北方小話「チートふたりと1匹が無双する話」

ゆっくりと目をひらく。

巨大な聖堂……いや城塞が月明かりに照らされている。

ヒトはほんとうに、なにかを創るのがとても得意だ。

それは素晴らしい現能チカラだと思う。


でも、そんな彼らは同時になにかを壊すのも得意だ。

そして殺すことも。


あの、フローレス島での虐殺はなかなか堪えた。

思い出したくもない、200年前のことが頭をよぎった。

たくさんの、たくさんの死。

いい加減あのことは頭の中から消し去ってしまいたいのだけど。


「デス太、行きますよ」

「ああ」


お姫様リディアに呼ばれ、彼女の後ろに控える。

そうして、【四方】のひとりと相まみえた。


「よーう、厨二女とそのオプション」

「今晩は、勇者さん。お褒めにあずかり光栄です」

「いや、褒めてねぇけど?」

「素晴らしい女性という意味ですよね?」

「……なんで?」


勇者がひどく怪訝な顔をする。

少女も不思議な顔でそれに応える。


「私の友人が、厨二とは基本褒め言葉で、その意味はカッコいい、オシャレだと」

「いやいやいや、ねえよ。誰よそれ」

「親友のセレスです」

「あぁー……湾口都市の……厨二2号か」


勇者がうへえ、といった顔をしている。

どうやら彼も、セレスに関しては僕と同じ感想らしい。

あれから4年経つか、今でも変わらずあの少女は苦手だ。


「ところで【賢者】さんがお見えでないようですが」

「アイツはいま、再生中だ」

「……はあ」

「勝手なことしやがって、あの島だけはこの世界で楽園だったのによ」

「アレはあなたの手引では?」

「……はっ?」


途端、爆発するような殺気が膨れ上がる。

目を開いて『視る』と、リディアに迫る数多の死が視えた。

それも瞬きの間に。

まあもちろん僕が居れば防げるけどさ、あまりリディアにそういうモノを叩きつけないで頂きたい。


「勇者、ソレ以上調子に乗ると殺しちゃうよ」

「……ああ、わりぃわりぃ」


へらへらと、表情が突然切り替わる。

憤怒から軽薄へ。


「まあ、あの女の独断でな。いろいろいろいろ小賢しいことばっか考えやがる。

 けど今回のはさすがに俺もキレかけた。ついアイツの腹をかき回しちまってな。

 でも殺すわけにもいかない、それは困る。だからあくまでお仕置きだ」

「では、彼女抜きで?」

「いつもアイツで抜いてるけどな」

「はあ……?」


途端、鋭利な刃物のような殺気が勇者に突き刺さる。

冷たく、青く、夜の闇そのもののような殺気。

これは我がお姫様のモノだろう。


「勇者、あんまりリディアを怒らせないほうがいい」

「へーえ、じゃ、1対2でケリつけるか? 今ここで」

「……いえ、デス太。大丈夫です。今は異端刈りを優先します。けれどあまり低俗な物言いは控えてください」

「へいへい。じゃあ行きますかねぇ」


スラリ、と勇者が剣を抜き放ち、まっすぐに城塞へと突きつける。

帝国が首都、その外れにひっそりと建つ白亜の大聖堂、異端狩りの本部。


「今日で奴らを絶滅させる」

「楽しみですね……全員、産まれたことも死んだことも、何度でも繰り返し後悔させてあげます」


くつくつと笑う特異点ふたり。

まあ、僕は彼女の希望を叶えるだけだ。

騎士ナイトに拒否権はないからね。


------------


その日は、なんでもない日のハズだった。

【教会四方】と呼ばれる、異端狩りが誇る4強者。

そのひとりである【大剣使いハインリヒ】の従者であるヴァイヤーは、さきのフローレス島の大虐殺には参加していない。


というよりできなかった。

彼は上司、仲間に強く強く反対したのだ。

これは間違った行いであると。

平和に暮らす彼らを殺す大義はないと。


そうして彼は上司から、顔が腫れ上がるほど殴りつけられ、自由都市の懲罰房に放り込まれた。

彼が釈放されたころには、すべてが終わっていた。

まれびと地区も、そしてもちろんラビット族も。

そのことごとくが滅ぼされていた。


ギリギリ、いまは絶滅ではない。

ほとんど故郷を出ることのない彼らの中にも変わり者は当然おり、そうした者は商人なり冒険者として大陸で活動している。

だが、数はもちろん少ない。

微々たるものだ。

種族としては、恐らくそう遠くない未来に滅びるだろう。


ラビット達が獣人族と異なる最大の点に、ヒト族との間に子どもができないというのがある。

ラビット同士でないと子が成せない。


