北方小話3 「玩具はひとり一個まで」

死した人狼。

それを奥にして勇者とにらみ合う僕。

その沈黙は背後からのリディアの声で終わりを告げた。


「デス太、勇者。終わりましたか?」

「うん」

「楽勝ッスよ」


僕の静かな声と、勇者のどこかおちゃらけた声。


「であれば、しばらくこちらのふたりを」

「わかった」

「おっ、お楽しみの復讐タイムじゃねぇか」


リディアは目下、【教会四方】のふたりへの『呪い』を維持するため、彼らから視線を一切逸らせない。

彼女の呪いはかなりの練度にあり、相当な相手でも術にかかればそのまましばらくは無力化できる。

なにもじっとにらみつける必要はない。

つまり、このふたりは相当以上というわけだ。


勇者がヒラヒラと手を振ると、転がされたふたりはガクッ、と昏倒した。

これは……風の精霊術か。

しかしなにか変だった。

精霊への呼びかけも、励起れいきもない。

周囲の精霊が彼を信頼している気配もない。

ただただ、決められた命令にイヤイヤ従っているかのようだ。


「……やっぱアンタもそういう顔すんのな、あのババアみてぇに」

「いや別に」

「俺は精霊術は扱えねぇよ。師匠サンとは違うんだ」

「あのまれびとですか?」


リディアが僕らの会話に割って入る。

もちろん死霊術師ネクロマンサーとしての仕事はこなしながら。

いま、彼女はこの建物の中にいるすべての死者を使って新たな死者を生み出している。

ひとりで、異端刈りの群れと戦争をしている。


「私もイリムちゃんに精霊術を授けられましたがまだまだですね」

「ああ、あの師匠サンの連れの?」

「……うーん」


僕の見立てでは、リディアは絶対に向いていないと思う。

まるで奴隷か、よくて奴隷のように死霊を扱ってきた我がお姫様。

それじゃ精霊は納得してくれないし、ましてやさらに偉大で古い精霊は見向きもしてくれないだろう。


……あのまれびと。

師匠とか言ったっけ。

彼ならうん……そのうち啓けるだろうね、ソコへの道が。

聞けばなんとアスタルテが直接師事しているとかなんとか。

凄いものだ。

どれだけ期待されているのだろう。


「……デス太、終わりました」

「うーん、早いね」

「マジかよ厨二女」


終わった、とは異端狩りとの戦争が終わったという意味だろう。

もちろんコレで全滅ではないし、各地の支部もある。

しかし本部の精鋭をことごとく潰し、【教会四方】のうち三角も落とした。

残り一角、フローレス島でラビット狩りを愉しんでいたあの、大剣のハインリヒがいない時を狙ったのも大きい。


それに勇者だ。

彼がいなければ、こんな強硬手段には出なかった。

クルトーの血族、神の獣、すなわち白き人狼。

アレは僕やリディアなどまっくろくろすけな存在とは相性がすこぶる悪い。

僕の現能チカラも、リディアの魔術もことごとく通用しないだろう。


「さっすが死霊術師ネクロマンサーは大群にはもってこいだな! 雑魚は皆殺しかぁ、いいねぇ」

「……いえ」


ずるずると左手の通路から湿った音。

あらかた捕食は終わったのか、始めよりはるかに巨大化した肉のスライムが姿を現す。

ところどころから骨や手足が飛び出ており、移動のたびにこぼしたり、筋が切れたり、骨が折れたり。

常人であれば吐き気をもよおすその音に、吐き気を覚えるものはこの場にいない……いや。


肉玉の中央には、いまだ「生きた人間」がひとりいた。

表面から生えた幾本もの手にがんじがらめにされ、その青年は生きていた。


五体も満足。

奇跡としかいいようがない。


「ぐううぅぅっ……オマエは……異端の魔女?」

「こんばんは、たしかヴァイヤーさん、でしたっけ」


問われた青年は意味がわからないという顔をする。

そりゃそうだ。

彼と我がお姫様に面識はない。

しかし、リディアには彼がわかる。

彼女の左目で爛々らんらんと青く輝くその瞳の手にかかれば、彼の魂も在り方も丸わかりだ。


「あなたにはいつかお礼が言いたいと思っていました」

「…………?」

「3年前、自由都市でネビニラルという死霊術の名家が異端狩りに襲撃されました」

「……それは」

「そこで私の親友は殺され、屋敷の者もあらかた」

「……。」

「その地下牢に囚われていた、【記憶のない実験材料の少女】……これを助けたのはあなたですね?」

「……ああ、あの少女に罪はない」


そう。

ユーミルから、そしてみけ……ミリエルからも聞いた。

姉であるアリエルから記憶を封印され、地下牢に閉じ込められたミリエル。


屋敷を掃討した異端狩りたちは、囚われた少女を穢らわしいとして処分しようとした。


それを、ひとりの青年が猛反対した。

それがこの青年、ヴァイヤーである。


「あなたは私の親友の妹、その恩人です。特別に見逃してあげますね」

