第143話 「灰色港にて」

灰色港にたどり着き、あたりを見渡す。

ここもラビット庄と同じ。

死と破壊が広がっていた。


だが、敵兵は居ない。

生きている人も居ない。


静かに燃える港町をすすみ、船着き場まで。

かくしてブランディワイン号は健在していた。


船に乗り込む。

甲板には、たくさんの死体が転がっていた。


見知った顔、行きでお世話になった人がたくさんいた。

魚人やクラーケンとの戦いのあと、わちゃわちゃと騒いできた彼女らも。

船を元気よく操舵していた彼らも。


その小さき船員達はみな剣を手にしていた。

甲板には帝国兵や黒鉄鎧のドワーフの死体もたくさんいた。

彼らは、小さき勇者たちは必死に戦ったのだ。


そうして、船尾に至る。

懐かしい顔がそこで待っていた。


カンパネラ。

アスター村長の妹で、この偉大なるブランディワイン号の船長。

俺を励まし俺に活を入れ、イシシと笑っていた。

おかげで俺はイリムと仲直りはおろか、そういう仲になってしまった。


その彼女は、腹に長剣を突き立てられながらも操船の要たるかじの輪に体をあずけていた。

最後のときまで、この船の主であったのだ。

ラビットという種族は、真に誉れと勇気を持った人たちだ。


「……カンパネラ」


俺は彼女の頭をなでた。

なぜ撫でるのだ!? と生前の彼女には抗議されたけど。


「ううっ」


イリムが優しくその偉大な船長の体を抱く。

彼女には伝えていた。

フヌケの俺が、告白できたのはカンパネラのおかげだと。

船長が背中を押してくれたのだと。

彼女がいなければ、俺は間違ったまま……、


「こふっ、」

「―――えっ!?」


イリムが抱きしめていた死体が、声を発していた。

静かで、弱々しいものだったが、確かに音を発していた。

そうしてベッ、と喉に溜まった血を吐き出して、カンパネラは言葉を口にした。


「……ああ、君はイリム君か」

「船長!!」

「ああ、いや君ほどの戦士に力いっぱい抱きつかれるとなかなか痛いんだけどね」

「……ううっ、ううううううっ!!」

「聞いちゃいないな、いてて」


すぐさまザリードゥが治癒にあたる。

体を確かめ、奇跡を重ね、なんとか彼女は持ち直した。


------------


体を貫いた長剣を、カシスがしっかと握る。

ザリードゥが船長の体に手を当て、『治癒ヒール』の行使に備える。

イリムは彼女を抱きしめ、俺は高級エクストラポーションを彼女の口にそえる。

ユーミルは剣を抜いた直後に起こるであろう出血に備え、『封傷バンテージ』の術を組んでいる。


「いくわよ」カシスの声。

「ああ、思いっきりいけよ!」船長の声。


耳をふさぎたくなる、肉を滑る鋼の音と、無言で耐えるカンパネラの吐息と。

それからみなのがんばりと。

俺はまあ、ポーションを飲ませただけだけども。


「……なんとか帰ってこれたな、この世界に」


カンパネラは笑っている。

あたりを見渡し、つまりは甲板の仲間たちを見渡して。


「……村は……ラビット庄は?」

「すまない」

「……村長の、アスターの兄者は?」

「ダメだった」

「…………そうか」


船長は初めて顔を伏せた。

言葉は紡がず、けれど体を震わせて。


本当にしばらくして、彼女は口にした。


「兄者はどうだった?」

「……最後の最後まで、勇敢な人でした」


カンパネラに兄の最後を伝える。

3隻あった避難船の、第一便にまれびとすべてを乗せていたこと。

自分は最終便で、俺たちが乗りこむまで手を振っていたこと。

誉れある、勇気ある人だったこと。


「兄者らしいな……本当に誇らしい」


カンパネラは笑って言い切った。

兄の死を知らされた直後とは思えないほど、その瞳には力が灯されていた。

その目には、アルマと同じ、ヒトをヒト足らしめるモノが詰まっていた。


「では、出航しよう。できれば手伝い願いたい」

「あっ……ああ!」

「なにをすればいいですか!」


カンパネラの指示で、慣れぬ操船をみなで担当した。

縄を外したり、結んだり。

イリムはその身軽さを生かして、ひょいひょいと帆船のマストを担当した。


ユーミルは縄の結びの技術を鎖で補って、こまごまとした作業を。

そうして、ブランディワイン号はなんとか出航した。


------------


船は出た。

危険は去った。

そうして生命いのちの余裕が生まれると、後回しにしていた精神こころの問題がやってきた。


アルマが死んだ。

アルマがいなくなった。

実は俺は、この日初めて大事な存在を喪う経験をした。


前の世界では、両親はともに元気だった。

祖父母もともに壮健だ。

友人も、知っている範囲で亡くなったヤツはいない。


だから、アルマは。

俺の人生で初めての、本当の別れだったのだ。


気づけば、丸まり涙をにじませる俺の横にカンパネラがゆっくりと腰をおろしていた。

惨めに泣いている俺を刺激することなく、ごく自然に。


ただただ、静かな時間が流れる。

ともに無言で、波の音と潮の匂いに包まれながら。

その沈黙に、俺は耐えられなかった。


「……ごめんなさい」

「なんだ、どうした?」


「カンパネラ、君のお兄さんが殺されたのも、君の同胞が殺されたのも。ぜんぶ全部、俺たちのせいだ」

「……。」


「帝国や異端狩りが君たちラビット族を殺した理由はただひとつ。まれびとを保護していたからだ」

「……そうだろうな」


「だから、君たちには俺たちまれびとを恨む理由がある。権利がある。まれびとなんかを歓迎したせいで……」

「――おい」


カンパネラは、船長は、俺の胸ぐらと掴み激怒していた。

正しく怒っていた。


「それ以上、兄者や同胞への愚弄ぐろうはやめてもらえないかな」

「いや、そんなつもりじゃ、」

「それになにより、君は自分の同胞をも愚弄するのか?」

「……えっ……」


カンパネラは、強き瞳で俺を貫いていた。

大粒の涙を零しなお、燃え盛るような意思がそこには宿っていた。


「エラノールの塔、まれびと地区。あれは我らの誇りだった。異なる客たる君たちを招くは我らの誇りだった! この世界で、不当に迫害されていた君たちを助くるは我らの誇りだった! そこに一片の過ちも間違いもない!!」


「その想いに、そうではないと他者が口出しをしたからなんだというのだ!?

 なぜに己の行動、信念をそれだけで曲げるのか!?」


「君たちを助けた!それが理由でラビットは攻められた!だから君たちを責める!? ……ハッ、舐めるなよ、小僧!!」


「そこまでの醜悪さ!そこまでの卑劣さ!そこまでの矮小さに我らの種族が堕ちるとでも!? 死んでいった同胞たちは首を揃えて否定するだろう!

 君たちのせいではない、誰のせいでもないと!!」


船長は力強くそう宣言した。

俺は、彼女の強さに圧倒された。

本当に、彼らは……ラビットたちは。


この世界で最も誇りに満ちた種族であったのだ。

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