幕間 「とある勇者の転移前」

春休み、4月からはいよいよ高校生活である。

受験勉強の反動からか、俺はむさぼるようにゲームを楽しんでいた。


狭いリビングのソファに腰を下ろし、目の前のTV、そしてゲームをスイッチオン。


中古で買ったゲームハードから、すぐさまディスクの鈍く、静かな回転音が響き、しばらくしてタイトル画面が表示される。

俺が大好きな、勇者やるやつの4だ。


「……うわあ、また古いゲームやってるのお兄ちゃん」

「うるせーな、金ないんだからいいだろ」


背後から妹の声。

そして冷蔵庫のバタン、バタンという声。


「せっかく合格祝いにスマホ買ってもらったんだからさ、スマホゲーやらないの?」

「俺はあれ、あんまりだな」

「ふうん」

「ポチポチちくちく、フィールドうろうろしてるほうが好きだ」

「じゃあ私にちょっと貸してよ、スマホ」


妹は断りなく俺の脇にあったモノをふんだくると、俺が途中放棄したゲームで遊びだした。

俺は俺でさっそく勇者の旅路を再開する。


------------


「そーいえばさ、なんでこの魔王ってやつ人間滅ぼしたいの?」


ピコピコとコマンドバトルに勤しんでいると、横から妹の声。

いつのまにか一緒になって画面を覗き込んでいる。


「うーん……まあ、単純だな」


俺は簡潔にストーリーを教える。

魔王にはエルフの恋人がいて、なんやかんやあって……人間に殺されてしまう。

その理由も物欲にまみれたひどいものだ。

特にあのセリフを吐いた人間はぶっ殺してやりたい。


「でもさ、じゃあさ。悪いのはその3人だけで、なにも人間滅ぼさなくてもいいんじゃないかな?」

「ニンゲンはこんなにも醜い、ひどい。やはり滅ぼすべしってことだろ」


妹はきゅっ、と口をすぼめ顔をしかめた。


「それってすごく極端だよ」

「……まぁ、魔王だし、種族違うんじゃね? 元々滅ぼしたかったみたいではあるけどな」


人間同士ですら、人種が違うだの国が違うだのでさんざ殺し合ってるんだ。

民族浄化がまかり通ってたコトもある。

それと比べれば、モンスターとニンゲン。垣根がありすぎる。


「でも、直接のきっかけってその事件でしょ。人類を滅ぼすって理想が、すごく個人的な復讐もくてきになったのは」

「まあ、そうなるのかな」


いまの話だけでずいぶんと的確なコメントをもらい、ちょっとびっくりする。

こいつはなんというか、こういう直感がいい。


「他のお話でもたまに聞くけどさ、やっぱ納得できないよ。少数だけみて全体に転嫁するのはさ」

「それだけ大事な存在だったんじゃないか、怒りでオカシクなるぐらい」


「でもさ……」

「こういうのは、当の本人にしかわからねぇよ」


俺は今ぷちぷちとモンスターを殺戮中で、まさに魔王サイドからしたら勇者死すべしだろうが。

でも妹の言うことがもっともだ。


ニンゲンひとりふたりの凶行を、まるでニンゲン全体の習性かのように判断する。

視野が狭すぎると言わざるを得ない。

だからまあ、俺は魔王をぶっ倒すためにこうしてレベル上げに励んでいるのだ。

滅びよ、銀色メタル軟体生物スライムよ。


------------


「そーいえばさ、もしこういう世界行けたらどうする?」

「はあ?」


妹がゲームの画面……今はファンタジー世界定番の街中をうろうろ、もとい家捜やさがし中だ……を眺めながらつぶやく。


「異世界転生とか、異世界転移とかっ」

「……あー、あっち系か」


友達がなんかハマってたな。

俺は中古でやったサモンナイトぐらいしか知らない。


「もしふたりで行けたら、どうする!?」

「えっ、うーーん」


そんなありえない仮定、ほんとにこいつは子どもだ。

でも、そう。

まだまだ子どもなんだ。

俺の父親代わりは、とうぶん必要だろう。


「私は賢者かなぁ!魔法も奇跡も使い放題!カックイイでしょ!!」

「そっか」

「お兄ちゃんだったら?」

「……ええっと」


こんなコト答えるの、すこし恥ずかしいな。

でもまあ、いいだろう。

それになにを恥ずかしがることがあるのだろう。

現にいま俺がポチポチしてるゲームの主人公は、俺の名前だ。


「……やっぱり俺だったら」


困ってる奴を助けて、悪い怪物ぶっ倒して、人の役に立ちたい。ガキみたいだけどそういうのがいい。


……そう、つまりは。


世界を救う、勇者さまだ。



◇◇◇



……夢を見ていたようだ。

とてもとても、懐かしい夢。

時間を巻き戻す魔法があるなら、できれば。


ああ……最初、旅の目的にはそういうのもあった。

しかし【賢者】に会い、そんな魔法は存在しないことを知った。

物体を過去に送るのは不可能だと。


もしかしたら、声を送るぐらいはできるかもしれないとは言っていた。

声、情報、想い。

そうしたものは法則違反にならないらしい。

空間魔法の領域で、それはとてもとても膨大な魔力、あるいは精霊力が必要らしいが。


……声ね。


あの場で、あの状況で、村のど真ん中で。

どんな声をかけてどんなアドバイスなら逃げ出せたというのだろう。


周囲をぐるりと囲まれていた。

逃げ場なんてどこにもない。


悲鳴、また悲鳴、それから泣き声。

笑い声、わらい声、それからき声。

三日三晩続いたソレ。



そしてソレは、いまでも俺の頭の中で鳴り響いている。

起きているときも、寝ているときも、決して途切れることはなく。



そうだ。

あんなことが起きないよう、起こせないよう。

困ってる奴が生まれないよう、悪い怪物ぶっ殺して、人の役に立ちたい。そうしないと俺は壊れる。


……そう、つまりは。


俺は世界あいつを救わなくちゃならねぇ。

つまりは世界を救う、【勇者】さまだ。

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