第107話 「修行後ティータイム」
あれからひと月……。
さすがに安宿の一室でカンヅメは可哀想ということで、アルマは『帰還』の門を開いてくれた。勇者組とも離れられるし、修行もひらけた場所のほうが伸びが良かった。
フラメル邸を遠くに望む高台、海風が心地いい。
風の精も楽しそうに踊り狂っているのがわかる。
彼らは岸壁に打ち付けた波がつくった複雑な地形を駆けめぐり、独特な音楽を奏でている。
「師匠さん、どうですか調子は?」
後ろからみけに声をかけられる。
彼女がこちらに紅茶の差し入れをもってきてくれたのは、館を出た時点で感知できた。
フラメル邸からこの海を望む高台まではおおよそ500m。
ここまで子どもの足で、しかも茶器を抱えて歩くのはキツかろう。
みけの頭をなで礼を言う。
「いつもありがとうな」
「いえいえ、私もここからの景色は好きですからね」
カチャカチャと紅茶のセッティングを始めるみけとテディ。
ポットに紅茶の小瓶に、水筒。
「じゃあいつもの通りにお願いします」
「ほい」
セットされたポット下に強めの『灯火』を配置し、湯を沸き立たせる。
なんでも紅茶はそそぐ湯が熱ければ熱いほどいいらしい。
しばらくしてみけが淹れてくれた紅茶をすする。
そのさい、火精に頼みほんのすこし温度を下げさせる。
最近わかったのだが、
火精は火を
『
「村の方はどう?」
「ベルトランさんとじいやさんによると、あの3人はしっかり働きものだそうです」
「よかった」
「時間をしっかり守るのがまず驚きで、それにすごい働きものだそうです」
「そういう
感知範囲が広がるにつれ、まれびとが召喚された方角や距離がなんとなくわかるようになってきた。
アルマの指示で街への外出禁止をくらった俺は行けない。
なのでイリムとカシスに回収作業を頼んでいる。
だが誰でもなんでもかんでも助ける、というのはまったく現実的でない。
距離が2日かかりそうなら諦める。
そして山中や森、そして街中で1日かかるなら諦める。
最初にカシスにルールを提示された。
まず、その場合は死んでいると。
すこし先のプランは考えてあるのだが今現在はこれが限界だ。
歯がゆいがこのひと月で3人は救うことができた。
それをまずはよしとする。
「ところで師匠さん、イリムさんやアルマさんとはどうですか?」
「どうって?」
「そろそろお付き合いしているのかなぁーて」
「ぶっ!!」
紅茶を吹いた。
みけから、わーきたない!と非難がとぶ。
「うーん、いやそういうのはないよ」
「……そうですか」
アルマはまあ、ちょっといい感じになったりはあったけど。
いかんせん彼女はああいう性格なのでイマイチよくわからない。
おちょくって楽しんでいるだけかもしれんし、というかその可能性のほうが……。
まあ、そっちだろうね。
イリムは好きは好きだがそういうのではない気がする。
まず俺をこの世界から救ってくれた恩人だ。2重の意味で。
最初のスタート地点で彼女がいなければ俺はクマ公の腹の中だ。
そして……まれびと狩りの夜。
彼女が認めてくれなければ、俺は……終わっていた。
そうして折れた先のことはとても考えたくない。
勇者と賢者と、3人で----を繰り返した旅路の夢。
アレはそういう暗示だと受け止めている。
だから、この世界で一番大事に思っているのはイリムだ。
それがイコールそういうのではないだけだ。
かわいいしたまにドキッとすることはあるが、そういうのではないはずだ。
そもそも俺ロリコンでもケモナーでもないからな。
「ずいぶん長く考え込んでますね、師匠さん」
「えっ!いやどうだろね」
「ライバルは多いというわけですか」
「?」
ライバル……カシスとユーミルか?
あと最近は男女の垣根も種族の垣根も越えたりするのでザリードゥも入るか。
カシスはほとんど同性の友達感覚で、そのフランクさが気に入っている。
あいつの俺へのあたりが強いのもむしろ心地がいい。
ユーミルは……あいつはよくわからんところがあるし……。
ねーちゃんが八尺様なのも恐ろしい。
でも仲間としてはバッチリ信頼しているし、悪人では絶対ない。
ザリードゥは友達、戦友、そして先輩だ。
盛り場にも精通し、そちらでのなじみも多いそうで。
絶対ではないがあのトカゲマンはGではないだろう。
「そろそろ寒くなってきたな」
「はい」
茶器の片付けを手伝い、館へと引き返す。
ここでの滞在も終わりだろう。
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フラメル邸から『帰還』で空いた扉をくぐり、交易都市の安宿の客室へ。
戻ると仲間が全員そろっていた。
「では、この街での最終会議と参りましょうか」
アルマの宣言でおのおの、情報やついでに請けた依頼の報告。
ほんとうに、ほんとうに万全を期してここまで待った。
「まず、師匠さんをまれびと、そして【炎の悪魔】とする認識はこの街にありません。そして西方諸国にも王国にも」
最初の2週間でも得た情報だが、さらに調べて万全を期した。
参謀であるアルマがいっきに説明を続ける。
「魔女の領域から弟を助けられたレーテが、赴任していた異端狩りに問い詰められたのが発端のようです」
「そしてその報告を請けた異端狩りが独断で隊を率いて師匠さんを囲んだ」
「彼、【怪力のシュプレンガー】は上司の席を狙っていたそうですわ」
「魔女の領域を溶かし得る逸材、しかもまれびとの可能性が高い」
「
その功名心による独断専行が俺にとっては助かったのだ。
他に漏らさず勇者に始末された。
ここは、あいつに感謝すべきなのだろうか。
「師匠さん、『
にこりとアルマがほほ笑む。
もう知っているクセに、ほんとに彼女は。
『俯瞰』を走らせ、視点を上方に置く。
その視界の範囲に教会の聖堂を捉える。
「ここから聖堂の内部がわかる。誰かが鐘つきの準備をしてる。
そろそろだ、……よし」
――リィーーン、ゴーン。
俺の言葉のおおよそ半秒後、重い鐘の音が聞こえてきた。
聖堂はここから500mほど。
「師匠さん、合格です」
アルマにそう言われるのは久しぶりで、なんだか笑ってしまった。
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