北方小話2「勇者VSクルトーの血族」

聖堂の大広間。

白く磨かれた石柱が等間隔に並び、天井を支えている。


入り口には巨大な狼、最奥には転がる【教会四方】のふたり。

狼のサイズは馬ほどもあり、汚れひとつない純白の毛並みが月光に洗われている。

とても高貴で、とても聖なるモノを想わせた。


「勇者、交代だ」

「へいへい」


勇者が素早く狼へと駆けるのと、リディアがこちらへ駆けるのは同時だった。

彼女は素早く、転がる「 人 」型へ呪いを叩き込んでいる。

振り返り、思わずほう……と呟く。


なんと、ふたりの腕は再生しかかっていた。

さすがは【教会四方】、最低限ソレを名乗るだけの実力はあるようだ。

もしかすると初撃以降の大騒ぎは演技だったのかもしれない。


僕は急いで再度腕を奪い去る。

そこにさらにリディアの呪い。

金縛りパラライズ』と『恐怖フィアー』の重ねがけか。

ともに練度は素晴らしく、ふたりの『防護プロテクション』を突破している。

組み合わせもベストだ。

身動きを封じ、恐怖で心を染め上げる。

とても奇跡の発現など行えない。


後ろでは、獣の咆哮と勇者の闘気がぶつかり合っている。

状況は五分のようで、とりあえず目の前のふたりに集中。


「……凄まじい回復能力ですね」

「ああ、かなりの奇跡の使い手だ」


さきの名乗りで【招雷のクラーマー】【奇跡のヤーコプ】と。

つまりどちらかがこの回復を起こした。

……というより。


「こっちの銀髪、体自体に自己治癒リジェネが織り込まれてるね。高度な奇跡の重ねがけ、すごいもんだ」

「では、こちらの黒髪の方は?」

「こっちが招雷か。ラビットの船を壊してた奴だ」

「では……貴重なまれびとの魂を無駄にしたのはこの方ですか」


そう。

あのフローレス島の虐殺で上位の『招雷』を連発していた。

しかも最後はわざと泳がせ、苦しむさまをとくと眺めてから紫電を撃ち込んだ。

そうとうに、キてる奴だ。


「ではこちらは私に……回復のほうは勇者に」

「ああ、いいんじゃない」


僕らはこうして戦場にいながらのんきに相談しているが、いちおう戦いながらやっている。

リディアは【教会四方】のふたりに呪いを維持しながら、同時に死体の大軍を操っている。

さきのミートスライムと、40人の兵隊。

これは今も増え続けている。

そして僕はそれを感じつつ、ときたま漏れを刈り取っている。

こちらはもう問題なさそうだ。

警戒は維持しつつ、視線を勇者のほうへ。


……驚いた。

あの勇者の螺旋らせん剣を、白の大狼は毛皮で受けとめている。

アレは破壊不能金属であるアダマンタイトを超高速で回転させるという無茶苦茶なシロモノだぞ……。


「凄いもんだ」

「私も見てみたいですけど……仕方がない、デス太。しっかり後で教えて下さいね」

「ああ、わかってるよ」


リディアは目下、転がるふたりから目を逸らせない。

指差しの呪いでは『視る』というのはとても重要で、よそ見でもしようものなら強さは激減する。

僕はお姫様の指示どおり、彼らの戦いを注視する。


教会の秘蔵、白き獣……彼は人狼だ。

どこぞの世界からこぼれ落ちたとある狼の牙を打ち込まれると、ああなる。

特にクルトーのモノは格が高く、強力な人狼となる。


「デス太は確か……」

「ああ、彼に殺されうるね」


そう。

僕ら死神には『人に殺されない』という古い約束ルールが織り込まれている。

これを破ることは不可能で、絶対のモノだ。


ならどうするか。

長年死神を敵視してきた異端刈りが導き出した答えがコレだ。

人でないものを尖兵とする。

人狼はその分類上すでにヒトではなく魔物に近い。

それでいてクルトーの眷属けんぞくは聖性を保ち、魔物にちない。

理性で行動できる怪物である。


「―――グルァアアアアアアアアア!!」

「ケッ、やるなワンコロォ!!」


四方八方、広間の立柱や壁も駆使した凄まじい攻防が続いている。

人狼に特殊な現能チカラ、異能はなく、もちろん魔法も奇跡も使えない。


そしてそれらの効果を受けない、受け付けない。

強力な聖性が、ソレを無効化している。


あとはただ、巨大な狼がありえぬほどのパワーとスピードを持っているだけだ。


「勇者のやつ、だいぶ苦戦してるなぁ」

魔道具まみれアーティファクターの名は伊達ではないと」


