第105話 「スタート地点」

勇者と名乗った青年は、満足そうにあたりを見渡した。

そして赤銅色にところどころ金の装飾が散りばめられた派手な長剣ロングソードを構える。


そうして、瞬きのたびに法衣が両断された。同時に2体。

息を、吸って吐いてをワンセット。

その間に11人いた法衣ニンゲンは22個の肉片と化し路地に転がっていた。


気がつくと真横にキレイな金髪の女性が、俺の腕を抱えていた。

サラサラのロングヘアがこちらの肩に掛かるほど近づき、聞き覚えのある詠唱を唄い出す。


まばゆい発光に目をくらませたあと、あれだけあった痛みが消えている。

おそるおそる目を開ける。

左腕が繋がっていた。


「『大治癒グレーターヒール』が適応されてるわ」

「よっしゃやっぱか! まずひとつめクリアだな!」


血まみれの長剣を青年が敵の法衣で拭っている。

これだけの惨殺を成した直後でありながら彼の笑顔はキラキラと明るい。


「よう、アンタが師匠さんだろ! 見てたぜアンタの戦い」

「……ああ、その」

「飛竜をバンバン撃ち落として、オマケに魔女の縄張りまで溶かしやがった!

 ほんとうにアンタは精霊術師なんだな!」

「その、いいか?」

「うん?」

「仲間が無事か確かめたい。その後で話はいくらでも聞く」

「いいぜいいぜ」


一秒でもはやくふたりの安否を確かめるため、『俯瞰フォーサイト』を発動しながら路地を駆ける。

すぐにカシス、ついでイリムを探知。

息はしている。出血も少ない。

駆ける足に力が入る。


------------


「軽い気絶だな、しばらくすれば起きるだろう」

「……よかった」


自然、ぼろぼろと涙があふれる。

イリムもカシスも無事だった、本当によかった。


「しっかし獣人の奴隷にJKの連れかよ、すげえ趣味だなアンタ」


がばりと振り返る。

勇者、と名乗る青年はにこにこと笑っている。


「そう警戒すんなよ、アンタを助けたのも同郷のよしみってヤツだ」

「……そう、そうなのか」

「おう、まれびと同士なかよくしようぜ!」

「あっ、ああ」


アスタルテは勇者が怪しいだとか、なんだとか言っていたが、こうして彼に助けられた。

その行動も、強さも、勇者と呼ぶに相応しい。

……倒し方がちょっと、豪快すぎたが。


「で、師匠さん。アンタに話があるんだ。ここじゃちょっと……」

「ひぃぃぃあああああああああ!!!」


路地に立ち入った男が、悲鳴をあげていた。

見るからに町人といった格好で、確かにこの惨状をみればふつうはああいう反応をする。


「おいスピカ。人避けはどうなってる?」

「たまにいるのよ。ああいう危機感ゼロの人間が」

「かーっ、運のねえやつ」


きびすを返し、逃げ出す町人のその背中に。

ぐしゃり、と長剣が突き刺さった。

派手派手で、きらびやか。

さきほどまで俺を助けた男が握っていたモノによく似ている。

法衣を11人両断したモノによく似ている。


勇者の剣が、ただの一般人の背中に突き刺さっていた。



思考が停止する。

いま、この青年はなにをしたのか。

俺を助けてくれたこの男はなにをしたのか。


「師匠さん、話があるんだ」


にこにこと青年の笑みは変わらない。

俺を救出したときとなんら違いはない。

彼の中で、一連の行動に矛盾はないということだ。


------------


惨劇の現場から離れた宿の2階。

イリムとカシスをベッドに寝かせ、部屋の中央の丸テーブルを挟んで勇者たちと対面する。

座る椅子のバランスが妙に気になった。

どうにもさっきから現実感がない。

腕が飛んだことも、それが容易く治ったことも、

……勇者が町人を殺したことも。


「悪いけど話が終わるまで、仲間には眠っていてもらう」

「……ああ」

「それでなぁ、まずは」


てのひらを勇者にむけ会話を制止する。

状況がのみこめないがこれだけは言わなくては。


「その前に、助けてくれた礼が言いたい。

 ありがとう、あのままだと俺も仲間も異端狩りにやられていた」

「おう、気にすんなや」

「腕も……あんな奇跡はみたことがない」

「……そう」


賢者……スピカは興味がないといった感じであった。

長いさらさらの金髪、笹葉のような耳。

エルフらしく絶世の美女、といってもいいと思う。

しかし目に力がないというか、すべてがどうでもいいとった色をにじませている。


「それと、なぜあの人を殺したんだ? 理由があるのか?」

「あーっ、そっか! それでさっきから機嫌悪そうなのね師匠さんは」


へらへらとなにが楽しいのか、口の中で笑いを転がしている。

その顔には後悔だとか、罪悪感だとかは微塵もない。


「あれは人じゃねえだろ」

「……は?」

「人じゃねえモン殺して、なんかあるのか?」

「いや、え……?

