第110話 「ふたりの女性の贈り物」

「ずいぶんいろいろ貰っちゃったわね。なんだか悪いかも」


カシスはうーんといった顔ではめた指輪を見つめている。

上級の盾の指輪であり、以前のものとあわせふたつ掛け。

かなりの攻撃を受け止めガード受け流せるパリィらしい。


彼女はアスタルテが苦手でいままで避け続けているが、そういうのはよくないよね、とこぼした。


「うん。次あったらちゃんとお礼をするわ」

「そうね」

「俺っちもなんとかビビらずに対応するぜ」

「そうだな」


ザリードゥは左手でブンブンと長剣を振り回している。

彼いわく、とても手に馴染む名刀だそうだ。


「それに奇跡の通りもよさそうだ」

騎士の誉れデュランダルの亜種、ぐらいの格はありそうですわ」

「ほーう、そりゃすげえ聖剣だな」


ザリードゥはその聖剣を利き手である左手に。

右手には以前から愛用している曲剣を。

こちらも魔法の品で、つまりは魔剣だ。


聖剣と魔剣で武装か……とっても厨二戦士だな。

スタメン落ちした曲刀は下取りにだすのかな、と思ったら馬車にくくりつけていた。

なんだかんだ予備は大事だと。


俺の黒杖こくじょうはなんとドラゴンウェポンだったが、まさか壊れないわけではあるまい。

いざという時はイリムに石の棒を、と頼んでいる。

そういう事態にならないのが一番だが……。


装備の確認もすみ、旅の準備も整った。

次に目指すは自由都市である。


だが、出立前に寄らねばならない場所がある。

レーテとマルスが待つ聖堂である。



彼女の弟を助け、彼女にぜひ聖堂に寄ってほしいと言われてからひと月経っていた。

ザリードゥから俺はあのあと怪我をして、ゆっくり療養中だと説明している。

だいぶ心配されたそうだ。

……ちょっと悪いことしたかな。


「じゃあ行く前にレーテに会ってくるよ」


するとユーミルがバシッと俺の肩を叩いた。


「なんだ?」

「……教会の女は信用ならねーからな。私も付いていく……」

「ええっ……まあいいけど」


ほんとに教会嫌いなんだな。

まあ俺も先の件で教会……というより異端狩りは大嫌いになったけど。



広場をふたつ越え、ようやく聖堂のある広場へ。

ヨーロッパでもそうだがこの世界でも街中によく広場が設けられている。

教会や各ギルドの館、大きな宿などが広場に沿って建てられており、街についたらまず広場に行けとよくいわれる。


こうして見渡してみるとひと月前の魔女の襲撃からずいぶん修復がすすんでいる。

この世界の人もなかなかしぶとい。

こういう人間性はどちらもあまり違いを感じないのだが。

これでまれびと狩りさえやめてくれればな。


聖堂へ行くとさっそくレーテが駆けてきた。


「師匠さん!どうぞいらっしゃいました!お怪我はもう……?」

「や、心配かけてスマンね」

「……。」


ユーミルにぐい、と服の裾を捕まれレーテへの接近を阻まれる。

別にとって食われはしないのに……。

いや逆にとって食う変態だと思われているのかもな。

ああ、ザリードゥがフラグがどーとかいらんこと言ってたからね。

まったく。


「……さ、マルスもお礼を!」

「師匠さん、どうもありがとうございます!」

「おっ、元気だな」


イリムやみけにやるみたいにマルス少年のあたまをぐりぐりなでる。

男の子なので気持ち豪快に。

彼の燃えるような赤毛がボサボサになる。


「ザリードゥさんと一緒に助けてくれたんですよね!」

「まあ、あの状態で踏ん張ってた君の体が一番だけどな」


氷漬けの仮死状態からの蘇生はあちらの世界でもないわけではない。

そしてそれを可能とするのは、生きるという強い意思だろう。


異端狩りに腕を切り落とされたとき、俺は半分諦めていた。

たぶんあれじゃダメなんだ。

それをこの少年から教わった気がした。


「僕も姉ちゃんも師匠さん達にお礼がしたくて」

「今夜にでも晩餐会に……」


ずい、とユーミルが再度俺を引っ張り、そして冷たい声で告げる。


「いや。師匠も私たちも今日発つ。……だからムリ」

「……そうですか」


ええっ。そりゃそのつもりだったけど。

ひどい断り方だな。


「まあ、元気な顔をみれたからそれでいいよ」

「いえ!そういうわけには」


レーテはごそごそと懐をあさると、一本の小瓶を差しだした。


「私の聖水でございます」

「ええっ!?」


聖水って聖水おうごんすいだよな!