どうしてこうなったのか。

なぜ他の仲間は疑問に思わないのか。


親子二代異端狩りであり、その誇りもある。

しかし、そもそもこの組織は真に悪なる魔女や邪法使いを狩るために組織された。

まれびと狩りにもヴァイヤーは懐疑的だ。

いままで何度かこの手で捕らえたこともあるが、彼らが危険な存在には思えなかった。


……なにか、どこかで教会は間違いを……。


彼の思案は、大きな破壊音にかき消された。

なにか、岩の怪物が唸りをあげているかのような怪音が響いている。地面も揺れている。

彼は急いで部屋を飛び出した。


------------


「――――ギガ、勇者スラッシュ!!!」


勇者が回転する螺旋らせん剣を振り抜くたび、その刀身から紫電の刃が解き放たれ、途上にあるすべてを打ち砕いていった。

壁も、扉も、もちろんヒトも。

割砕かれるという表現でいいのかな。

とにかくぐしゃぐしゃ、ぐしゃぐしゃだ。


「どーしたぁ!そんなもんかオマエらぁ!!」


彼は大聖堂の大扉を文字通り一刀両断すると、そのまま突撃。

広間でやたらめったらに『勇者スラッシュ』とやらを繰り出している。


「困りましたね、原形が残りません」

「それもあるけど、建物大丈夫かな」


リディアは死体の心配をし、僕は建物の心配。

もちろんその間も僕らに三角帽子の群れが迫ってくるけど、彼らは敵ではなく味方だ。


僕が刈り取り、リディアが起こす。

その度にお姫様の従者が増え続ける。


自分の痛みも怪我も気にしない、死体の兵士たち。

その数はすでに40は越えている。


勇者もあらかた薙ぎ払ったのか、それともただスッキリしただけか。

攻撃の手を一度緩めている。


「第一ウェーブはこんなもんか」

「勇者、次から死体はできるだけ……いえ、いいでしょう」


リディアがぐちゃぐちゃの塊に両手を向ける。

彼女のシルシは極めて特異だ、

左手で霊を取り込み、体内の『館』で徹底的に調教し、右手から解放する。


今、そうして奴隷となった死霊たちを肉塊に定着させている。

すぐに、ソレはぶるぶると蠢動しゅんどうし始めた。


「セレスの召喚した……なんでしたっけ?

 そうそう、ショゴスとやらを私なりに真似てみました」

「うわあ」


強制的にカタチを成した肉塊が動き出す。

おおよそヒト30体ぶんの生肉が、ところどころから骨を吐き出しながら通路を這っていく。

あの通路の先には、まだまだ敵が待機しているだろうが……すべてあの巨大スライムに圧搾されていくだろう。

そしてそのたびにアレはサイズを増していくのだ。

つまり、あの通路の先はひとまず片付いた。


気がつくと、大広間の正面にふたつの人影。

法衣姿の男が、ふたり、いかにもやれやれといった風に首を振っている。


「まったく……だから言ったのだ。最近の組織は抜けていると」

「ええ、壊滅的まで人材の質が落ちている」


そうして、こちらをねめつける。


「有象無象を殺しいい気になっているところ悪いが、」

「我ら【教会四方】がふたり、」

「私は【招雷のクラーマー】」

「私は【奇跡のヤーコプ】」


「「オマエら神の敵に明日はな……」」



意味を為さないふたり言を無視し、僕は仕掛けた。

疾駆からの大鎌デスサイズ一閃。


彼らの両手を根本から素早く奪い去った。

血肉の通った棒きれが都合4本ちぎれ飛ぶ。


「がぁあああああああああああ!!」

「ふぬぅぅぅうううううううう!!」


「 人 」型になったヒト2匹がジタバタと暴れまわる。

痛みと出血で即死しないあたり、そこは偉いけどね。


「あっはっは!なんだこいつら!?

 偉そうに口上垂れてるわりに隙だらけじゃねえか」


勇者が大口を開けて「 人 」型を指差す。

見れば、涙さえこぼした大笑いだ。


「【教会四方】もずいぶん質が落ちたなぁ……」


たしかに彼らの言うとおり、だいぶ人材不足だ。

まともなのは大剣のハインリヒと……来たか。


広間の空気を深く震わせながら、獣の咆哮が響き渡った。

重く、胃の腑を掴まれるような感覚。


そう、ヤツがいるからいまの今まで、僕とリディアはここに攻め入れなかった。


教会の秘蔵。

クルトーの血族。


神の獣である白き狼が、僕らの退路を塞ぐよう、月明かりを浴びて佇んでいた。

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