第95話 「異邦人」

丘を登りきり、かつて塔のあった場所まで来た。

いったん話しを切り、警戒しながら瓦礫に近づく。


そこかしこに塔の死骸である石材が無残に転がっている。

見事な尖塔だったのだが……これを元の世界でやったら文化遺産損壊で犯罪だ。


「……邪魔じゃな」とアスタルテが呟くと、瓦礫の残骸がガラガラと崩れていく。

その中央に、大きな土の卵が鎮座していた。


「この中に?」

「そうじゃな……じゃが」


「……生命の気配がない。うわ、死んでるじゃん……」

「えっ?」


落下の衝撃で死んだか?

アスタルテさんどういうことよ、と視線をむける。

彼女は首を振り、指をパチンと鳴らした。


ガラガラと殻が崩れる。

中には首にナイフを突き立てた男の死体と、真っ二つに砕かれた武器。

素早く死体にユーミルが近づく。


「……たぶん自殺。首に自ら一撃。それにすごいナイフ。魂も破壊されてる」


ほいっと投げられたナイフを危なっかしく受け取る。

真っ黒で、素人目にみても禍々しい文様がびっしりと刻まれた異様なものだ。


「……切れ味は並だけど、それで死ぬと魂も死ぬ。降霊対策なんて初めてみた」


降霊対策……ユーミルなら、死んだ直後の魂を呼び出して尋問することができる。


返して、とユーミルはナイフをふんだくり「……すごい、すごいなぁ……魂を殺すなんて……」とぶつぶつ口にして興奮しとる。

死体を前にそのテンションは怖いよ。


「つまり、生け捕られまいと自ら命を断ったわけじゃな。おのれの飼い主のために。つくづく、ヒト族のそういうところは嫌いじゃ」


心底軽蔑した目で、アスタルテは死体をにらむ。


「道具に成り下がったモノを我は生き物とは思わん。ゴミじゃ、ゴミクズじゃ」

「…………。」


すでに死んでしまった者に対してずいぶんひどいんじゃなかろうか。

死人に口なし、死ねば仏なのだ。

まぁ、彼女は人間ではなくドラゴンだから価値観が違うのだろう。


「師匠さん、ちょっと」とアルマから声。

見ると、ふたつに折れた武器を丁寧に調べている。


「……さっき言っていた銃……でしょうか。

 あなたが言っていた大砲を小型化したもの……確かにこれなら条件を満たします」


アルマに近づき、納得する。

長い砲身に、筒。引き金に銃床。

ゴチャゴチャと謎の装飾や文様が刻んであるが、明らかに銃の見た目をしている。


「ちょっと筒のほうを見せてくれ」

カキコキと銃床側をいじるアルマから、もう片方を受け取る。


筒の内部を覗く。

溝はなく、代わりにびっしりと刻印が刻まれている。


「この刻印はどういう意味がある?」


アルマに筒を渡す。

受け取り、うーん……としばらく覗き込んでいたアルマは、


「回転と加速、それに束縛ですね。

 通過した物体を加速させ回転させ、さらに束縛で安定化……と。

 しかしずいぶん高度な術式ですね……効果だけでなく美しさも見事です」


回転と加速か。

やはり発想としてはライフルそのものだ。


「あと気になったのは、こちらの持ち手側?ですか。

 なにかを作ろうとして諦めた跡がありますが……」

「ふむ」


アルマが銃床を見せる。

底部に四角い穴が空いていたようだがキレイに塞がれている。

上部には丸い溝が、これまたあとから塞がれている。

どちらも言われなければ気付かないな。


「この、塞いでいるところに書いてあるキラキラしたマークは?」

「溶かした金で描いた『不変』の紋章ですね。非常に高い固定化の力があります」


……この塞いでいるところ、銃の薬室に近いんだよな。

ヤワな接合だと銃が壊れて大怪我する。


さきほどの狙撃も20秒に1発ほどだった。

見たところ火縄銃に見た目が似てる……そうか。


「ボルトアクションか」


上の溝はレバーがあればぴったりだし、下の穴は弾倉にぴったりだ。

ボルトアクション式のライフルを作ろうとして失敗し先込め式に作り変えたのかもしれない。それにしてもずいぶん無理矢理な変更だな。


