自由都市

第116話 「自由都市」

簡単な手続きを終え、自由都市への門をくぐる。

門も、その先に広がる街もだいたいがベージュや茶色系。

ようはレンガ造りのしっかりした建物が多い。

王都のように入ってすぐ広場が広がっており、地面も暖色系の石畳がびっしり。

ひとことでいうと、とても文化的だ。


「ぷわーんと変なにおいがしますね」

「海風だな」


海に面した港町らしく、潮のにおい、湿った風が広場に吹き抜ける。

だがその空気は心地のいいもので、開放感すらある。

ここにまれびと狩りがない、というのはこういう風土もあるのかな。


仲間に聞いてみる。


「港町を巡って調べてみるとかどうだろう」

「……南西の湾口都市も、まれびと狩りはない……」

「おおっ!いいじゃんか」


しかしカシスはげっ、という顔をした。

彼女の元から鋭い目つきがより険しくなる。


「ないって言うより、今は行く人もほとんどいないでしょ」

「……そーだな。頭ぶっ壊されるだけだ」

「ええっ?」


なんだそれ……頭がパーンか。

または精神隷属器ゾアホリックされるのか?


「……やばい宗教が流行ってて、やばい教祖が支配してる。

 ……教会も異端狩りも手がだせない」

「具体的には?」

「……街に近づくだけで頭が狂う。特に教会の連中は……」

「うへえ」


なんだか宇宙的恐怖コズミックホラーを感じる話だ。

カシスも険しい表情のまま続ける。


「私もあそこに近づいたことはないわ。ほとんどの人が街の存在自体無視してる」

「つまり、完全に治外法権か」

「ただ、魚はじゃんじゃん穫れるとかで一か八かで向かう漁師もいる。

 現に、あの街の干物や漬物は特産品」

「……よく食えるな」


「他ではとれない深海魚だとか、珍味だとか。

 需要があれば商売は成り立つからね」

「うーん」


たくましい話だこって。

そんな場所にすら赴く行商人はもはや冒険者アドベンチャラーだな。


「だからそこはパス」

「そうだな」


他の場所はどうなのだろう。


「北の帝国にもでかい港町があるぜ。

 もちろん絶賛狩りまくりだ」

「だめか」


まあ帝国は北方に座し、氷の魔女の脅威に直面している。

この大陸で最もまれびとに厳しいエリアだ。


「俺っちもいろいろ見てまわったが、ほかの港町も期待しないほうがいい」

「そか」


そう簡単にはいかない。

仕方がない。


長旅の疲れを癒やすため、今日はお高めの宿に泊まることにした。

ロイヤルスイートまでいかなくとも、その少し下ぐらいで休みたい。


アルマは積んできたワインを卸すためギルドへ。


そういえば。

この街にはトランプカードで財を成したラザラス氏の邸宅がある。

俺はこのひとをまれびとだと確信しているので、できれば接触しておきたい。

この娯楽の少ない世界で彼のおもちゃに何度もお世話になった礼もあるし。


「カシスは、ラザラスに会ったことあるんだよな?」

「まあ、ね」


カシスは心底うんざりしたような顔だ。

以前王都で聞いたときもこんな態度だった。


よほどなにかあったのだろうか。


「心底軽蔑すべきクソじじいよ」


そう吐き捨てると、いくらかラザラス氏の話をしてくれた。

まず、彼は日本人であること、名前はこちらで付けたものだそうだ。


ハタチのときに飛ばされ、現在は60前後だそうだ。

ルールブックにある通り、トランプやチェス、将棋など元の世界の遊戯でヒットを飛ばし、巨万の富を築いた。

異世界で商売無双したわけだ。


「……で、そのお金で女の子囲って贅沢三昧。正直視界にもいれたくない」

「ほうほうほう」

「なに?」

「いやなんでもないっす」


男の本能に全力なヤツか。

そんでエロじじい。

そりゃJK、つか女性からすればこういう態度になるか。


「しかも囲ってるメイドさん……の何人かはソイツいわく助けたまれびとの子。

 みーんな若い子ばっかりでほんと気色悪い」


ここでうらやましいとか言ったらカシスにぶっ殺されるんだろうな。

まあ俺もあんまり外道なヤツだったら勘弁だが。


「それでそのメイドさんの服装が最悪……助かってるところもあるけど」

「うん?」


「会いに行くのは構わないけど、私の名前は出さないでよね」

「了解」


素直にうなずいておく。

ほんとのほんとに機嫌が悪そうで、冗談ですらキレそうだったので。


------------


次の日。

今日は休憩日オフにしてみな思い思いに過ごしている。


俺は予定どおり、トランプ富豪のラザラス氏の邸宅へ。

イリムがついていくと言うとカシスが絶対にダメだと。


まあエロじじいの視線に彼女をさらすのも胸クソ悪いので、俺も却下する。

イリムはケモミミをピンとおっ立ておかんむりだ。


「護衛はどうするんです!」

「ぴーすけに頼むよ」


ぴい、とは応えられない。

いま彼は顕現けんげんさせると2m以上あり、羽を広げるとその倍にはなる。

ぶっちゃけ宿で出すにはデカすぎである。


そして鳴き声は「がお」が近い。

そろそろぴーすけじゃムリがでてきたか。

みすずちんに……イヤ止めておこう。


彼にはいざとなったら自分で現れていい、と頼んでオート化いる。

そして突然ぴーすけが現れたらそれだけでフェイントになる。

俺の守りは大丈夫だ。


イリムを納得させ、いざラザラス邸へ。


------------


そうして今、俺は彼のお屋敷の応接間にいる。

訪問し、玄関に控えるメイドさんに声をかけいくらか言葉を交わすとすんなり入れてくれた。

メイドさんにカシスのときのように「あちらの世界ワード」を混ぜ、

メイドさんが質問してきた「あちらの世界知識」にスラスラ答えた。


なんだか符丁あいことばみたいでちょっと楽しかった。


応接間は豪華なつくりで、座るソファーもふかふかだ。

調度品や絵画も格式高そうで、セレブなお部屋である。


壁に控えるメイドさんの格好がもの凄くミスマッチだが。


「なあ、君」

「なんでございましょう」

「そのさ、君は納得してここにいるのかな」

「……ご質問の意図がわかりかねます」


うーん。

まだわからんが、ラザラスってのは結構アレな人かもな。

メイドの格好がセーラー服。

ここに通した子はブレザーだった。

なるほど。

カシスが嫌がるわけだ。


ぎいっ、と重い扉が開く音。

振り返ると恰幅かっぷくのとてもいい男性の姿。

ついでに脂の乗りもすごくいい。

鍛えていないお相撲さんといった風体だ。

服装もギンギラギンに派手派手で装飾品まみれ。


……あれでコケたら、怪我しない?


「どうも待たせたねぇ」

「いえ」


のしのしと部屋を横切り、上座である部屋の奥の椅子へ腰掛ける。

椅子は悲鳴ひとつあげない。

しっかりとした造りの、お高い椅子なのだろう。


「キミもそうか、アレなんだろぅ」

「……そうなりますね」


いちおう備えとして、火精はフル励起れいきで待機。

ぴーすけもいざとなれば俺を守るように顕現けんげんできる。

彼の表皮、ウロコはすでに並みの刃なら弾いてしまう。

非常に頼もしい護衛だ。


「じゃあ、いくらか話をしようかぁ」

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