第128話 「BOYS BE…」

あれからしばらく。

イリムが俺を許すことはなかった。

意気消沈して海をぼんやり眺める俺に、後ろから元気な声が。


「やあやあ師匠どの、悩めるまれびとよ!

 あの後イリムどのとは仲直りできたのかな!

 しっぽりやれたのかな!」


背中をぺしぺしとウサ耳船長……カンパネラにはたかれる。

だが俺の気分は晴れなかった。


「ああ、そのな船長……いいか?」

「なんだどうした、相談ごとか?」

「……ああ」

「悩める青年よ若輩よ! 私がよきにアドバイスを与えようではないか!」


カラコロと笑う小さき人。

しかし彼女はこれでも船長なのだ、歴戦の海の女なのだ。

信用してみるべきだろう。


「……イリムにむっちゃ無視される」

「ほうほうほう!」

「……プイッてされるんだ。……目も合わしてくれない」

「おおっと、いいねぇいいねぇ! ほろ苦だ!」


「……マジでつらい、ほんとつらい。俺このままイリムに嫌われて……」

「あはははは! ほんとキミは馬鹿だな、もしや童貞かいキミは!?」


べひゃべひゃと背中を叩かれ、わりと心を許していたカンパネラにまで笑われる。

そんなに俺は馬鹿なのだろう。

侮蔑のことばも好き放題容赦なし。


「なあキミ」

「なんですか?」

「キミはイリム君が大好きなんだな」

「大事な存在です」

「であるならば、キミが取るべき道はひとつだ」

「……それは」

「今すぐイリム君のもとへ行きたまえ」

「でも、イリムには嫌われて……」

「はあ、うじうじしつこいよキミ。だからキミはダメのダメダメなんだ!」

「……ええ、そうですね。俺なんて」


「なあ」

「なんです」

「さすがにイライラしてきた。一発、いや二発殴っていいかい」

「いいですよ」


答えた直後、俺の顔面が容赦のない右フックと左フックでトランポリンした。

視界が一瞬で左右に交互する。


「ふーっ、すっきりしたな!」

「そうですか」

「じゃあ次の命令だ」

「命令ですか」

「そうだ、キミに選択権はない!」

「……わかりました」


イリムに嫌われたという衝撃は、俺を心底打ちのめしたらしい。

人は、大切な誰かに拒絶されるだけでなにかがすべて、どうでもよくなってしまうのだ。


「キミは今すぐ、嫌がるイリム君に抱きついてこい」

「……それは犯罪なのでは?」

「そうだな、ダメな行為だ」

「……じゃあ、」


「だからこそ、ダメのダメダメなキミには相応しいだろう?」

「……ん、まあ」

「そうしてひたすら無様に許しを請え、大事だと言え、キミがいなくちゃ僕はダメなんだと醜態をさらせ」

「……それはちょっと……」

「ええいこのフヌケが。まあいい。じゃあ謝れ、大事だと言え。それで許そうぞ!」


ほとんど納得はできなかったが、イリムに謝るのはとても正しい気がした。

大事だなんて一方的な感情を叩きつけることは正しいとは思えなかったが、ダメのダメダメな俺は、その気持をイリムに伝えたいと思ったのも事実だ。


「わかりました」

「おお! いざ青年よ大志をいだけよそしてボーイズ・ビー・アンビシャスでボーイズ・ビー・アンビシャスしてこい!」


ほとんど何を言っているかわからなかったが、たぶん船長が正しいのだろう。

俺はイリムに想いを伝えるため、彼女の姿を探した。


探して、探して、探した。

なかなか見つからない彼女は、なんと船のはるか上。

帆船のマストのてっぺん、見張り台でひとり海を眺めていた。


------------


ひいひい言いながら船のマストを登ってきた俺の気配に気付かないイリムではない。

だが彼女はじっとその場を動かなかった。

待ってくれていたなどとおごる気持ちはもちろんない。


そうして、マストの頂上。

狭い見張り台へとふたりきり。


相変わらずイリムは無言だ。

目線も合わせてくれない。


だがまあ、そうだな。

嫌われる覚悟を承知で、船長の助言に従おう。


目をそらし、怖い顔で黙っているイリムへ近づく。

彼女は逃げない。

微動だにしない。

ケモノの耳だけが、かすかに海風に揺れている。


そうして、イリムの肩を掴んだ。

びくり、と彼女の体と尻尾が跳ねる。

それは生理的な反応だろう。

とっさの自己防衛本能だろう。

外敵から己を守るための至極まっとうな……。


そこからさらに踏み込んで、想いを伝えるために彼女の体をかき抱いた。


「わっわっわっ……」

「イリム」


恐怖からだろう。

微動だにしない少女に対して、俺の言いたいことを勝手に伝える。

とても自分本位な、相手の気持ちをまったく考えない最低の行為だ。


彼女を守ると決めた騎士としても、男のくだらない矜持プライドとしても。

下から数えたら速攻該当するクソアクションだ。

でも、この時。

しっかりと伝えたいと思う自分がいた。

そのエゴをぶちまける。


「この世界で、俺を助けてくれてありがとう」

「このひどい世界で俺を絶望させないでくれたのは全部イリムのおかげだ」

「最初の出会いのとき、俺の命を救ってくれてありがとう」

「あの日、あの夜。まれびと狩りの夜」


「……。」


「俺の心を救ってくれてありがとう」

「……師匠……」


「さっきはほんと、デリカシーゼロのクソみたいな言葉でイリムを傷つけてすまない」

「……ええと、それは別にですね……」


「本当に、本当にすまなかった」


強く頭を下げる。

何度感謝しても足りない、俺という人間をこの世界でたすけてくれた彼女に礼をいう。


「イリム」

「……ええっと……ふわあ……いえいえなんでもありませんよ!」


「イリム」

「……はい!……なんでしょうか、師匠」


「世界で一番、もちろん俺の故郷もあわせて」

「ええ、はい」


「一番大事なひとは、

 一番好きなひとは……イリム。君だ」


なんとか心のうちを吐き出せた。

伝えたい想いをカタチにできた。

そして彼女の体をやさしくかき抱いた。


「ふふっ、師匠」

「なんだ」

「やっと言えましたね。フヌケの師匠にしては上出来です」

「そうか」


イリムもつよく、強くこちらを抱きしめる。

人より少しだけ高い彼女の体温が、ゆっくりと伝わってくる。


「私も、一番大事なひとはあなたです。……大好きですよ、師匠」

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