第102話 「えいえんのせかい」

北に伸びる街道を爆走しつつ、敵を撃ち落とし……そうして街の北門へ至る。


すでに敵の軍勢はだいぶ数を減らし、門の外が戦場になっているようだ。

アルマはそのまま馬車を走らせ門をくぐる。

視界が開けた。


「……さすがね、もうだいぶ押し返してるわ」

「あとはデカブツか」


街中で衛兵や傭兵をあまり見かけないと思ったら、みなここに詰めていたのだ。

スノーオークはほとんどおらず、あとは大型の魔物に対処している。

だが、あたりの魔法職スペルユーザーは軒並みMP切れのようだ。


……よし。

自分のここでの役割を理解しすぐさま『火弾』を真っ白なトロールへ。

効果はなし。

どうやら飛竜ワイバーンと違い皮膚が厚いようだ。

となれば『熱杭ヒートパイル』の出番だが、そろそろ消費が気になってきた。

戦場にはまだ6体ほどの雪トロールが暴れており、残りMP的にギリギリだ。

……そうだ!


「イリム、アイツに突き刺さるぐらい強いのを1本頼む!」

「わかりました!」


イリムが槍を掲げ集中、とたんにその先に長さ2mほどの石槍が生成される。

ソレに黒杖を叩きつけ、すぐさま炎を塗りたくるエンチャント


「なるほど!」

「師匠さん、ナイスです!」


イリムがハアッ!と槍を撃ち放ち、デカブツの腹に深々と突き立てる。

直後、内側から雪トロールが崩壊した。

周囲から喝采かっさいがわき起こる。


よし……効果も高いしなにより『纏焔マトイホムラ』は消費が軽い。


「師匠、次もいきますよ!」

「じゃんじゃんやってくれ!」


俺とイリムで協力技を出している間、他のトロールへはユーミルが『呪いカース』で足止め。

衛兵たちの被害をおさえる。


そうして、すべてのトロールを破壊し残った飛竜を撃ち落とし、戦いは終わった。


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あの後ずいぶんまわりの衛兵から礼を言われた。

街を救ってくれてありがとう、と。

……少し、複雑な気分だ。


まるで【紅の導師】ジェレマイアを見ているようだと漏らす者もいる。

聞けば、彼はこの街に長く滞在していたらしい。



「楽勝……とはいかないが、まあまあだったな」

「やはり、大活躍でしたわね」


にこにこといつも以上にほほ笑むアルマ。

なんだかとても嬉しそうだな。


「あなたがいなければ被害はより甚大でしたよ」

「そうか?」

飛竜ワイバーンは上級の魔物です。あれを迅速に処理できたのはとても大きい」

「相性がよかったな」


「さすが火力バカね」

「そうそうカシス、さっきの防御サンキュな。死ぬかと思った」

「えっ……まあ仲間だからねっ! いちいち礼なんていいわ」


しかし火属性のおかげで助かったな。

氷に炎が効くのはゲーム的でわかりやすい。


「炎は氷に強い……逆に俺の苦手な相手ってなんだろな」

「のけもんなら、岩とか水じゃない?」とカシス。

「なるほど」


岩、というと土か。

アスタルテの顔が浮かんだが確かに彼女の『土殻シェル』に炎は効きが悪そうだ。

げんに『大火球』はまったく効いていなかった。

あいつが(たぶん)味方でよかったよ。

あとは水。

水のすごい使い手にはまだ会ったことはない。

できれば敵対しませんように。



戦場はすでに衛兵たちが引き上げつつあり、そうして目の前の光景がひらけた。

北門から30mほど先はすべて、大地も、草木も凍りついていた。

遠くに村の影も見える。

あそこに住んでいた人は……もう。


「うわさには聞いていたけどすごいわね」

「カシスも見るのは初めて?」

「まれびとで帝国に近づくやつはいないんじゃない?」


頭に地図を思い浮かべる。

帝国の北は真横に線を引くように山脈が走り、そこから北方はすべて白で塗りつぶされていた。

とすると、この交易都市から北はすべて【氷の魔女】の領域になったのか?

この北にはいくつもの都市があり、すべて呑まれたのか?


「アルマ、ここから北は……」

「大丈夫です。氷の領域デッドライン自体が南下したわけではありません。

 恐らく山脈の一部が崩れたのでしょう。過去にも何度か発生しています、ですが……」

「?」

「西方諸国にまで到達したのは初めてですわ。今ごろアスタルテ様が大急ぎで修復にむかっているでしょうが」

「ふむ」


……うん?