「……ふざけるな、これだけ、仲間を殺されて……」


「嘘はよくないですよ」

「――!?」


リディアの左目が、さらに強く輝く。

にぶく光輝こうきたたえる。


「魂が告げています。アナタは心底この組織が嫌いだと。すでにこの組織は暴走していると。こんな組織は抜け出したいと」

「……いっ、いや……」


しかし青年はそこで唸るようにして黙ってしまった。

リディアは「解放後、ゆっくり考えてください」と彼に告げる。

しかし、その流れに納得のいかない者がいた。


「いや、それはダメだ。異端狩りは絶滅させる。ただのひとりも例外はない」

「……ええと、すいませんがアナタの意見は聞いていませんけど?」

「わりぃが、テメェの意見も聞いてねぇよ」

「……はぁ、そうですか」


勇者の殺気が隠すこともなく青年と、リディアに向けられる。

ので、僕はお姫様を守るように前にでる。


「勇者、これは僕のリディアの決定事項だ。邪魔をするなら殺しちゃうけど、どうかな」

「――――。」


勇者はしばらく、僕でさえ恐れを覚えるほどの殺気を放っていたが、ソレを静かに抑え剣を下ろした。


「ケッ、好きにしろ。ただし次見かけたら殺す」

「……だ、そうですのでヴァイヤーさん。できればこの後は必死に逃げて、それからご隠居でもなさってください」


青年は肉塊から解放され、しばらく呆然とあたりを見回したあと逃げるようにこの場を去っていった。

ほんとうに、この組織には未練がなかったかのように。


「テメェもずいぶん甘ちゃんだなぁ、リディアちゃん」

「恩人に報いるのは当然では?」


リディアは話は終わったとでもいわんばかりに、もう勇者への……ついでヴァイヤーへの関心もなくしている。

そうしてなぜか僕のもとへテテテテと小走りに掛けてくる。


「デス太っ!」

「わっ!!」


とん、と優しくリディアに抱擁される。

群青色のローブごしに、僕の体をまさぐるように。

そうしてたっぷり10秒ほどで、彼女は体をつい、と離した。


「嬉しかったですよ、私はデス太のものなんですよね!」

「……うん?」


「――僕のリディアって、言ったじゃないですか」

「……いつ?」


「さっきです」

「ふうん」


勇者の殺気があまりに本物のソレだったので、つい強い言葉を使ったのかな。

僕のもの、だなんて意識はさらさらない。

だって僕はお姫様の騎士ナイトなんだから。


「デス太はあれですね……シェヘラさんの時といいタラシですね」

「うん、シェヘラがどうかした?」

「……なんでもないです」


なぜかむすっとしたリディアと僕らの間に入るように、勇者の一声。

「オマエら、終わったか?」と。


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そのあと【教会四方】のふたりの仕事部屋へと。

このふたりは仲良く捕らえたまれびとで遊んでいたらしく、その実験室は凄まじいものだった。


捕らえられたまれびとはほぼすべて生きてたが、ほぼすべて人ではなくなっていた。

中央の子供だましの召喚陣なんて、すべて人体で構成されていた。

しかも脈打ち生きていて、食事も排泄もしている。

涙だって流していた。


「コレはむごい……私が回収して、」

「どけ」


勇者は無言で『勇者スラッシュ』を放つと、すべてのまれびとを殺していった。

そうして、その魂がこの世を離れるまで無言でこちらをにらんでいた。

さすがに、この状態の勇者を刺激するのはマズイと思ったのか、リディアもなにもしなかった。


それからそれぞれ、この現場の責任者であるふたりの術師をわけあった。


招雷のクラーマーは、リディアの玩具に。

奇跡のヤーコプは、勇者の玩具に。


クラーマーはさっそく『出血ブラッドレス』で血抜きをされたあと『封傷バンテージ』で血止め。

動けぬが生きたままお持ち帰りとなる。


ヤーコプは凄まじい自己再生奇跡が宿っており、三日三晩殺しきらないと死ぬことはないらしい。

ので、勇者が自分の鞘に使ってみたいと。

文字通り、回転する螺旋剣の鞘として三日三晩かき回し続けるそうだ。



――こうしてこの日、異端刈りの本部は壊滅した。


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明日の火曜はお休みの予定です。

ランキング入り狙えそうだな、とか波が来たかな、という時は投稿するかもしれません。カクヨムではたまに、まとまってフォローされる現象があるので……。

フォローされかつ評価が入っている、がランキングの条件らしいのですが、まだまだよくわからないことも多し。なろうはシンプルですね。

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