彼はいろいろな小賢しい効果を持った道具を、数多く所有しており、その多彩さと巧みな使い分けで【四方】の末席にいる。

……ふーむ。


「たぶん、いくつかあるだろうとっておきを見せたくないんだろうね」

「……その余裕があると?」

「ああ、四方はまだまだあんなもんじゃない」


そうして、ついに、勇者のほうが根負けした。

素の実力では勝てないと悟ったのだ。


―――とっておきを、披露すると決めたのだ。


人狼は、稲妻を思わせる突進から勇者を組み伏せ、すかさずその肩口を噛み砕き引きちぎる。

ごっそりと勇者の左肩が喪われる。

だのに、彼は悲鳴ひとつあげず笑った。

狂ったように笑い続けた。


ついで、彼は右肩も喪った。

獣は笑いなど無視して、最適に理性的に攻撃を続けたのだ。

それから、人狼は彼の心臓に食らいついた。

トドメを刺すべく、彼の命を食い破るべく。


勇者の胸に真っ直ぐかぶり付く神の獣。

その牙が彼の肉体をズブズブと掘り進め、ついに心の臓にたどり着く。

強く脈打ち、彼に血潮を送り続け、しかし脆弱なその器官。


――獣の牙がガチンと音を立てて止まった。


獣のアギトが閉じきらない。

なにか、とてつもなく硬いモノに阻まれている。


「―――どうしたぁああ!? ワンコロ!! ソレを防げても、ソレを壊すことはできねェんだろ!!」

「グルルルルゥゥァアアア!!」


勇者の螺旋剣カシナートが唸りをあげ、恐るべき速さで回転し始める。

さきほどまでの比ではない。

そうして、ソレを垂直に人狼の腹へと突きこんだ。


なるほど。

いくらあの人狼が規格外とはいえ、毛皮であの剣の直撃を防げるとは思えない。

恐らく、うまく攻撃を受け流していたのだろう。

もちろんそんなコトはふつうの毛皮では無理だし、ふつうの技術では無理だ。

だが、理性ある獣である彼には可能だった。


だから勇者はあえてみずからの体を餌に、そしてくさびにして人狼を捕らえた。

そして密着状態から、突きを繰り出した。


人狼が唸りをあげ、なお強く顎に力を込める。

首を左右に振り、勇者がボロ雑巾のように扱われる。


しかし、彼が死ぬことはなかった。

ひたすら繰り返し、ただ剣を突き込んでいる。


床に大きな血溜まりが広がりきったころ……獣はずしりと崩折れた。

目に力はなく、白い毛皮は満遍なく赤い血に染められ、腹には穴ぼこがいくつもいくつも……つまりは死んでいる。


「ふうーっ! いやいやぁ、頑丈なヤツだったなぁ!!」


勇者はどっこいしょ、なんて間の抜けた掛け声とともに人狼のアギトを両手で押し広げ、獣の拘束から逃れた。

立ち上がり、腕をぐるぐると振り「ラジオ体操1番~、腕を回してっと、よしOK」などと叫んでいる。

ついで深呼吸、こちらもなにやら大げさな身振り手振りで。


完治した腕の調子を確かめているのだろう。

完治した胸の調子も確かめているのだろう。


「勇者、キミの心臓は特別製かい?」

「かぁーっ、マジか。目ぇいいなあさすが」


人狼に噛み砕かれた肋骨の中にチラと見えた赤銅色の球体。

ソレは、本来ヒトにとって2番めに重要な器官があるべき場所に埋まっていた。


「心臓を破壊不能金属アダマンタイトで守って……いや、キミはそうか」

「……。」

「心臓、入れ替えちゃったんだ。その魔道具アーティファクトと」

「……カンの良い死神は困るねぇ」


ヘラヘラと笑う勇者。

しかし目は笑っていない。


「『獅子の心臓コル・レオニス』……効果はまあ、アンタの予想通りだ」

「凄まじい回復だったね……しかも急所をあえてオトリにできるし、なるほど」


達人の中には心臓への一突きを好む者が多く、それは一種の美学といっていい。

最少の動きで、最適の効果を。

それを逆手に取れるというわけだ。


本当に、こういう、ヒトの生み出し考え出す現能チカラは尊敬に値する。

それがいかにおぞましいモノであったとしてもね。


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たくさんのフォロー、そして評価してくれたお二方、ありがとうございます!(`・ω・´)ゞ

次話が終わり次第、また通常通り師匠たちの回ですね。

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