね」
ぺちぺち。
「ヒイッ!」
「アンタ、イリムちゃんの見た目でよく欲情できるわね、やっぱ私が警戒してた通り……」
「いや、違うんだって俺はあいつの心に、」
ぺちぺち。
「ヒィイッ!」
「……まさかアンタ、次はみけちゃんとか思ってないでしょうね」
「えっ、いやないない。みけはかわいい妹みたいなもんで、」
「へぇー、次はそういうのがお望みなの?」
ぺちんぺちん、チクッ。
「ヒィィィッ!!」
圧倒的に不利な状況である。
ここから打開せねば、次はサクッ、がくるかもしれない。
「裁判長、弁明の機会をくれないか」
「まあ、死刑が去勢になるぐらいには」
マジか。
つかこいつはなんでこんなに怒っているんだ?
「ええっとまず、イリムは今年18になった。この世界は15で成人だから彼女ももう立派に大人の女性だ。いろいろなんやかんやの決定権は彼女にあるはずだ」
「そうね、でもアンタのイリムちゃんの扱いはそうじゃないでしょ」
「……うーん?」
言われてみればそうかもな。
どこかで子ども扱いしたり、半分は冗談だがそういうネタでからかったりしている。
「あれはそろそろイリムちゃんに失礼だから止めなさい。どこかでちょっとずつ傷ついてると思う」
「ああ、わかった」
「それと、大事にしてあげなさいよ」
「それはもちろん」
「最後に、みけちゃんは絶対ダメだからね」
「えっ、俺そんな信用ないの!?」
カシスにオマエなに当たり前のこと言ってるの? という顔をされた。
例えるなら「地球は丸いんだぞ!」と力説された現代人のような反応だ。
「アンタ、押しに弱いでしょ」
「いやーちょっとあるかもだが、それがなにか?」
「……はっ、なんでもないわよ」
カシスはスッ、とレイピアを閃かせ、瞬きの間に鞘へと収める。
……相変わらず、達人の如き所作だ。
昔どこかで聞いたが、彼女は古い剣術の家の産まれだ。
ミツルギ流だろうか。
ガトツゼロ
彼女にお家の話題を振るといつも不機嫌になるので、一度も聞いたことはないが、ちょっと気になるね。
と、俺がカシスの得物を見ていたからだろう。
「……そう、久々に稽古つけとく?」
「ああ、付き合ってもらえるなら頼む」
たしかに彼女との防御の訓練は半年ぶりだ。
よし、俺のレベルアップを見せてやろう。
フラメル邸の裏手、巨大ゴーレムがしゃがみ込んでいるその目の前で互いに対峙する。
俺は黒杖をしっかと構え、カシスは木刀だ。
木刀は彼女の得物とサイズが揃えてあり、重さも同程度。
たまに開拓村の同郷人に稽古を叩き込んだりもしていて、その時必要だろうと用意したそうだ。
作成は村のハヤシさん。
なんでも元々木工に携わっていたとかで、張り切って逸品を仕上げてくれた。
彼は今では生活の道具や、たまに大工の手伝いをしている。
このように、村がだんだん回りだしてきたのはすごく嬉しい。
「まーしかし、でっかいわよねコレ」
「巨大ロボな」
「動かないけどね」
「非常に残念だ」
カシスも日本の元プチオタクらしく、ロボには多少興味があるらしい。
彼女がこの巨大モニュメントを眺める視線には熱いものが込められている。
「ソイレントシステムを思い出すわ」
「……だからオマエはいくつなんだよ……」
こいつの挙げるゲームはところどころ古い。
しねしねこうせんといい、フェイスチャットといい……。
以前、おっさんのTSではないかと突っ込んだら腹に衝撃がきた。
「お姉ちゃんがさ、そういう古いゲームやマンガが好きでさ」
「……。」
「ま、そんなことより稽古いくわよ」
「あっ、ああ」
型は防御で、『
カシスもくるくるといつものクセで得物をもて遊ぶと、ピタッと一時停止。
まっすぐに、水平に、俺の目をそのまま貫くかのように。
その所作にはどこか優雅ささえあった。
イリムもザリードゥも達人なのだが、彼らの技よりもっと基本が鮮麗されている。
動きの理屈がしっかりしている。
そんな印象を受ける剣捌きだ。
「――――ハッ!!」
「セイッ!」
目にも
都合5度ソレを繰り返したところで相手は深く踏み込んできた。
コレは彼女の必殺技ともいえるモノの予備動作で、通常の間合いよりさらに一歩、そこから目にも映らぬ高速突きを繰り出す。
名前は『
これはマズイ。
すぐさま後ろに飛び退くとともに、足元に指向性の爆発を叩き込む。
もちろん、足や靴が焼かれぬよう『耐火』も施して。
俺の筋力ではありえぬ速さで間合いを離し、5メートルほど退避。
すぐさま体勢を立て直し、相手と向き合う。
「いーじゃないソレ。なにか名前は付けたの?」
「いや、まだだな。今は仮に『爆ステップ』って呼んでるけど」
「至急改名が必要ね」
「……そっすか」
ちょっと気に入っていたとは言えないな。
ううむ、どうするか。
その後もしばらく、黒杖とカシスの木刀が打ち合う音と、小さな爆発の音が草原に響いた。
そうして、俺は一度も打たれることなく稽古をやり終えた。
「……うん、いいわ」
「ふう」
適度な汗が心地いい。
そして体はまだまだ動く。
本当に自分の体だろうかと不思議になる。
「まあ、合格ね。
防御に関しては上級相手でも、守りに徹していればなんとかなるわ」
「……そうなのか?」
「『
体の造りが変わってきた。
そうカシスは言い切った。
「アンタの身体能力も、もう常人じゃないはず。この世界に来て2年ぐらいだっけ?」
「そんなもんだ」
「私も、劇的に動きがよくなったのは飛んですぐじゃない。1年半はかかった」
「……ふむ」
「たぶん、
「よもつへぐい?」
聞いたことあるような、ないような。
ずいぶん和風チックなネーミングだが。
「簡単にいうと、違う世界の物を食べちゃうと、そっちの住人になっちゃうってコト。死者の国なら死者に、天国なら天界人に。
……異世界なら異世界人に」
なるほど。
おとぎ話的なところを無視しても、ありえない話ではない。
この世界のだいたいの物は魔力を含んでおり、それを摂取し続ければ体の栄養となる。
そして、人体……細胞は今この時も更新され続けている。
筋肉などは速く、骨は遅い。
もちろん魔法世界たるこの異世界ですべてを科学で説明するのは間違っているだろう。
しかし、共通するルールもあるはずだ。
「……つまり」
「アンタも上級の仲間入りね」
防御だけだけど、と付け足すカシスに笑ってしまった。
俺がこの世界に来て、イリムやカジルさんに稽古をつけてもらい、最初に認められたのもソレだった。
初級の仲間入り、ただし防御だけ。
本当に、懐かしい。
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