第119話 「大脱走」

俺とカシスはラザラス邸の裏手、勝手口が遠くに見える路地にいる。


「ここから?遠くないか」

「いえ」


ひょい、と彼女は小石を放る。

高い弧を描いた放物線で、勝手口の窓に吸い込まれるように。

しかも落下の角度も窓にカスる程度。


それを3度連続。

キッチンにはコン、コン、コンと小気味良くノック音が響いているはずだ。


「……器用だな」

「10回連続だってできるわよ」


にんまりと得意げな猫のように笑うJK。

いや曲芸師か。

すぐさま勝手口ドアが開かれ、人影が。

白いセーラー服にエプロン姿、中学生ぐらいの少女だ。


こちらを見つけ、手を振る。

カシスはその動作を腕をバッテンにして止めさせ、自分の口を指差し、ぱくぱくと合図を送った。


読唇どくしんをするから小声で喋れ、ということだろう。

少女はうなずく。


……相変わらず、便利な技能スキルだな。

盗賊シーフはシティアドベンチャーに必須。

よく覚えておこう。


「……うん、だいたいOK」

「で、夜決行か?」


「いいえ、今から行ってくる」


カシスはひとりで行く、と口にした。

屋敷に単独潜入で完全隠密ステルス


スネークかバーコード付きの暗殺者ヒットマンかな。


「大丈夫なのか?」

「むしろゾロゾロいるほうが危険ね」

「いや、こんな昼間で……」

「むしろ日が落ちてから用心棒や見張りが増えるみたい。ま、警備の基本ね」

「なるほど」


カシスによると今屋敷の警備は6人。

ラザラスは自室。

そしてメイドさんたちは8人。

それら全員まれびとなわけだ。


「あっ」

「どうしたのよ」


「やっぱ俺も行くよ」

「いえ、潜入には足手まとい……って、もしかして?」

「ああ」


俯瞰フォーサイト』を密にし、ここから屋敷に届く範囲を調査スキャンする。


「よし。女の子8人、野郎6人。デブひとり。

 どの部屋にいるかも全部わかった」

「わー、すごい」


カシスに感情のこもっていないお世辞をいわれる。

ちょっとひどい。


「じゃあアンタはゲームのレーダー役ね。

 私が前衛、アンタはすぐ後ろ、しっかり付いてきて」

「へいへい」


屋敷の鉄柵をいともたやすく乗り越えるカシス。

俺はそこまで身軽ではないのでさてどうするか。


……鉄柵を、折るか。


「すこし離れててくれ」

「OK」


火精を励起れいきし、鉄柵の根もとを急激に熱した。

どろりと溶け始めたのを確認して、黒杖で押し曲げる。

柵をこえ敷地に侵入したあと、こんどは曲げ戻す。

最後に根もとを冷まして完成。


「いつもの物理的『解錠』ね」

「ああ」


たまのダンジョンで何度か、こうして無理やり仕掛けや仕切りを破壊したことがある。

つまり俺は牢に閉じ込められても脱獄はカンタンというわけだ。


「裏庭を通るけど……視線は大丈夫?」

「ああ」


俯瞰フォーサイト』はずっと維持している。

屋敷や街の通りの人でこちらに注意を向けているものはいない。

あの異端狩り戦で成功してから、『俯瞰』だけは他の術と同時にできるようになった。


カシスの後に素早くつき、勝手口へ貼り付く。


「中は?」

「キッチンだな、さっきの子がひとりだけ。近くの部屋に人はいない」

「ほんとに便利チートね、魔法は」


かすかに笑ったカシスは、音をたてずに扉を開いた。


------------


敵の位置がわかれば潜入は難しくない。

むしろイージーモードだ。

屋敷のメイドさんたちにもすでに連絡がいっていたようで、声をかけるはしからキッチンに集まってもらう。


野郎はカシスが次々と始末していった。

もちろん、殺してはいない。


「すげぇなソレ、レザー棍棒クラブ?」

「ブラックジャックって武器よ」


茶色い革製の棒で、中に鉛が詰まっているのだとか。

彼女はソレで見張りの後頭部を軽く一撃、次々と隠密攻撃ステルスアタックを決めていた。


「加減をすこしでも間違うと殺しちゃうからね、真似しないでよ」

「しないしない」

「あと、元の世界で突然武器が必要になったら、靴下に小石や砂を詰めると即席のコレになるわ」

「……そんな機会はないといいが」


ゾンビサバイバル術みたいだな。

いい子はマネしないように。


そうして見張りをすべて処理し残るはこの館の主。

ラザラスのみとなった。


「ここだ……てか扉を見ればわかるか」

「そうね、かけてるお金が10倍は違う」


硬質で重厚な焦げ茶色の扉。

装飾はくっきりと彫り込まれた見事な仕上げだ。


カシスはドアに手をかけ、そして鍵がかかっていないのを確認するといっきに部屋へ踏み入った。

疾走疾駆。

驚きに固まるラザラスが、手にしたパイプを落とす。

それが床に落ち乾いた音をカラン、とたてるのと、カシスがラザラスを突き倒すドン、という音は同時だった。


「……おっ、オマエはくろさ……」

「ハイ、ちょっとオチててね」


後頭部に一撃。

言いかけた言葉は中断される。


「……すんなりいったな」

「上級冒険者ふたりにかかればこんなもんよ」


------------


カシスはラザラスを木箱に詰め、それを助けたメイドさんたちと運んだ。

目指すは『帰還』の先、アルマの領地である。


門番と受付役のメイドさんは夕刻に来る見張りへの対応。

今このもぬけの殻の邸宅に入られるのはマズイ。

人払いというわけだ。


ちなみに気絶させた見張りは全員、アルマお手製の『眠りの粉』で深い夢の世界だ。

丸一日は絶対起きないらしい。

こいつらもふんじばって、あとで街の裏路地に捨てておく。


「騒ぎにならないか?」

「コレにはですね、すごい泥酔効果もあるので」


とのこと。


起きた直後に騒ぎ出しても、酔っぱらいの戯言としかみられない。

館に来たあとは、見張りをサボって酒盛りしてたからクビにした、という手はずだ。


彼らはもともと、仕事の合間にこっそりそういうことをしていたらしい。

ラザラスにはバレないようにしていたが、メイドさんたちには丸わかりだ。


日頃の行いのおかげというわけだ。

ありがとな、サボってた見張りの諸君。

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