第120話 「慈悲だ、死罪と言ってくれ、」
俺、カシス、アルマは木箱を囲んで丘陵地帯にいる。
月光が明るく、洗われるかのようだ。
吹き抜ける風は西方諸国のそれとはまるで違う。
大樹海からの湿った、青々しい風が心地いい。
マイナスイオンがたっぷりだ。
ここはフラメル邸の南東、風の谷から東の地点。
アルマの領地ぎりぎりの場所である。
「じゃあ、開けるわよ」
カシスがバールのようなもので木箱をこじ開ける。
そうして、
縛られ、口には詰め物。
その無様な男を前に威風堂々、アルマがしっかりとした口調で判決を下す。
いつもはやさしい彼女の瞳が、いまはずいぶん険しい。
「これより、フラメルの当主として追放刑を言い渡します」
「あなたはここより東、北へは立ち入れません」
「そこは我がフラメルの領地ゆえに」
「破るとあなたのお腹にあるモノが破裂いたしますわ」
「そう、『
「それとコレが一番大事なのですが」
「西方諸国に立ち入っても」
「自分がラザラスだと名乗っても」
「私たちのことを喋っても」
「まれびとに関するなにかひと言を喋っても」
「これらを筆談ふくむあらゆる手段で伝えようとしても」
「お腹の中身が破裂するのでご注意を」
いっきにアルマに宣告をうけ、ラザラスは顔面蒼白になる。
そう。
彼に与えられた罰則はみっつ。
身分
特に、追放刑は元の世界での自由刑にちかい。
こうして共同体から追い払われた人間を「狼人間」と言うそうだ。
カシスや俺が知る限りの日本の刑法と、この世界の刑法をすり合わせると、これがもっとも適当な罰になるそうだ。
「これを、今より執行いたしますわ」
風が冷たく吹き抜ける。
俺はラザラスに巻かれた縄と、猿ぐつわだけをピンポイントで焼き切った。
彼は、呆然した様子で木箱から飛び出す。
ぶつぶつと、よくわからない呟き。
ただ、ただ立ち尽くしている。
――その彼の足元へ、アルマが何か光るものを放った。
小型の、しかし人を殺すには十分そうな
アルマはにこにことほほ笑みを向けている。
瞬間、ラザラスは足元のソレをひったくるように拾うと、罵詈雑言をわめきたてながら駆け出した。
目線はアルマの、温かく柔らかそうなそのお腹に釘付けのまま。
駆ける、全力で。
駆ける、こちらの方へ。
……フラメルの領地へ。
そこは、彼が踏み込んでいい土地ではない。
「おい!止まれ!」
「あの、ソレ以上近づくと、」
俺の制止とアルマの追加警告は意味がなかったようだ。
ぽん、と炭酸が抜けたような音が、ラザラスの口からした。
そうして彼はあとアルマまで3歩というところで崩折れた。
「……もう一度……1からやり直すなんて……」
「……俺はずっと、ずっとがんばって、やっとあそこまで……」
「……お前らさえ来なければ……俺は……お前らさえっ!!」
最後の言葉は、ガポッと吐き出した中身によってふさがれた。
しばらく喉を掻きむしったあと、彼はあふれる血により溺れていく。
お腹を丸め、うずくまり、そのまま静かになっていく。
「……まったく、まだ生きる目もあったのにさ」
「むしろすっきりしましたわ」
「私はちょっと納得できない。最後のアレはなに?」
「アレで向かってきたり、そのままナイフだけ持って逃げるようなら生かしておいたところで同じです。むしろ、別の悲劇を生む可能性もある」
「……でも、」
「自暴自棄になって、何もなくした人は怖いですわよ」
「……。」
「最大限、譲歩はいたしました」
「……やっぱり、違う方法があったと思う」
こうして、幕引きは不本意ながらもトランプ商人ラザラス氏の件は解決した。
そしてこれからその後を引き継がせてもらうことになる。
ラザラス氏は生前、屋敷からほとんど出ることなく放蕩にふけっていたそうだ。
外部とのやりとりも、買い物も、交渉も、
すべて中堅のメイドさんに丸投げしていた。
つまり、彼がいなくともラザラス邸は回せるのだ。
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