第三部 炎の悪魔と氷の魔女

幕間 「とある師匠の転移前」

スマホを手に取り、なんとはなしにいつものニュースサイトを閲覧えつらん

並んだタイトルから目を引いた記事へ飛ぶ。


内容はいつも通り。

誰それが殺されただの、子どもが虐待されただの、当然それを正しく救えなかっただの。

今日も世界は平常運転だな。

いつ頃からか、こうした事件に、たいして心が動かなくなっていた。

乾いた笑いが漏れることすらある。


ハッ、とか。

ヘッ、とか。


しかし、まず真っ先にそうした記事に飛んでいる。

昔はとても、許せない気持ち、悲しい気持ちになっていた。

そうした甘ちゃんな部分が自分の中に残っていて、ソレが自分の指先を操っているのか。


だが、俺が心配したところで世の中の悲劇が減るわけでもないし、意味もない。

むしろそうやって悲劇に触れてエンターテイメントを楽しんでいるだけだ。

つまり俺も立派に汚い大人の仲間入りってわけだ。


苦笑しつつ、冷蔵庫からいつものビールをチョイス。

金ピカな星が誇らしく配された、俺のお気に入りだ。


たいして見もしないがテレビを付け、小さな丸テーブルにコンビニで買ってきた惣菜をふたつ。

ついでちょうど仕事の済んだ電子レンジに呼ばれ、そこから唐揚げを救出。


ビール、唐揚げ、惣菜ふたつ。

これが今夜の夕飯だ。


◯◯◯がいた頃は、あいつの手料理に苦しめられたな。

自分はろくに作れないクセに、いろいろひどいことを言ってしまった。

忙しかった、余裕がなかった。

そうした言い訳で、弁明さえした。

……人間性がひどく腐っていた時期だ。

思い出したくもない。


別れた後、俺はがんばって人間性を回復させた。

ダクソで侵入しまくって……じゃなくて、真っ当にな。

なんとか友人にまで関係は持ち直せたが、今後彼女とまた付き合うことにはならないだろう。

たぶん、お互いのためにならない。


LINEの通知。

相手は親だった。


定型文で返信し、すぐさまスマホを放る。

両親は……よくわからない人だ。

子供時代、自分は愛されていないと感じていた。

食事は出るし、学校にも行かせてもらえる。

玩具やゲームもごくたまにだが買ってもらえる。


でもなにか、やりとりに「愛」だとか「情」だとかがなかった。

もちろん虐待だの、育児放棄ネグレクトだのはない。

しかし、家族ではなくどこか他人のように扱われていた。


だから両親は好きでも嫌いでもない。


それでも俺は幸運だったと思う。

友人に恵まれたのだ。

いつだったか……そう、あれは小学校の記憶。

砂場に作ったお城が、上級生に崩されてしまった。

俺は泣いて、丸まった。

そうして動けなかった俺を、友人が手を引いて立ち上がらせた。


「壊れたら、また作ればいい」


クラスのほとんどの子が参加して、崩されたモノよりはるかに大きな城が出来上がった。

みんなでやったぜ!と手を叩いた。

そうして常に、そうした友人たちに恵まれた。


それから。

それから。


「……の児相の対応は……担任は兆候はなかったと……」


テレビはいつの間にかニュースに切り替わっている。

先もスマホでみた事件を流している。

この世界で毎日行われている年中行事を。


「まったく、今日も世界は平和だな」


そう、自分に言い聞かせるように口にした。

そうして、目尻からは涙がにじんでいた。


ああ、そうだな。

昔はこうだった。


親から情を貰えなかったぶんを、俺は他人ともだちから貰っていた。

自然、他の人へ情が湧く。

会ったこともない他人だれかの悲劇に怒り涙する。


助けられるなら、助けたい。

悲劇が起こるなら、それをすこしでも減らしたい。


しかし、しかしだ。

ただのひとりの人間にできることなど限られる。

本当に、信じがたいほど限られる。


だから、怒ったり悲しんだりしたところで、たぶんほんとにまったく意味がない。

それに気付いてからは、理由を付けて悲劇を解釈するようになった。


コレは、いつでも起きている。

コレは、どこでも起きている。

コレは、いつまでも起こるだろう。

たぶん永遠に。


だからただの恒例行事よくあることだと納得するしかないのだ。


……はあ、今日はなんだか調子が悪いな。

耳鳴りもうるさいし。


そうだな、さっさと風呂入って寝てしまおう。

俺にできることなど限られているのだから、さっぱり流して忘れるのが一番だ。


------------


風呂から出ると、いよいよ耳鳴りが酷くなってきた。

頭を刺すキィーンとした甲高い音から、ザリザリとした重低音に変わっているのは助かるが……音量がいよいよおかしい。

音に混じって、誰か、何かの声も……。


「……お願い……」


そうして、俺はこの世界から消失した。

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