第104話 「ゲームオーバー」

正面に6人の異端狩りの姿。


――急いで『俯瞰フォーサイト』を発動。

真上から周囲を調査スキャン

背後にも6人、それに屋根の上にも4人、手には石弓。

仲間にも小声でそれを伝える。


「どうする?」

「相手の出方をみよう」


もちろんすでに『火弾』は全弾装填フルセット済みだ。

イリムもいつ仕掛けられても矢を叩き落とせる。

あるいは土精で壁を敷けばいい。

カシスはすでに盾の指輪の魔力が切れているため、盾のコインを備えている。

戦いになるのか、どうなのか。

にらみ合いが数秒、そして正面のひとりがカツカツとかかとを鳴らしながらこちらへ3歩。


「二ツ星冒険者の、師匠さんでよろしいかな」

「……ああ」

「私はシュプレンガー、どうぞお見知りおきを。

 見事なものですなさきほどの手腕、炎の技、それに奇跡!」

「奇跡は仲間のトカゲのおかげだ」

「いえいえ、違います」


ニカリと男の口が限界まで裂ける。


「氷の魔女の領域を押し返した。みごとに彼女を犯しきった」

「…………。」

「あんな魔法はみたことがありません。しかもあなたにシルシはない」

「精霊術師なんでな」


と、同時にぴーすけを肩の上に顕現けんげんさせる。

周囲に動揺がひろがる。


「ほうほうほう、そうですか。そういう設定いいわけですか」

「はあ?」

「まれびとたる氷の魔女の現能チカラに対抗しうるは、おなじまれびとの現能チカラです」

「いや、まれびとに魔法が使えるわけないだろ」

「ですから現能チカラと。教会が、そして帝国が歩んだ魔女との戦いの歴史を舐めないでもらいたい」


パチン、とシュプレンガーが指を鳴らす。


「【炎の悪魔】を捕縛しろ。残りは殺せ」

「チッ!」


非常時だ。常識も倫理観も捨て、目の前の敵6人に『火弾バレット』を撃ち込んだ。

ひとりにつき2発、計12発。

しかし、そのすべては彼らの前で霧散した。


『対火』か『防護プロテクション』か!?

