第118話 「伝える手段」

カシスとふたり、おにぎりからでてきた紙に記された番地へ。

こういうのも盗賊シーフの得意分野である。


「どういうことだと思う?」

「さあ? あまりいい予感はしないけど」


ツカツカと先頭を歩むカシス。

目の前でゆれる黒髪を眺めながら付いていくと、周囲の町並みがだんだん汚いものになってきた。

さすがに俺でもわかる。

いわゆる、スラムと言われる地区に入りつつある。


「いちおう、警戒して」

「OK」


この世界のスラムでは、突然刺されることもある。

とんでもない治安と民度なのだ。


ぴーすけ自動防御オートガードの敵ではないだろうが、万全のため『俯瞰フォーサイト』も走らせておく。

いつもよりエリアを絞り、50mを密に。


そして、その範囲だけで犯罪が1件。

誰かが誰かから金品を奪っている。


「強盗が南で起きてる」

「それをイチイチやってて、あんたに自由は?」

「いや……そうだな」


俺はアメコミのヒーロー、親愛なる隣人スパイディではない。

そこまではできない。

意識の外に追いやる。

でも、本当はそちらに駆けだしたかった。


そうして、目的のあばら屋へ。

ドアに記された文言を見て……吐き気がこみ上げてきた。

いくつもの侮蔑の言葉。

主に、特定の職業を口汚く罵る、バラエティあふれるフレーズ。

なかには子どもの字もある。


そして『俯瞰フォーサイト』で、すでに状況はわかっている。

カシスは無言でノック。


「ちょっと話いいかしら?」


しばらくして、無言で扉が開かれる。

そこには、めしいの女性と、その女性を守るように手を引く少女の姿があった。


ぐううっ、とお腹が痛くなる。

ここに居たくない。

状況を知りたくない。


「だれですか? お姉ちゃんがお金を払うんですか? 後ろのお兄ちゃん?」

「ええと、お母さんは?」

「ママは喋れないから私が通訳なの」

「……そう」


カシスは素早く少女の後頭部に手刀をいれた。

即座に意識を失う少女。

それを優しく受け止める。


慌てた俺と母親に素早く目線を走らせ、ドアを閉める。

「アンタは外」と俺を追い出して。


そうか。

彼女に任せよう。

俺はドアの前で門番に徹した。


すすり泣く声と、カシスの優しい声が漏れ聞こえる。

俺は努めてソレが聞こえないように意識し、汚い通りを見渡した。


どれだけここで暮らしているのだろう。

なぜ目に包帯を巻いていたのだろう。

なぜ喋ることができないのだろう。

なぜ子ども連れなのだろう。


しばらく、ぼうっととりとめのないことを思う。

どうしてもイヤな考えしか浮かばない。


そうして、カシスがでてきた。

無言である。


「……どうする?」

「お金はすこし置いてきた。彼女はしばらく働かなくても大丈夫」

「そうか」

「冒険者として話をして、報酬もなんとか取り付けた」

「さすがだな」


カシスを褒める。

状況を読み、話術を駆使し、それでいてきちんと報酬契約も結ぶ。

まさしくパーティの優秀な交渉役ネゴシエーターだ。


「つまり、依頼クエスト成立よ」


------------


目も見えず言葉も紡げない女性からの依頼をカシスは成立させた。

故郷のことばと、YES・NOだけのやり取りで。


その女性も、女性の子どもも、ラザラス邸の少女たちも。

みな助ける。

そういう依頼ミッションだ。


「アルマにさっそく『帰還』の設置か」

「そうね。できればフローレス島にしたかったところだけど」

「ここが拠点でもいいだろ」

「そうね」


フローレス島にはラビット族がおり、彼らはまれびとを歓迎するという。

ここから船でちょっと。

港からうっすらと見ることもできる。

まあ、この依頼をこなしてからだ。



宿に戻るとアルマだけがいた。

なんでもユーミルは親友アリエルの墓参りで、ザリードゥは色街。

イリムは戦士ギルドなるものに顔を出しに行ったと。

初めて聞くギルドだ。


だが今はまあいい。

アルマにさきほどの話と、取り付けた依頼の説明をする。

終始彼女は無言だった。

それが逆に怖い。



「それはそれは……なかなかなかなか」


いつも温厚なアルマも顔が引きつっている。

とても静かな怒り。


「どう始末するんですの?」

「いえ……それはしない」


「あら? ずいぶんカシスさんは寛大なお心をお持ちなんですのね」


アルマが若干挑発気味に、声の調子をあげて言う。

カシスは一瞬彼女をにらんだが、静かに、力強く宣言した。


「私は、日本人には日本の法で対応する。

 それが私の中での最後の常識ルール


「甘ちゃんですわね。

 ――せめて目には目を、舌には舌を。当然の報いだと思いますけど?」


「私の故郷では、残念ながら違うの。

 個人的には大賛成だとしてもね」


ピリピリとした雰囲気が場を満たすが、ややあって静まる。

カシスのほうからだ。


「で、助けた子たちを受け入れる場所が必要。お願いできる?」

「いいでしょう。村のほうでも館のほうでも、雑用ができる子は歓迎ですわ」


メイドさんは雑用全般のプロだ。

館でも開拓村でも即戦力となる。

もちろん、本人たちの意向を聞いてからだが。


「ありがとう」

カシスがしっかりと頭を下げる。


「俺のほうからも、ほんとに助かる」

「ええ、どういたしまして」


アルマは静かに応えると、さっそく『帰還』の設置に入ってくれた。

衣装棚クローゼットを開け、足元には様々な魔道具アーティファクト、宝石。



カシスは怒りを抑え、自分のルールに従った。

素直に偉いな、と思う。


俺としてはあんなヤツ、殺してやりたいが……。


……じゃあぶっ殺してやろうぜ。


交易都市で勇者に言われた言葉を思い出す。

勇者の声でソレが再生される。


そうだ。

そうだな。

カシスのルールに従おう。

怒りのままにヤツを殺す。

それをすれば、まれびと狩りをする人々と同じになる。


たぶん綺麗ごとだ。

甘ちゃんだ。


でも彼らと同じになるのは絶対にゴメンだった。

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