すげえ文化だな……。

えっ、なに、この世界は変態まみれなの?


「俺ノーマルなんだけども」

「はい?」

「…………。」


ユーミルの強烈な視線が背中に突き刺さる。

……あ、いやなんでもない。

そうそう。教会のね。

アンデッドとかに効くアレね。


「……おい師匠、なんか殺意が沸いたんだけどさ……」

「えっ、怖いな鎮めとけよ」


「これは私がこのひと月、毎朝かかさず祈りを捧げた聖水になります。

 それなりの聖別や邪気祓いの効果があるかと」

「おう、ありがとな」


レーテから小瓶を受け取り腰のポーチへ。

聖別ってなんだろう。

武器が祝福派生したりするんだろうか。

あとでトカゲマンに聞いておこう。


「それと、このアミュレットを」

「……これは?」

「お守りです。旅の、祈願が込められています」


レーテが近づき、首へ手をまわす。

パチリ、と音がしてアミュレットが装着された。

首から垂れるソレをつかんで観察すると、ずいぶん古びたもののようだ。

旅のお守り……魔法の効果とかではなく純粋なモノなのかな。


「大事にするよ」

「ええ、ありがとうございます」


ペコリと頭を下げるレーテ。

その横にぴったりついたマルス少年は、なぜかじぃーっとユーミルを見つめている。


「……なんだよ」

「えっ、と。その」

「……ウジウジしてる男は嫌われるぞ」

「その、あなたによく似た目の人に昔、助けられて、その」


「……うーん?」


ユーミルは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに「姉貴は人助けなんてしないしなぁ……」と呟いた。


「……私には関係ねーな」

「じゃあ、お姉さんとか」

「……姉貴はそういうことは絶対しない」

「そうなんですか?」

「……そゆこと」


そして「……早く行くぞ」と彼女にずるずる引きづられる形で聖堂から立ち去った。

見えなくなるまでレーテとマルスは手を振っていた。


------------


「……たーく師匠はしょうがねえな……」

「うん?」

「……そうだな、私もコレやろう」


とユーミルがもぞもぞとローブの下でなにかをいじくっている。

なんだ、パンツでもくれんのか?


「……ほれ、左手出せ」

「はいよ」


さしだした左手を彼女の右手で握られる。

とたんに、細い鎖がぐるぐると左腕に巻き付いてきた。


「うぉおおおおお!!」

「……うるせーな……」


ヘビのように纏わりつく鎖にゾワッと鳥肌が立つ。

というかそういう、霊的な怖さもすこしある。

第六感が警鐘を鳴らしているのだ。

この恐怖感はバイオなハザード以来である。


「……これは?」

「ひとり、貸してやる」

「はあ」

「いざという時、自動で師匠を守ってくれるぞ」


えへん、とでも漫符マンガマークがつきそうな態度のユーミル。


「……どうよ。あんな教会の女のプレゼントよりこの天才魔法少女のユーミルちゃんのほうがすげーだろ」

「ああ、まあ。ありがとうな」

「ふふん……もっと褒めてもいいぞ」

「……。」


ちょっとおっかないが、自動防御オートガードはありがたい。

アスタルテにつづき、最近アイテム面での強化が多いな。

いやまあ憑いてる幽霊くんを装備扱いはひどいな。


心のなかで礼を述べておく。

今日から頼むぞ、よろしく、と。

俺の思念に応えるように鎖がちゃりちゃり動いた時は正直ゾワッときたが。

そのうち慣れるだろう。

いや慣れておきたい。


……幽霊とか、けっこう苦手なほうなんだけどね。

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