第141話 「ここは異世界だから」

突如現れた群青色のふたり組。

ひとりは少女、ひとりは青年。


少女のほうはすらりとした長身で、黒壇のような黒髪が長く伸び、肩からはウェーブしている。

今は雨に濡れており、妙な色香さえ漂っている。


青年のほうは気だるげで、ひどく自然体。

その見た目はまさに童話の死神そのものだが、青衣からちらりと覗いた顔は白い青年のものだ。


「ユーミル、お元気そうでなにより」と少女。

「や、ユーミル。久しぶりだね」と青衣の青年。


「……リディ姉……デス太、どうして……」

「妹の危機もありますし、それになにより……」


群青色の少女、ユーミルの姉であるリディアから真実刺すような視線を感じた。

恐怖フィアー』でないのにソレ以上の恐怖を感じる。

それはカシスにも注がれ、彼女もさっ、と顔色を変える。


「まれびと、ふたり。しかもともに優秀と。

 ええ、とっても希少な存在です。

 教会風情にはもったいないかと」


「――【異端の魔女】よ、滅ぶがいい!!」

「あら?」


一足で飛び込んだ大剣の美丈夫が、リディアへと。

振り抜かれた武器はしかし、少女の連れに阻まれる。


手には巨大な鎌、それも2本。

なんなく大剣を受け止めている。


「ハインリヒ、やめてくれないかな」

気だるげに死神が呟いた。


「チッ!」


ふたたび美丈夫が一足で後退。

群青色の死神の間合いから離れる。


「クラーマー様、伝令、伝令です!!」

「どうした!?」

「軍の背後から……その……」

「早く言え!」


伝令はぶるぶると震えている。

それでもなんとか言葉を紡ぐことに成功した。

しかし、口にした内容は常軌を逸していた。


「ラビット共も、我が軍も、死体がすべて……!?」

「急いで対処しなければ全滅します!長引けば長引くだけ、敵が増えていきます!」

「わかった!」


ばたばとしだす敵軍。

それを満足そうにながめるリディア。

そうか、彼女はユーミルの姉であり、そして……死霊術師ネクロマンサーだ。

後方で起きているであろう事態に察しがついた。


「では、ユーミル。コレが片付きしだい、用があるので」

「―――クソッ!」


ユーミルはすぐさま皆に呼びかける。

今すぐ、ここから逃げるぞ! と。


------------


あれから1時間は走り続けている。

アルマとイリムはザリードゥが担ぎ、途中目を覚ましたイリムは行進に参加した。

そうして、逃げて逃げて、ひたすら灰色港を目指した。


「……いいか……」

「なんだ」

「……状況はなにも変わってない。むしろより悪い」

「……。」

「……師匠やカシスを狙う敵が増えただけだ。追いつかれれば、たぶん……」

「そうか」


昔聞いた。

死霊術師である彼女の姉に見つかれば、真実死ぬだけでは済まないと。

貴重なまれびとの魂で、彼女はありとあらゆるコトを試すと。


だから死ぬ気で走らなければならないのだ。


------------


そうして、そうして。

皆で逃げ、あたりの闇が深まってきたころ。


「そろそろ……体がダメになる。そうなる前に送ってやりてぇ」


ザリードゥがそう提案した。

アルマの体をおろす。

静かに地面に横たえた。


「……えっと、治療できるんだろ?」

「もう死んでる」


「……いや、だったら『蘇生』の奇跡とかさ」

「そんな奇跡は存在しない」


「……いや、あるでしょ……」

「…………。」


俺は、理解ができなかった。

なぜならここは異世界で、ファンタジーで、なんでもありの世界なのだ。

なにか、なにか。

ここから回復する術だとか、魔法だとか、奇跡だとか。

そういうのがあるはずだろう?


ぶつぶつと、俺は思いを口に出していたらしい。

それを聞いていたザリードゥはただひと言。


「死んだ人間は、戻らねえ」


ただ当たり前のことを口にした。


俺はその場に、へなへなと座り込む。

足に力が入らない。

目の前が真っ暗になる。

本当は、さっき。

アルマを抱いていたときにうっすらとは気がついていたけれど。

それを受け入れることはできなかった。


「『葬送』をする。みんな、いいか?」



------------



「……じゃあな、アルマ……」

「……アルマ」

「アルマさん」


みなでみな、アルマの体に触れている。

そうできる最後の機会だとばかりに。


俺は……立ち上がることすらできなかった。

ただぶつぶつとうわ言を言うだけだ。


「師匠、さあアンタも」

「……。」


トカゲ男がなにかを催促している。

まわりの仲間たちの視線も俺に注がれている。

しかし、俺はこの状況が納得できていなかった。

そうだ。

希少レア奇跡とかでまだまだ解決法があるはずだ。

うん、そうに違いない。


「なあザリードゥ、『蘇生』はさ、例えば教会の本部とかに、」

「……いい加減にしろよ、テメェ……」


ザリードゥに、殺されるのではないかというほどの怒りのこもった目で睨まれる。

ついでぐい、と胸ぐらを掴まれた。


「どうすんだ? 時間はねぇ、すぐにでも進まなきゃならねぇんだ。

 テメェは、テメェを好いた女の最後すらロクに見送れねえクソヤロウなのか?」


「……。」


「最後のとき女にあそこまで言わせておいて、テメェは腰抜かしてヘラヘラしてんのか?」

「…………。」


「そんなんじゃ、彼女が浮かばれねえだろ!!」

「……いや、違う、違うんだ」


無理矢理、立ち上がる。

フヌケた足も、体も、なんとか動かして。


アルマの手を握る。

もうずいぶん冷たく固くなってしまっていて、まるで彫像のようだ。

つよい血の匂いと、死の匂いも。


それから強く彼女を抱きしめ、泣けるだけ泣いた。

声をあげて泣いた。

それはみなも同じだった。


------------


「……そろそろ、やるぞ」

「……ああ」


そうして、ザリードゥが丁寧に言葉を紡ぐ。

彼の手が白く輝き、そしてアルマの体に触れた。

彼女は、ほどける糸のように分解され、暖かい光の粒子となって空へと登っていった。

高く高く。

ここではないどこかへと。



それからはみんな無言で走り続けた。

誰も喋らず、ただひたすらに。

悲しむのも、後悔するのも、惜しむのも、今日のこの日を越えてからだと。

そう己の心をごまかして。


灰色港が遠くに見えてきた。

あと少し、あと少し。


そうして、その道の真ん中に。

ふたつの群青色の人影が待っていた。

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