フローレス島

第132話 「麦わら海賊は優秀だという話」

灰色港で一泊ののち、一日一便という定期馬車へ飛び乗る。

危なかった。

あと5分遅れていたらみなで走って追いつかねばならなかった。

学生時代のバス亭で一回やったことがある。

アレは軽く死ねるからね。


馬車に腰掛け、背中をあずける。

ガタゴトとケツと腰が痛い。


いつも乗っているアルマの馬車とは大違いだ。


「やっぱアルマの馬車は上級品なんだな」

「ええ、仮にも領主さまですよ」


その馬車は現在、自由都市の領主宅にあずけている。

さすがに馬で渡航はいろいろ手間だからね。


「いっつも楽してる師匠がぬけてるんですよ!」

「うーん、たまには歩いてるんだけど」


そういえばいつもは徒歩修行のイリムが珍しく馬車組だな。

ぴったりと俺の横で丸まっている。

いやまあ……みなまで言わんでもわかるけどね。


今はザリードゥだけがのしのしと先頭だ。

なんだかんだ、護衛としてひとりは先導役が必要となる。

この小さな島にも魔物はでるらしい。


「ゴブリンって、海も越えてくるの?」

「……ヤツらは地下に棲んでるからなぁ……」

「アリの巣のように、彼らの村があるそうですわ」

「へえー」


北海道と本州をつなぐ青函せいかんトンネルのように、地下道でもあるのか。

イリムが体をぐいっと寄せながら続ける。


「私も絵本で読みました。

 地上に住んでいたゴブリン達は、ソコを追いやられ地下に棲むようになったと。

 だから我々地上の民を憎み、いつの日か取り戻してやる!とか」

「……。」


そうすると、彼らにも一定の理があることになるな。

しょせんは生物同士の縄張り争いということか。

なんか、悲しいな。


俺が沈んだ表情をしていたからだろう。

アルマがついっと睨んできた。


「師匠さん……今度ゴブリンがでたときはですね……」

「いや、手加減はしないよ」


そこは割り切る自信がある。

かわいそうだから、悲しいから。

それで実際に起きている襲撃を見逃す気はさらさらない。


「地下といえば、ドワーフさんも有名ですね!」

「……ええ、ですが」


アルマの顔が曇る。


「……あいつら、今はほぼ奴隷身分だからな……」

「そうなのか?」


「50年前の帝国との争いに負けて、今では帝国のいいなりですわ。

 決められた地区の決められた洞窟で、命令通りの暮らしをしてます。

 剣を打ったり、鎧をこしらえたり。

 もちろん生活の道具も。

 彼らのつくり出す金属製品は唯一無二です」

「……そうか」

「そして帝国は大陸最大の工業国家となりました」

「……ふぅん」


なんか……前の世界でも似たような歴史があるだけに、聞いていて気持ちのいいものではない。

さきのゴブリンもそうだが、そこからいずれ別の争いが始まりそうで。


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ちょうど港街と西境村との中間地点。

今日はここで野宿と相成った。


枯れ木にBONFIRELITおてがるチャッカマンを決め、さてどうするか。

このパーティの調理担当はおもにアルマとユーミル、ザリードゥである。


なんでも錬金術は台所から始まったといわれるほど料理と親和性が高く、事実アルマは仲間内でトップクラスの料理スキルを持つ。


ついで一人旅の長かったユーミルとザリードゥ。


闇系魔法少女のユーミルが作る料理なんて大丈夫なのか、と最初はビクビクしていたが、出された料理は至極まともなものだった。

かつては名門、つまりお金持ちの家で育ったユーミルの味覚に間違いはなく、そんな彼女の作る料理もつまりはウマイ。


調味料やソースにこだわった、いうなればフランス式である。

多少素材が悪かろうが、なかなかイケる一品に変えてしまう。


そしてザリードゥの料理は豪快だ。

焼く、とにかく焼く。

そして煮る、とにかく煮る。

そうしてできた料理は素朴ながらもワイルドな滋味があり、これぞ旅の食事といった野趣がある。

上手に焼けましたというやつだ。


うちのパーティは恵まれている。

料理スキルなんておざなりにされがちだが、疲弊する旅生活において食事はある意味生命線だ。

ウマイ飯は、MP、SP、TP、SAN値。

その他もろもろをメキメキ回復してくれる。


軍のレーションにちゃっかりチョコやキャンディなどの甘味、コーヒー、紅茶などの嗜好品しこうひんが入っているのも当然だ。


旧日本軍やブラック企業のスローガンのように「MPは気合で無限回復します」なんて、狂人の妄言たわごと以外のなにものでもない。


どこぞの海賊マンガで序盤でコックを採用したゴム人間の選択は、戦略上非常に優秀というわけだ。


「師匠、ちょっといいですか」

「ああ」


イリムもサバイバル料理術は悪くないのだが、さきの3人に比べると劣る。

なので調理パートでは手持ち無沙汰だ。

そのイリムに手を引かれちょこちょこついていく。


仲間の輪からたっぷり離れ、そうしてひと言。


「師匠、ささっとどうでしょうか!」

「えっと……」


アレか。

いやでも仲間もいるし、ここは森の中だし。


それと、俺は正直そういう欲求はそこまで強くない。

なんだかんだ、触れ合ったり頭を撫でたりでも満足してしまう。

大切に思うひとがいて、そのひとから大切に思われて。

それだけで十分以上にしあわせになれる。

……まあ、できるならそっちもしたいけどな。


ということをイリムにぼそぼそと伝える。

うわ、すげえ恥ずかしいなコレ。


「……師匠は、やはり……」

「うん?」

「枯れ果てのおじいちゃんみたいですね」

「マジか」

「獣人基準からするとですね」

「そうなのか」

「カジルなんてやりたい放題でしたよ」

「えええええっ!!」

「毎日とっかえひっかえ、カジルはモテてましたからね!」

「……。」


俺の中でのカジルさん像にだいぶ修正が入る。

予想外のアプデだ。

この世界に飛んですぐの俺に棒術を叩き込み鍛えてくれた猫人の青年は、俺の中では孤高の狩人、頼れる兄貴。

そういうのだったんだけども。

まあ、英雄度はマシマシされたのかな。

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