第142話 「どちらの天秤が傾くか」

灰色港への一本道。

そこをふさぐように立つふたつの人影。

その片方が、言葉を紡ぐ。


「……ではユーミル、そのまれびとをこちらへ」


それは、死の宣告にも似た冷たさをまとっていた。

ギラギラとした、捕食者の瞳。

青く輝く左目の、『死法の魔眼』。


それは真っ直ぐに、俺とカシスを捉えていた。

正確にはその、魂を。


「……みんな、私が食い止める。その間に……」

「ユーミルさん、でも!」


「私もリディ姉も、ともにレーベンホルムの娘。

 術式やクセはある程度わかる。時間稼ぎならできる」

「けど、その後は?」


それは大丈夫だ、と彼女は呟いた。

自分は姉に大事に思われている。

だから殺されることはない、と。

まるで自分に言い聞かせるようだった。


「……リディ姉、悪いけどこいつらは渡せない」

「では力ずくで」

「ちょっとリディア、手加減してよ」と死神。

「ええ、もちろん」

「……行け!」


ユーミルがするどく叫ぶ。



だが。

戦いは戦いにすらならなかった。

満身創痍で、一昼夜走りづめで。

そういう言い訳もできないほどに、彼女のチカラは圧倒的だった。


俺たちはみな、地べたに転がされている。

全員、骨の騎士スケルトンに羽交い締めにされて。


「ではそうですね、まずは師匠さんでしたっけ。

 シルシなし詠唱なしでの魔法行使、とても興味深い。

 ……つまり、あなたは危険です」

「……。」


テクテクと、優雅な仕草でこちらへ歩み寄るリディア。

指をくるくると回しながら、余裕の表情でほほ笑んでいる。


「……リディ姉、止めてくれ」

「そうそうユーミル、終わったら片方は貸してあげますよ」

「ううっ」


カシスがうめく。

しかし、彼女も血だらけだ。


リディアに指さされると、ああなる。

全身から血を吹き出して動けなくなる。

ただのひと差しで、体の行動のための血をすべて撒き散らされた。

その後、『封傷バンテージ』で止血。

死なないが動けない状態で、羽交い締め。

どうしようもない。


もし……アルマがいたなら、彼女の的確な術使いがあるなら、戦いは変わっていたかもしれない。

例えばそう、『炎の壁』で視線を妨害して……。


吐き気がした。

もう彼女はいないのだという事実と、彼女を責めるような考えに。


「ではまれびと、御機嫌よう」

「―――リディ姉!!」


ユーミルが、ふだんの彼女を知るものからすると驚くほどの声で叫んだ。

腹の底から響くかのような。

さすがのリディアも、つい……と妹に視線をまわす。


ユーミルは、絞り出すように口にした。


「……ふたりのまれびとは、私の仲間だ。

 ギルドでもどこでも、嫌われ者だった私を受け入れてくれた友達だ。

 ……私の大事なモノだ。

 ……だから、リディ姉風に言えば所有権は私にある」


「なるほど。筋は通りますね」


「……だから、私からふたりを奪ったらリディ姉とは今後一切口を利かない。

 ……どちらが大事か考えて……」


ユーミルは、涙をにじませながら姉に懇願こんがんしていた。

恐るべき姉に対して、お願いをしていた。


「まれびとふたり。そしてあなたは大事な私の妹」


おとがいに手をあて、しばらく悩むリディア。

10秒ほど考えたあと、彼女はきっぱりと判断を下した。


「残念です。ギリギリ、ユーミルの価値が劣ります」

「……そうかよ……ハッ」


ユーミルは顔を伏せた。

すまねぇな、師匠、カシス、という呟きが聞こえる。

そこに、さきほどから黙っていた死神が口を開いた。


「ねえリディア。あのさ、」

「黙っていて下さいデス太。私にとっても苦渋の決断なのです」

「うーん、そうじゃなくてね」

「なんです、怒りますよ」

「彼」

「はい?」

「本物の精霊術師だ」

「……はぁ?」


ローブ姿の青年は、俺をまっすぐに指差した。

その手は驚くほど白く、華奢きゃしゃだった。


「信じられないけど、さきの攻防でわかった。本物だ」

「……いえ、しかし……」

「しかも火の精霊にとても愛されている。殺すのは僕も反対だな」

「…………。」


リディアが複雑な表情で俺を観察……いや品定めをしている。

生きた心地がしなかった。


「ユーミル」

「……なんだよ、クソ姉貴……」


「私はさきほど、あなたの価値がふたりのまれびとよりギリギリ劣ると判断しました」

「……ああ、クソ姉貴だからな」


「でしたら、それになにかを足して価値を上げればよいのです。

 師匠さん、でしたっけ。

 ……私に精霊術を授けなさい」


リディアの言い方はほとんど命令だった。

決まりきったことを宣告するかのようだった。


「いや、俺はすでに弟子を作ってる。だからチカラを授けることはできない」

「そうですか、残念です」


精霊術の伝授は一子相伝。

ほいほいチカラを与えることはできない。

そこでイリムが、すっ、と挙手した。


「私が、師匠の弟子です」

「……ケモノ族の娘が?」

「イリムです」


「……イリムさん。あなた、弟子は?」

「いません」


「ふふっ」


リディアは心底楽しそうに笑い、そしてイリムにそれを命令した。


------------


「……なかなかに、難しい術ですね」


ぐるぐると周囲に水を巻き上げながらリディアが呟く。

それは渦を成そうとまとまるのだが、すぐに弾けてしまっている。


「リディア、精霊術はね、まず精霊に認められないと」

隷属れいぞくには時間がかかる、と」

「まずその認識から改めないとね」


群青色のふたり組はああだこうだと会議に入った。

どうでもいい。


そうして、俺たちは解放された。

俺はそれを、たいして感動もなく受け入れていた。

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