第121話 「声に出して言いたい日本語」

次の日の朝。


昨日はいったん自由都市の宿まで戻り、残りの仲間に事情を説明。

『帰還』をくぐり、そしてまたここ、アルマの邸宅まで戻ってきた。


大陸の西端から東の大樹海手前までタイムラグなしにほいほい移動。

よく考えなくてもすごいことだ。


そうしていま、フラメル邸の応接室でJKメイドさんと会議中である。



「私がラザラス邸メイド長のスミレと申します」


スッ、と完璧な所作でお辞儀をされすこし戸惑う。

歳はカシスとそう変わらないと思うのだけど、雰囲気というか貫禄というか。

年上を相手にしているような気になる。

彼女はメガネに三編みの委員長そのもので、パリッとした人だ。



「商会の維持、管理担当のエリナでーす」


こちらもぺこり一礼。

ふわふわ髪のほんのり茶髪ガールだ。

髪染めはこちらの世界では貴重なので、たぶん地毛だろう。

学校で誤解されたり先生への説明がめんどくせぇアレである。


「あなた方と、ほか数名のこれはという人材でラザラス邸の引き継ぎをお願いしますわ」

「はい、御当主さま」

「わかりました」


テキパキと段取りをまわし、細々としたことを詰めるアルマとふたりのメイドさん。うーむ、俺には領地運用や経営のコトがわからないので蚊帳の外だ。


でも……そうか。

結果としてラザラス商会を丸ごと味方にできた。

パトロンとしても、ラザラス邸を訪ねてきたまれびとの正しい避難口としても。

これ以上のものはない。


トランプなどからの推測で、あの館の門を叩いた人たちを正しく救出することができる。俺の検知魔法以上に、多くのまれびとを救えるだろう。


また、アルマの領地が遠い場合の受け皿としても機能する。

ちょっとうまく行き過ぎて怖いぐらいだ。


と、話が一段落したのか会議は解散していた。

カツカツと、メイド長さんのスミレがこちらへ。


「すこしお話いいですか? 師匠さん」

「えっ、うんまあ」


ではこちらへ、と優雅な所作で招かれる。

そのまま彼女のあとへ付いていくと、表の庭園へ。

そしてそこのベンチへ。


ここは、みけとよく利用する場所でもある。

紅茶を飲んだり、談笑したり。


彼女とふたり、間隔をあけて腰掛ける。


「師匠さん、ご本名は?」

「えぇと、記憶にないんだ。すまない」


「お名前を答えられない、と? そんな人を信用できますか?」

「ええっ、困ったな……」


メガネの奥の視線は鋭く、みるからに警戒されている。


「単刀直入に申し上げます。あなたは次のラザラスになりたいのですか」

「……はあ?」


「それ以外、あなたにメリットがないように感じるので」

「……。」


「まれびとを助けたい、この世界の常識ルールを変えたい。

 ええ、とても立派です。

 ご立派すぎて、とても空虚なものに感じるのです」

「…………。」


「それであなたにどんな得が? お応えください」

「………………。」


「もちろん。

 感情論などのフワフワした理由でなく、明確に」

「そっか」


彼女、メイド長のスミレは徹底していた。

明確な理由や、損得できちんと説明してくれ、と。


そして自己防衛のための鉄のカーテンを感じた。

……あの、ラザラス邸で自己を納得させるにはそれしかなかったのだろう。


「そうだな……マーカー仮説って知ってるか」

「ええと、いえ。知りません」


「ざっくり言うとだな、人間は意思決定にまず感情、心ですでに判断を下している。理由はあと付けって説だ」

「……。」


「こうこうコレだからアレは正しい、と分析が先で納得するわけじゃなくて、アレは正しいと直感して、それを自分やまわりに納得させるために説明しだす」

「……。」


「科学者だって理論や分析結果を、捻じ曲げることがあるのはこのせいだ。自分の心が気に食わないからだな」

「……確かに、そういうことはありますけど」


「だからそうだな。

 俺はまれびと狩りを止めさせたいから行動してる。

 そうしないと俺はイヤだからだ。

 あとはまあ、理由は勝手につけてくれ」

「……。」


「感情論じゃなくて、仮説で説明したぞ」

「……ふう、なるほど」


多少……というかかなり強引グレーかもしれないが彼女の提示した条件は満たしたはずだ。スミレはやれやれといった風に肩をすくめる。


「ほんとうに、ただのお人好しなんですね」

「そうですよ!!」

「うわっ!」


ばさばさっと茂みの中から飛び出す影。

みけだった。


「師匠さんはですね、超がつくほどのお人好しなんです!」

「このかわいいお嬢さんは?」

「師匠さんたちに助けられたか弱い女の子です」

「ほう、また少女ですか、しかもツインテールの」


スミレさんの視線が厳しくなる。

オイオイ、せっかく交渉スピーチパートを成功させたのに。


「……なあみけ、まーた誤解されるからちょっと待ってて」

「……誤解、とは?」


それから、さらにスミレを納得させるのに小一時間かかってしまった。


イリムとみけ。

ふたりのかわいい少女が親族でもない成人男性と仲良くしているというのは、現代日本人からすると至極当然に警戒すべきものらしい。

それは偏見であると、俺は声を大にしていいたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る