第134話 「ラビット庄の一日」

そのあとサトウさんふくめまれびと地区でいろいろ交流してわかったのだが。

やはりオタク……までいかなくてもゲームやアニメを愛好している者が多かった。


「ちょっと思ったんだけど」とカシスに話を振る。

「ええ」


「ファンタジー耐性、みたいなものの差じゃないかな?」

「ううん……そっか、ありえるわ」


ふつうのひとは転移直後にパニックを起こす。

そりゃそうだ、それがノーマルだ。

……そうしてバレて、殺されてしまう。


しかし「ラノベやゲームの世界みたいな楽しそうな夢!」とか「あっコレ異世界転移じゃん!?」とか。

そういうダメな人は、生き残る確率がすこしあがる。

それはあると思う。


大グモに殺された【紅の導師】ジェレマイア。

彼はファンタジー知識ゼロの外人さんであり、彼が転生ではなく転移だったら、恐らく。

すぐさま殺されていただろう。


そう考えると彼はスタート方法がよかったのだ。

転移ではなく転生でよかったのだ。


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サトウさんに、先ほどの仮説。

オタクは生き残りやすいのでは説を話してみる。


「……どう思いますか?」

「キタコレ! それね、僕も思ってたことなんだ」


やはり。

このまれびと地区で5年以上代表を続けているサトウさんの支持を得られたのは大きい。


「なんとね、同人誌を書いている人もいるんだよ!」

「ええっ!」

「羊皮紙になんとかね、苦労してるんだ彼は」

「すごい執念ですね」

「異世界来てまでエロ本書いてるの?」


カシスが呆れた声でため息をつく。


「カシスちゃん!それは違いますよ!」

「えっ。ちゃんは止めてくれない?」


「アレはですね、溢れ出る愛なんです!愛が溢れてたまたまリビドーに直結してしまっただけでっ!!」

「いやちょっと近いしキモイから」

「なぜです!? カシスちゃん!!」

「だからちゃんは止めろって言ってるでしょ!」


詰め寄るサトウさんに、俺と同じくボディブローが放たれた。

俺のときはドボグシャアアアアアだったのにサトウさんのときはどすっ、だった。

これが溜まったマイレージの差か。


サトウさんは笑顔で腹を押さえていた。

変態だった。


「お父さんをイジメちゃダメっ!!」


そして彼はなんと妻子持ちだった。

この世界で、しあわせな家庭を築いていたのだ。


------------


サトウさんとふたり、村を見下ろす丘の上でくつろいでいる。

ふたりで、ラビット族謹製のバタービールを呑みながら。


「アスターさんから聞いたよ」

「ラビットの村長さんからですか」

「君……本気マジなのかい?」


すっ、と真剣な眼差し。

交流していて彼の株はわりと下降気味ではあったが、なんだかんだまれびと地区の代表なのだ。

ただのお調子者の変態ではない。


「マジですよ」

「君にはチカラがあるからかい? 選ばれた主人公だからかい?」

「いや、そんなことは……」

「あるだろう」


サトウさんは力強く言い切った。

まるで当たり前だとでもいうふうに。


「君はまれびとで唯一、魔法が使える。

 ほかの人はそんなことはできない」

「……。」


「僕はね、アメコミも好きなんだ」

「えっと?」


サトウさんは夕日を眺めながらバタービールを啜る。

それがあまりにもゆっくりとした動作だったので俺もつられてじっくりと同じものを味わった。

素朴で甘い、アルコールもわずかだろう。

この村のように優しい味だった。


「大いなるチカラには……」


そうして彼は、とても有名なヒーローの話をした。

彼はたまたま蜘蛛に噛まれチカラを得た、ただの青年で、ちょっとオタク。


手にしたソレに翻弄ほんろうされながらも少しずつチカラを鍛えあげ、やがて街のヒーローになる。

まあ、ほぼ誰もが知ってるあの彼だ。


彼が他のアメコミヒーローと一味違う点は、戦う悪の大半がショボイこと。

盗み、強盗、恐喝。

そんな街中の暗い影で起こる犯罪と戦い続ける。

大悪党ヴィランとの決闘はそうあることじゃない。


だから彼の愛称はそう、「親愛なる隣人」

ご当地ヒーローなのだ。


俺も映画は3本は見たしゲームもやったことがある。

だが俺は彼には違和感を抱いていた。


特に以前遊んだゲーム版だ。

俺はサトウさんに話し始めた。


彼はオフではおんぼろ研究所の助手で働き、家賃など生活費に困る日々。

その状態でさらには叔母の務める貧困者救済施設のお手伝い。


そしてオンではおなじみ蜘蛛男となって、街でおこる犯罪と戦い続ける。

街中をもの凄く気持ちのいいアクションでブラブラしていると、すぐさまあちこちで前述のショボイ犯罪が起こる。


それをあっちへフラフラ、こっちへフラフラとニューヨークの街を駆け巡る。

悪と戦う、人々を助ける。


そしてオフでは、ついに生活が困窮し家賃が払えず追い出される。追い詰められる。


それを見かねて彼の叔母は、いつも手伝ってくれる彼にほんの少しの援助をしてくれる。

そしてそのお金を握りしめながら彼はこう言ったのだ。


助けてもらったぶんを、街の人に返さないとな。


俺はここで彼が狂っていると思った。

いい人というレベルを越えて、どこかおかしいのではないかと。


そうして彼はまたオンに戻り、人助けに邁進まいしんする。

街を気持ちよく移動し、犯罪を撲滅していく。

己の生活をかなぐり捨てて。



「ふうん……それは確かにちょっと引くね」

「でしょう?」


「でも君は、そこまで自己を削らずとも、似たようなことはしてるだろ?」

「いや……」


はたから見ればそうなるか。

別に世のため人のためという気持ちはさらさらないのだが……。


やはり転機は王都で見た少女の死体だろう。

街灯に吊り下げられ、微かな風に揺られていた。

まるで助けを求めているようだと思った。


いや、真実助けを求めていた。

そして、コレと同じことが今もこの世界で続いているのがイヤだった。

なにかしなくちゃと思ったのだ。

それだけだ。


「君はチカラがあり、その責任を果たそうとしている。

 僕にはそう見えるけど」

「……はぁ」


言われてみれば、なくもないのか。

画面のむこうの蜘蛛男もそこまでキッチリ考えてやっていたわけでもないのかも。

ただ、イヤだったから。

俺の理由はそれでいい。


「だからね、大いなるチカラには……」

「……大いなる責任がともなう、ですね」


コン、とカップを打ち合わせる。

素朴で乾いた音が心地いい。


「そうだね、肝に銘ずるんだよ」

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