……ええっと、


「なにを直すんだ?」

「氷の領域を押し止めるための北方山脈をです」

「あっ、そう」


山って、直せるモンなんだ……。


「俺っちも帝国の依頼で一回見たことあるけどすげえ山脈だぜ」

「北アルプスみたいな景色らしいわよ」


てことはあの幼女ドラゴンは、黒森と氷の魔女。

両方の驚異から大陸を守っているのか。

いつか過労死するぞ。


……と、凍りついた白と草原の緑の境で、声をあげて泣いている女性に気がついた。

みれば、女性の数メートル先には小さな子どもの亡骸なきがらが白く凍りついている。

まるで氷像のように。



「そうそう師匠さん、ちょうどいいですわね」

「なんだ」

「あの白い領域は通行不能です。解けることこともなく、永遠に」

「……侵入するとどうなる?」

「強烈な冷気で肺がやられ、あふれる血で窒息死します」

「…………。」

「あれが【氷の魔女】の領域。この大陸を塗りつぶさんとする悪意そのものです」


この世界には【四方】と呼ばれる最強格がいる。

クモと魔女と幼女と勇者だ。

そのうちクモ……すなわち黒森での攻防は経験した。


あの大群にくらべ、今回の侵略は正直大したことがないな、と思っていた。

俺がレベルアップしたのもあるだろうが、あの沸き立つ魔物の群れにくらべると。


――大間違いだ。


コレは、魔物に加え季節そのものを塗りつぶす。

生命の営みそのものを否定する、永遠の冬。

だから、あの女性は泣いているのだろう。

目の前にありながら、すでにあそこは死の領域なのだ。


「解除方法はないのか?」

「炎を得意とする魔法使いが幾度いくたびも挑み、敗れました。ヒトに抗える力ではないのでしょう」


魔法ではどうしようもない……か。

そういえばアスタルテが言っていたな。

氷の魔女は精霊術師だと。

であるならこの異常なチカラも精霊によるもののはずだ。

氷なり、水の精霊による……。


「試したいことがある。イリム、来てくれ」

「はい!」

「えっ、師匠さん?」


カツカツと黒杖を突きつつ、泣き崩れる女性に歩みよる。

より正確にはそのさきの子どもの亡骸へ。

『精霊視』をひらき、確信する。


氷の領域には、火精も、風精もまったく存在していなかった。

俺の予想が正しければ……。


「師匠もですか?」

「ああ、どちらも視えない」


イリムが視える土精も存在していない。

つまり、目の前の白の世界には、それ以外が居座っているということだ。


目をつむり、集中。

周囲の火精を励起れいきする。

ぴーすけをリーダーとし、辺りの火精をできうる限り。


想起イメージするは春の雪解け、夏の陽光。

……冬の景色を、ぬぐい去る。

せめてあの亡骸まで届くよう。

つよく、つよく。


恐らくいつもの何倍もの力を行使したのだろう。

めまいと、立ちくらみ。


それに負け目を開けると、冬がわずかに後退していた。

女性が、子どもの亡骸のもとへたどり着けるくらいには。


「――ガッ!」

「師匠!」


膝をつく。

まあ、この世界にきてなんども無茶はやっている。

その中では今回のコレは下から数えたほうがはやい。

気づけば、アルマとザリードゥが駆けつけ、イリムとともに俺を支えてくれた。

カシス達も遅れてやってくる。


「マジか、師匠」

「……まれびと……お前、本当に……」

「やりましたね!」


がばっ、とアルマに抱きつかれる。

突然のことで頭が回らない。

疲れも手伝い、あ、胸があたっててラッキーぐらいの感想しかでない。


「ええと」

「やはり私の予測は間違いではなかった!フラメルの予言通りですわ!」

「うーん」


まあ、役得やくとくとしておこう。

ハーレム系じゃない異世界に飛ばされたんだからこれぐらいのご褒美はあってもいいはずだ。

いやあってしかるべきだ。


「師匠……顔がニヤけてますよ」

「いや、びっくりすると表情筋が弛緩しかんする体質なんだ。だからこれは」

「バーカ」


ぷいっ、とイリムにそっぽを向かれる。

あれか、すけべ親父みたいで幻滅したってか。


「師匠、アレだぜ、今夜ならヤレ……ぐはっ!!」


ザリードゥのアゴに鎖がヒットした。

もの凄い速度で。


「だまれ卑猥トカゲ……つぎ喋ったら殺すぞ」

「ほんと、男ってこんなんばっかよね」


ユーミルとカシスの目線も厳しい。

えーと、俺は活躍したはずなんだが……ずいぶん扱い悪いね。

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