第140話 「群青色の風」
現状の認識に思考が追いつかない。
まったく、意味不明なほどに今の状況を飲み込めない。
否。
今のこの状況を
「ザリードゥ、回復の奇跡を頼む」
ザリードゥは無言で首を振った。
静かに。
「腹ン中が、ほとんどやられてる」
「じゃあ、じゃあこの指輪は!?」
アルマのくれた指輪。
『一度切りの
これなら、彼女を救うことが……。
「ひとつふたつじゃねェンだよ……」
彼は再度、こんどは強く首を振った。
かまくらが崩れる。
アルマの残した最後の守りが崩れ落ちる。
ザクザクと降り注ぐ雨がふたたび顔を打つ。
そうして気がつけば、大軍はもう目の前。
ここまでついてきていた小さき勇者たちはひとり残らず倒れていた。
そして。
虐殺の雷を呼んでいた法衣の男と、大剣によるラビット狩りを楽しんでいた男。
両名が群れの先頭に立ち、こちらをにらんでいた。
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アルマへの攻撃は、銃だった。
まず間違いなく断言できる。
彼女を攻撃したのはこいつらなのか、そうでないのか。
……どうでもいい。
諦観と怒りをそのまま叩きつけるように、二匹の悪魔に術を撃ち込む。
最速で、最大で。
ただただ相手を殺してやるという意思のみで。
しかしそのことごとくは二匹の目の前で霧散した。
法衣の男がなにごとか呟き続けている。
彼が、なにがしかの奇跡を行使しているのか。
「【炎の悪魔】よ。抵抗を止めよ」
「……。」
無視して術を行使する。
炎を
『
「――――チッ!」
大剣の美丈夫は顔を歪めると、手にした得物を振り抜き『熱杭』を弾いた。
弾かれたソレは彼の後ろに逸れ、整列する軍隊に直撃した。
轟音と土煙。
バラバラと散らばる四肢、肉体。
もう一度か。
これを、あと何発か……。
そして気がついた。
もう、行使できる火精のチカラはほとんど残っていないことに。
見えはしないがぴーすけの状態でわかる。
もう、『熱杭』を一発。
それだけ。
「……なあ、アルマ、なにか策は……」
口にして気がついた。
彼女はもう、息をしていない。
そもそも応えられる状態にない。
「……私は、まだすこしは戦える……」
「俺っちもだ」
「私もです」
「ええ、でも……」
後ろの軍隊はもとより、二匹の悪魔がどうしようもない。
こうして対峙してわかる。
あの大剣の男は、イリムやザリードゥよりはるかに強い。
あの法衣の男は、俺やユーミルよりはるかに強い。
「…………。」
「状況が理解できたかまれびとよ、炎の悪魔よ」
「ハインリヒ、さっさと捕らえようよ」と法衣の男。
「クラーマー、あまり急かすな。自暴自棄になられても困るのでな」
「なあ」
「なんだ、炎の悪魔よ」
「俺の仲間が銃で撃たれた……アレはお前らか」
「……銃?」
怪訝な顔をするふたり。
そうか、そうすると。
「しかし助かりましたね、賢者サマの情報で、」
「おいっ!!」
「なんです、どうせここで捕らえるんですよ?」
「黙ってろ」
そうか、彼女か。
そして勇者か。
「では、炎の悪魔よ。ここで投降すれば仲間は見逃そう」
「……本当か?」
「ああ」
「嘘はないな」
「もちろんだ」
仲間を見渡す。
イリム、カシス、ザリードゥ、ユーミル。
そしてアルマ。
「……みんな、さよなら」
「師匠!!」
がばりとイリムが飛びついてくる。
涙でぐしゃぐしゃの顔を、俺の腹に擦りつけてくる。
「イリム、もう、これしかないんだ」
「……私は、イヤです!」
「俺も、みんなが殺されるのはイヤだ」
「私は、あなたが……」
「連れられるだけだ、すぐ殺されるわけじゃないさ」
「イヤって言ったらイヤなんです!!」
ぐしぐしと俺を離さないイリム。
しょうがないなぁ、ほんとこいつは。
ザリードゥに目で合図を送る。
彼はしぶしぶ了解してくれた。
「――ア」
ザリードゥが剣の柄でイリムの後頭部に一撃。
彼女はがくりと崩折れる。
その彼女の体を、愛おしいそれを、優しく抱きとめる。
「頼む」
「……いいけど、その」
カシスはむずむずとハッキリしない態度だ。
まあ、彼女がまれびとだとバレていないのは
彼女はイリムを受け取り、視線を下に。
「おい、炎の悪魔。それまでだ」
「……チッ」
ユーミルには視線だけで、そしてザリードゥにはひと言「アルマを頼む」と。
しかし彼がその言葉に答えることはなかった。
そうして振り返る。
やることは決まっている。
『
「……悪魔を回収しだい、連れは殺せ……」
先の約束はとうぜん守らないというわけだ。
それが彼らの常識なのだろう。
悪魔と取引はしないという。
実に神のしもべらしい。
そっちがその気なら、こちらも考えがある。
ヤツらに近づいたところで、極限まで練り上げた一発をゼロ距離から叩き込む。
悟られぬように、俺ごと。
大軍はどうしようもないが、俺の仲間なら逃げ切れるはずだ。
そう信じる。
そうして決意を固めた俺と、二匹の悪魔の間に、ざあっと一迅の風が吹いた。
青く、冷たく、湿った、死を
そしてその風にともなって、ふたつの人影が立っていた。
片方は少女、片方はローブをすっぽりと。
ともに、夜の空をそのまま落とし込んだかのような深い、深い
「……リディ姉!」
ユーミルが驚愕に声をあげる。
戦場に、新たな第三者が参戦してきたのだ。
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