急いで術を切り替え、仲間を守るように周囲に『熱波ドライヤー』を最大風速で。

これで石弓は大丈夫だ。

イリムには攻撃に集中してもらわねば。


「いきますよ、師匠!」


カンのいいイリムはすでに『土槍』を4本素早く組み立てており、俺が防御円を敷くやいなや屋根の上の弓兵へ投じた。


ぎゃっ、とかぐげっ、とか。

次々と悲鳴をあげ頭上の敵は排除された。

ずるりと屋根をすべり落ち、地面に叩きつけられていく。


これで飛び道具は怖くない。

初級の『矢避けアヴォイド』はあるが、石弓というとギリギリ突破する可能性がある。

イリムとカシスは正面から迫る敵にそなえ、俺は急いで背後に『火葬インシネレイト』を吹き付ける。


イリムの術が効いたということはおそらく敵が備えていたのは『耐火』だ。

だがこれだけの炎の柱、喰らえば視界はほぼゼロに等しい。

それに耐火にも練度レベルがある。

守りを構成しているモノを上回る火力に至れば……。


「うぉおおおおおおお!!」


火柱のむこうから悲鳴があがる。

今の俺の『火葬インシネレイト』はソレに至っているということだ。


後ろは維持できる。

肩のぴーすけをイリムの援護にまわす。

彼は彼女の真横まですべるように飛行し、『火息ブレス』を吹き付け視界妨害。


その炎幕えんまくのむこうから、男がぬるりとあらわれた。

裂けたように口を広げたその男は、そのまま散歩でもするかのようにイリムに迫る。


「――――ハアッ!」

「ひゃっ」


男はイリムの刺突を長剣で受け止め『巻き上げ』る。

とっさに引くイリム。


「おや、やりますね」

「……。」


『巻き上げ』は得物で相手の得物を絡め取り、空中に放ったりなど武器を奪う技だ。

使い手より相当格下相手でないと成功しない。

それを臆面もなく初手で使用したのだ。


よほど自信があるのか、イリムを舐めているのか。


「イリムちゃん!どうする、援護する!?」

「いえ、カシスさんは師匠を守ってください!」


ぐっ、とイリムが槍を構えなおす。

2体1の利より自由に動き回る利を選んだのだ。


直後、弾丸のようにイリムが男へと飛び込む。

飛んで、跳ねて、躱して。

家の壁も足場とし、縦横無尽、全方位から突きを浴びせる。


それを、またたきのヒマもなく肩首腹足に迫る突きを、男はことごとく防いでいた。

ロングソードが舞うように男を守る。

たまに法衣の端を切り裂くことはあるが、本体への傷はいまだ皆無。

凄まじい攻防に俺もカシスもぴーすけも入り込む余地はない。


そうして、勝負は決した。

男の刃がイリムの胴を薙ぐ。

ぎりぎり槍での防御が成功したが、血を撒き散らしながら少女が真横へ吹っ飛ばされる。


「イリムちゃん!」

「くそっ!」


笑いながら、滑るように男が迫る。

カシスが飛び込む。

盾のコインWOKでの防御は成功し、……そのまま長剣を振り抜かれる。

長剣の軌道に押されるようにそのままカシスも吹き飛ばされる。


「……おやおや、やはり女は体が軽い」


背後への『火葬』を正面の男へ切り替えようとした矢先、脇腹に衝撃が走った。

俺は気がつくとぽうん、とボールを放るように路地を飛んでいた。

数秒後、地面に叩きつけられる。


「――――ガッ!!」


目がチカチカする。

右腕が肩から持ち上がらない。

骨が折れたか、どうなのか。

しかしこれだけは離すまいと黒杖はいまだ右手に握られている。


立ち上がらなければ。

戦わなければ。

敵を倒さなければ。

……仲間を助けなければ。


「ヒュー……ヒュー……」

「おや意外としぶとい」


20mほど先に男の姿。

すごいな、そんなに飛ばされたのか。

そして自分の体を褒める。

それだけ飛ばされてなお、立ち上がることができたこの体を。


右腕は上がらない。

左腕で杖を構える。


男が疾駆してくる。

火葬インシネレイト』を吹き付ける。

同時に『俯瞰フォーサイト』で敵を捉える。


最大火力でも男に効果はない。

この場で最上級の『耐火』を纏っている。

俺の炎でアイツを破ることはできない。

火ではダメージを与えられない。

火は無効化されてしまう。


ジェレマイアの日記がふと頭に浮かんだ。

シェルを砕く、そのために……。


『火葬』を変換コンバート

『火葬』を物質化マテリアライズし『火槍』と成す。


「――がああああああ!!」


突如、赤熱した刃となった長大な槍に貫かれ、異端狩りの男が悲鳴をあげる。

男の左腕が根元から千切れている。


だが、すぐさま控える法衣たちが殺到し、俺は地面へと引き倒された。


「捕縛、完了です!」

「シュプレンガー様、大丈夫ですか!?」


法衣姿の男たちは腕をなくした男を囲い、なにやら詠唱をしている。

6人で手を繋ぎ、かごめかごめのように回りながら高らかな声を響かせる。


歌がおわり輪が解かれると彼の腕は再生していた。

千切れた腕が元通り、そんな奇跡がありえるのか?


俺を抑えた5人が口々に言う。

あれこそが神に選ばれた者だけが効果を賜る奇跡、『大治癒グレーターヒール』だと。

男はニコニコと口をピエロのように広げ、ゆうゆうとこちらへと歩む。


「やりますね、さすが炎の悪魔」

「…………。」

「でも、こちらだけ痛い思いをするのは不公平です」


異端狩りの男、シュプレンガーの腕が弾むように振り下ろされた。


直後に違和感をおぼえ、左をみやる。

腕がまるごと転がっていた。

認識のあとに激痛がやってきた。


俺の左腕が、根本から断ち切られていた。


------------


「ア、――――」


悲鳴をあげ続けた。

泣きたくないのに涙も溢れてくる。

のどが枯れそうだ。


「どうです?とても痛いでしょう」

「――――――」


「うるさいですね、でももう1回耐えてくださいね」

「――――――」


「なにしろまれびとの現能チカラはなにが発動体かわかりませんので」

「――――――」


「とりあえず、魔法使いは腕が命といいます。もう1本いただきますよ」


相手がなにを言っているのかもわからない。

イリムが、カシスが、無事なのかもわからない。

ひとつわかるのは、もう一度アレがくるということだけ。

そうなれば、もう……。


「ではカウントダウンです、じゅーう、きゅーう……」


男は楽しそうに、歌うように口ずさむ。

コレが終わったらアレがくるのか。

そうか。


せめてコレの間にイリムとカシスが逃げていてくれれば、それで。

俺はどうやらここでゲームオーバーのようだ。

でも仲間にはどうか生き残っていてほしい。

それぐらいしか、もう。


…………。


気がつくと男の歌が止んでいた。

男は、首から上がまるごとなくなっていた。


別の男が立っていた。

白いマントに、キラキラとした武具。

派手派手なロングソード。

にやりと笑ったその青年は、あたりの法衣たちに告げる。


「――勇者レグルス、ここに推参すいさん!!」

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