 そうか、人型の魔物、吸血鬼とかだったのか?」

「いや、この世界にわんさかいる人殺しの魔物を一匹駆除しただけだろ?」

「…………。」


言っている意味が、わからない。

勇者の笑みは変わらない。

変わらないが、なにか。

その仮面の下に凄まじい怒りが感じられた。


「あんただってまれびとならわかるだろ?この世界のヤツらがなにをしてるか」

「許せるわけないよなぁ……いや許しちゃいけねぇ」

「決めたんだよ、この悲劇を終わらせるために、オレはがんばらないといけない」

「まれびと狩りを終わらせるために、人殺しどもを根絶やしにするために」

「オレはがんばってがんばって勇者になったんだ」


「……それは、」


「だから師匠さん。アンタにも協力してほしい」

「あれだけの火力があって、魔女もコントロールできて」

「しかもアンタは故郷の人だ。ほんものの人間だ」

「仲間になってくれたら、すごく嬉しい」


キラキラとした瞳で、まっすぐに理想を語る青年。

年は俺より下、ハタチかそこらだろう。

少年マンガの主人公のような、幼さが残るが強さを秘めた顔立ち。

だが、彼の言葉はまったく共感できなかった。

許容ゆるすこともできなかった。


「勇者さん、本当の名前は憶えてるか?」

「それは捨てたんだ」

「そうか」


だが、これは言わなければならない。


「お前のやったことは間違ってる。これからやろうとしてることも間違ってる」

「あー、そうなるのね」

「真剣に話しているんだが」

「つーてもさ、ソレで話し合いとか説得とか、ムリだから」


勇者はぐっ、と椅子に深く体を沈める。

そんな彼に力強く言う。


「まれびと狩りは俺も止めたい。参加してたヤツだって正直ぶっ殺してやりたいさ」

「じゃあぶっ殺してやろうぜ」


「でも、それじゃあアレはこの世界から消えないんだよ」

「だーかーらっ、皆殺しにすりゃいいんだよ」


「無実の人はどうなる」

「あっ、やっぱそういう論法になるのね」


「この世界には、まれびと狩りをよく思ってない人もいるし、参加しない連中もいる」

「もちろん、オレも無差別殺人鬼じゃねえよ」


「じゃあ……」

「まれびと狩りをしない獣人、エルフ、ラビット族は殺さない。

 もちろん故郷のやつは絶対に殺さない」


「だから、ふつうの人間にもいいやつは……」


ビシッ、と手で制される。

手のひらをこちらにむけ、明らかな拒絶の意思をしめす。


「その点についてオレとアンタが合意することはない」

「…………。」


勇者の横に座るエルフの女性、スピカに視線を投げかける。


「賢者さん、あなたはコレに賛成してるのか?」

「うじゃうじゃと増えた人間を減らせるなら別に」


「いや、なんだそれ」

「……あなた、エルフについて詳しい?」


「いや」

「そう」


言葉を区切り、スピカは気だるそうに言葉を続ける。


「この精霊大陸はそもそもエルフの土地だった」

「そこに8000年前ごろから人間がでしゃばり始めて」

「ネコみたいにぽこぽこ産んで、うじゃうじゃ増えて」

「森を切り泉を汚し、大地を削り」

「そうしてこの大陸に蔓延はびこっていった」


「…………。」


「黒森も魔女もぜんぶぜんぶ、人間の自業自得」

「この大陸は穢れきった。仲間はみんな西に去った」

「許せない。美しいこの大陸が終わっていくのが」

「わからないかな……あなたは精霊術師でしょ?彼らの声が聞こえないの?」

「私にもかすかにその力はあるけど、あなたほどじゃない」

「それでも彼らの悲鳴が聞こえる。穢れた大陸をなんとかしてって」

「だから、その原因には死んでもらわないと」


彼女からも、彼からも、揺るがぬ意思を感じた。

強固な力強さを感じた。

説得はほんとうに、ムリなようだ。


「俺は賛同できない」

「そっか、残念だな」


「……どうして俺に話をした?リスクしかないだろう?」

「アンタに仲間になってほしかったからさ」


「そうか。断る俺はどうなる?殺すのか」

「いやいや、まれびとは絶対殺さないさ。アンタのお仲間のJKも、獣人の奴隷ちゃんもな」


「彼女は奴隷じゃない。俺の仲間だ」

「ふーん」


「アイツは、俺がまれびとだと受け入れてくれた。そういう人がこの世界にいるんだよ」

「へえ、よかったね」


「だから……!」

「よかったじゃんか」


「なにがだよ!!」

「スタート地点が、よかっただけだろ」


「えっ」


言葉が……うまくでなかった。

なにか、彼との致命的な違いがソコにある。

そんな確信がある。


「まあ、じゃあ……引きとどめて悪かったね」


ガタリと椅子を引き、立ち上がる勇者と賢者。


「俺がアンタらのこと、バラしたらどうする?」

「だいじょーぶさ。オレら、すげえ信頼されてるから」


黒森からの防衛、助けた村は数しれず。

救いの勇者、賢者さま。

まあ村ひとつ救うぶん村ふたつ滅ぼしてるけどな、と。


「しっかし困ったね。魔女にババアに厨二ちゅうに女とその連れ。

 教会も帝国も王国も。

 邪魔なヤツは多いってのに手札が足りないぜ」

「ねえ勇者。コイツもそのうち……」

「いや、故郷のやつは絶対ダメだ。それはやっちゃいけない」

「……わかったわよ」


勇者は最後に、ほんとうに残念だと口にした。

俺と組むのが、ほんとうに楽しみだったと。

始めて会った気がしないくらい、俺のことをすぐに気に入ったと。


ふたりは去った。

一度に……いろいろなことがありすぎてクラクラする。

いいようのない吐き気もする。

俺はふらふらと夢遊病のようにベッドに歩み寄り、そのまま正面に倒れ込んだ。

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