第103話 「地味フラグ」

あのあと。

仲間とのわちゃわちゃが一段落し、くだんの女性から礼を言われた。

彼女の抱きかかえる少年の氷も溶け、まるでただ眠っているかのようだ。

あの冷気にさらされていたにしては凍傷や変色もない。

……なにか、どこかで似たような話を聞いたような。


ハッとする。思い出した。

ムリかもしれないし、ただ女性を悲しませるだけかもしれない。

しかし、試しもせずに諦めるのはイヤだった。


「ユーミル」

「……なに」

「『生命感知センスライフ』を頼む」

「……んあ、まあいいけどよ……」


紫の少女の右目が深い青へと書き換わる。

そうしてへえ、とため息をついた。


「……ギリギリ、心臓は動いてる。けどもの凄くゆっくり。

 それに体温はほとんどゼロで……」

「わかった」


女性に歩み寄り、告げる。

保証はできないが助けることができるかもしれないと。

女性は信じられないようなモノを見る目でこちらを見つめる。

数秒、悩んだあとこちらへ少年を預けてきた。

わらにもすがる……という感じだった。


「ザリードゥも手伝ってくれ」

「オイオイ師匠、『蘇生リザレクション』は存在しない奇跡だぞ」

「いや、『治癒ヒール』でいい。できるだけ長く、強くかけ続けてくれ」

「あいよ」


少年を地面に横たえ、その手をザリードゥが握る。

こちらも意識を集中し火精を励起れいきする。


この世界にきて、2番めに行使した術だ。

腹を刺され震える体を温めた、俺の命をつないだ術だ。

手順はいまでもはっきり憶えている。


ほどよく暖かな熱を帯びた火精を、体中に巡らせるよう命令を下す。

ゆっくり、時間をかけて、いまだかすかに鼓動する心臓へ。

そしてそこからぐるぐると熱を循環させる。

臓器、そして体の末端まで。

ザリードゥも全力の『治癒』を維持する。

どうだろう、昔聞いた話がほんとうなら……。


「こほっ」

「――マルス!」


女性が少年に抱きつこうとするがザリードゥがすんでで止める。

まだ、まだ『治癒』と『宿温』を続けるべきだ。

危険な状態を完全に脱してからでないと。


------------


しばらく術を行使し続け、体温も回復させた。

いまは静かに眠っている。

もう大丈夫だ。


女性は神の奇跡だとか、救世主メシアだとか呟いていたがおおごとになるのは困る。

医者から聞いた知識とザリードゥのおかげだと説明する。


「……しかし」

「俺は教会のヒトじゃないし、ただの魔法使いだ」

「それでもあなた達はマルスにとって救世主です」


女性が静かに手を組み頭を下げた。

なんだか宗教的だな、と思ったらとなりのトカゲマンが「教会式だ」と。


「私はレーテ。聖堂で下働きをさせてもらっています。マルスは年の離れた弟で……」


ぐっ、と涙を拭うレーテ。

こうしてみると俺とタメか、すこし下ぐらい。

簡素シンプルな服装をしており、髪型もショートボブでさっぱりとしている。

地味な娘だが、けっこうかわいい。


弟とふたりで教会の……というとやはり両親はいないのだろう。

そんなふたりを死別させずにすんで本当によかった。


「このご恩は必ず……あとで聖堂に寄っていただければ、ぜひ」

「ああ、わかった」

「ういっす」


静かな寝息をたてている彼を優しく眺めたあと、彼女は弟を背負い去っていった。

暖かいベッドでしっかり休ませたいと。


「よう師匠、やるじゃねえか」

となりから小声でザリードゥが呟く。


「あん?」

「師匠がいってた、なんだっけ。フラグとかいうのが立ったんじゃねえの?」

「さっきの今でよくそんなこと考えるな、お前……。

 つか、だったらオマエだって立つだろ」

「俺っちはもっとボン・キュッ・ボンなねーちゃんがいいね」

「そか」


ザリードゥは王都でもそういう店に詳しく、しかもけっこうモテるらしい。

ここ西方諸国でもなじみの女性が何人かいるらしくなかなかのやり手だった。

俺は病気が怖いので避けているが、リザードマンは毒耐性や疾病耐性が高い。

彼は種族特性パッシブスキルを活かし本能に忠実なのだ。


「師匠が集める仲間はみんなお子ちゃまだからなー、困ったもんだぜ」

「もの凄く人聞きのわるい言い方をすんなや」


げし、とトカゲの足に蹴りをいれる。

女性陣に聞かれたら俺とコイツの命が危ない。


さきほどまで距離を置いていた仲間たちが集まってきた。


「仮死からの蘇生ですか……よく思いつきましたわね」

「すごいわね、アンタ」とJK。


「あー、昔な、テレビかネットで見たことがあるんだ。氷漬けから蘇生した話」

「へえー……にしてもまさかね」


イリムがぴょんと飛びついてくる。


「師匠!回復もできるように?」

「俺がこの世界で2番めに使った術だよ」

「ほうほう!」


大昔に『宿温』と名付け使う機会がほとんどなかったが緊急時にはやはり助かる。

まあそうした事態にならないようにするのが上手い冒険者なのだが。

回復ポーションがぶ飲みで冒険しているようじゃ初心者だ、と駆け出しのころさんざん宿の親父さんに言われたな。


「……師匠、教会の女になんか言われてたろ……」

「お礼がしたいからあとで来てくれって」

「……ふーん……」


「けど今は聖堂はごった返してるだろなぁ。避難所だし、治療もしてる。明日にしたほうがいいぜ」

「そうか」


聖堂というと、途中で大群を処理したあの建物だろう。

この街に長居をする予定はないので、宿で一泊して出立まえに寄ればいいか。


「ちょっと街中を見回ってくるぜ。残党、怪我人がいるだろーしな」

「私も治療なら多少なりできますわ」

「……『封傷バンテージ』の余裕はある……」


ということで治療班はトカゲ、アルマ、ユーミル。

残りのカシス、イリム、俺は泊まる場所の確保。


街への襲撃という非常事態のため、宿は怪我人優先になるだろう。

自前で町人と交渉し部屋を借りるか、最悪野宿になる。

長旅のためできれば暖かいベッドで眠りたい。


「カシス、交渉役は頼むぞ」

「はいはい」

「師匠、私の役目は?」

「お前はかわいさを振りまいて同情心をひいてくれ」

「えっ!師匠もう一回言ってください!」

「たっぷり同情心をひいてくれ」

「……まったくレディの扱いがなってませんね!」


北門をくぐり、街の西エリアへ。

ここらは中流階級がおおく、部屋の余裕も心の余裕も期待できるとのこと。

またその家の外観から成功率も予測できるらしい。


「やっぱ盗賊シーフってパーティに必須だよな」

「褒めてもなにもでないわよ」


戦闘に役立たずだからとシーフを馬鹿にするものもいるのだ。

ダンジョン以外ではいらねぇよな、と。

駆け出しのパーティに特に多く、情報を軽んじている。

そうして消えていく冒険者は何人もいた。

最初は忠告などしていたが、まるで聞かない人ばかりなので途中から止めてしまった。

それにそれでも生き残るやつは生き残る。

冒険者なんてそんなものだ。


表通りから一本入り、次の街路へ。

赤茶けたレンガの建物が等間隔に並んでいる。

みな同じような造りで、まるで新築の売出しセールみたいだ。


人気がなく、影がさすその街路に。

正面から6人、白い法衣に身を包んだ三角帽子があらわれた。

手には銀に輝くロングソード。


――教会の、異端狩りである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る