第117話 「認識の相違から生じた判断ミスを後悔する時」
まるまると肥えた体を椅子に沈めつつ、ラザラス氏は話しはじめた。
「ボカァ40年前にここに。それで知識を使ってこうなった」
「失礼ですが、飛ばされたのはいつごろで?」
「アメリカのビルが1本すごい壊され方をした年さぁ」
「……2本、飛行機で。
そうするとおかしい。20年ぐらい前です」
初っ端からフェイントをカマされすこしビビったがなんとか対処する。
「やっぱりね、キミ。いつから来たの?」
「2020年、ぴったりです。
なんでも東京でオリンピックやるそうですよ」
「へえ、そいつはすごい」
いくつか
むこうもさすがに慎重だ。
「で、ナニしにきたのかなぁ?」
「……実は」
ラザラス氏に俺の計画を話す。
微力ながらもまれびとを助ける旅をしていること。
詳細は話せないがいくらかは実現できたこと。
いずれはこの世界の
そして、それに協力してほしいこと。
「突然で驚きでしょう。ですが、同胞たちを救うためにお願いします」
「ふぅん」
ラザラスは懐からパイプや葉の詰まった箱を取り出した。
トントンと器具でたばこを詰め、マッチで火を落とす。
それから長くゆっくりとパイプを吸い込み、時間をかけ口の中で煙を転がす。
終始無言だ。
「マッチ……初めて見ました」
ほわり、と静かに紫煙をくゆらせ、彼はまた口をひらく。
「これは貴族用に卸してるけどなかなかね。
ほとんど趣味のジョークグッズ扱いさぁ」
「そうですか。ところで……」
「あのさぁ」
「はい」
「ボカァね、すでに何人も助けてる。
ボクのおかげで助かった娘もどこかにいるだろう」
「それは素晴らしい」
「それに助けたい人だけボクは助けたいんだよねぇ。
具体的にはボクの好みの女の子。
JCJKあたりの女の子ね。
JDはギリギリアウトかなぁ……もう劣化してる」
「ええぇと……」
ちょっと待て。
いやいや。
このおっさんなに言ってるんだ?
「ボクは異世界転移してねぇ、よかったよぉ。
ここには日本の小うるさい
100%自分の好きなことができる。
そのためにがんばってがんばって楽園を築いた」
「……。」
「ボクはあの世界じゃ努力する意味も努力する甲斐も努力する目標もぜんぶぜんぶ、ただの
「…………。」
「でもこの世界じゃ否定されなかった!15で成人の世界だったからねぇ。もちろんしっかりした戸籍謄本なんてナイしいくらでもごまかしはきく。
なんなら奴隷身分ならそれも問われないしぃ」
「………………。」
「この世界は、ぼくにとって努力するに値する素晴らしい世界だったのさぁ」
「ちょっと待ってくれ」
ずいぶん
態度もそうだが、その内容も。
とてもじゃないが現代人の感覚から
だが、彼に反論するのは難しいような気もする。
なんというか、彼の中では答えが完結している。
対話や説得が不可能だという予感。
……勇者との問答と同じ感覚。
「助けられた娘は、むりやり?」
「もちろん自由意思で、選ばせてるよぉ。ボカァ女の子には優しいからねぇ。……もちろん夜のほうもねぇ」
「でも、ほとんど選択肢はないのでは?」
「いやいや、冒険者になった娘もいるよ、黒崎ちゃんだったかなぁ。……あの娘は惜しかったなぁ」
「冒険者以外は?」
「まれびとで、知識もなくて、身分も保証できない。そんなヒトは傭兵か娼婦ぐらいじゃない?」
「それはおかしい。身分なんてなくても農場など人手がほしいところはいくらでもある。それに自由都市にはフローレス島に引き渡すという条約が……」
はっ、と男は笑う。
ほとんど冷笑に近い。
「自分が損する情報をなんでわざわざ教えるかなぁ」
「なに?」
まれびとがすべて、魔物と戦う力があるとは思えない。
そして冒険者は魔物と戦えなければやっていけない。
危険のない依頼は報酬も低く数も多くはない。
危険を冒すリスクを請け負う者、だから冒険者だ。
この世界ではソレしかないよ。
あとは娼婦ぐらいかな……でもどこかでミスをしてまれびとだってバレるかもね。
あっ、ウチなら大丈夫だけどさ、見てよこの子たち、みぃんな助けてあげたんだよ。
ここなら、みぃんな仲間だからねぇ。
で、……どうするの?
召喚され混乱し
情報を限定し追い詰めることで、コイツは助けた少女を騙している。
とんだ悪党だった。
「そんな怖い顔しないでよぉ」
「……。」
「例えば今この瞬間、助かっている娘もいるんだよぉ」
「?」
「メイドさんの制服ね、販売して広めているんだぁ。
自由都市以外だとまだまだ厳しい売上だけど、すこしずつ認知されてきた」
「なるほど」
JCJKの制服を開発・販売して周知させれば、彼女らが転送直後に殺される可能性が少しでも下がる。
「それは善行ですね」
「ここを訪ねてきた娘もたまにゲットできるしねぇ」
皮肉まじりで返したら、天然で返された。
なんとも完成した男だ。
しかし、そうか。
そりゃカシスがあんな表情になるのもわかる。
なにより、この男のおかげで自分が助かった可能性もあるというのが気に食わないのだろう。
しかし、これはハズレだったか。
同じまれびと、そして資産家。
パトロンとして期待していたのだが、これはちょっとムリがある。
情報を得たうえでとっとと退散しよう。
いくらか話をし、そしてそろそろいいです、と伝える。
あまり長く話していたい相手ではない。
彼に見送られ、屋敷を去った。
開発した米もどきだ、とお土産を渡された。
中身はおにぎりだそうで、まあこれは受け取っていく。
とっとと宿に帰りたい。
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「ね、無意味だったでしょ」
「ああ」
宿にはカシスだけおり、俺は受け取ったおにぎりを頬張っていた。
カシスからは「いらない」と突っ返された。
胸クソ悪い相手とはいえ、白米の誘惑には勝てなかった俺とは違うな。
現代日本の、品種改良の魔法を繰り返し与えた米にはまったく勝てないが、悪くはなかった。
そうしてふたつめも頬張る。
「んべっ!?」
「うわ、汚いわね!」
なにかガサガサした異物が舌に引っかかり思わず吐き出したのだ。
明らかにおにぎりにあるまじき具材だ。
「……これって」
「……紙?」
よく見かける、羊皮紙でないガサガサの紙だ。
駆け出し冒険者の証明書もコレだし、一番使われる低級品である。
俺は米粒まみれの汚いそれを拾い、広げる。
紙には、どこかの番地。
そしてシンプルなひと言。
たすけて、と。
それは、懐かしい故郷の文字で綴られていた。
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