「ボルトアクションってなんですの」とアルマ。

「……俺も詳しくは知らない。

 元の世界でそう呼ばれていたものに似てるからさ」


連発できる機構だとか、そういう知恵を錬金術師であるアルマに与えるのはマズイ気がしたのでとっさに嘘をつく。

彼女が超進化してガトリングさんとかカラシニコフさんになっても困る。


しかし……これを作るにはやはり。

と、ぐいっとアスタルテが覗き込んできた。


「そうじゃのう……さきほど言いかけとった四方もどきの新参の小僧。

 そいつの相方がそういう妙なモンを作るのが得意じゃの」

「ほう」

「アスタルテさま。それはないかと。

 たしかに見事な術式ですが『至宝』の作にしてはチグハグなところがあります」

「まあヤツの相方もその程度じゃろ」


……もう、とアルマはため息をもらす。


「そういえば4人目の四方は私も知らないです」とイリム。

「そりゃのう。パッと出だもの」


「……【勇者】レグルス。そしてお供の【賢者】スピカ」

ナイフを撫でながらユーミルが呟く。


「ハッ……なにが勇者じゃ。アホらしい」

「確かに、私などからみると優秀なのは賢者さまのほうに感じますけど」

「そうじゃろそうじゃろ、小僧なんぞ四方に入るかい。

 全部あの娘っ子のおかげじゃろ」


勇者に賢者。

ドラゴンをクエストするゲームかな。


「なんで勇者って呼ばれているんだ」

「自称だそうですよ」

「マジか」


「3年前に冒険者ギルドにその名で登録したときはずいぶんバカにされたそうですが、凄まじい強さで大活躍、いっきに英雄クラスに駆け上がり、その後も各地で人助けですわ」


「すごい方なんですねぇ……」

イリムが瞳をキラキラさせる。


「キミはそういうの好きそうだもんね」

「はい!私もいずれはそれぐらい武名を轟かせたい所存ですよ!」

そか。


「アスタルテさまのように、いろいろ非難する方も多いですね。

 最大の理由は、彼……勇者さまがズルイんじゃないかと」

「ふむ」


「賢者さまが……これはもう、本当に優秀な方で。

 彼女の作成、修繕する魔道具アーティファクトは『至宝』『輝きの真珠』と呼ばれ、彼女に比肩する細工師は過去も含めて存在しないでしょう」


「そうじゃな。賢者の娘っ子は優秀じゃ。ただのエルフの娘があれだけのモノを持っておるのは、類まれなる天賦のものじゃ。世界に愛されておる。じゃからその娘っ子の魔道具アーティファクトで暴れておるだけの小僧など、決して四方なぞではない」


「……とまあ、アスタルテさまのような批判をする方が多いのです。

 勇者さまも剣士としてとても優秀だと聞きますが、それ以上に所有する魔道具の数々は凄まじい」


「……別名【魔道具まみれアーティファクター

 私も武器まみれだけど、全部自前。でもアレはずるい」とユーミルも不満げだ。


「つまり……あれか」

ドラ○もんの道具でイキってる、のび君か。

さすがにあそこまで極端ではないだろうが……。


「なんか幻滅です。素の勝負なら私でも勝てますかね?」

「さすがにそれはないがの」

「ガーーン」


「剣士としてはそうじゃな、まあ最上級はあるじゃろ」

「それは弱いのか?」


「ただの最上級程度で【四方】は名乗れん。

 最上級から上が人族の尺度にないだけじゃ」


そりゃドラゴン様から見ればそうでしょうね。

アルマが補足としてさらに続ける。


「私たちが使う初級や上級などの区分は、おおむね10段階です。

 最上級は10段目。それ以上の11段、12段は鬼や悪魔の領域ですから」

「ふむ」


「【四方】クラスはおおむね15以上とされています。

 けれど、我々にはよくわからない世界ですから厳密なものではありません」

「強すぎてよくわからん、と」


いわゆるレベル、と考えていいのかな。

ここにカシスがいればネタが通じるのだが。


というか初級だ上級だとかよりレベルのほうが俺は理解しやすい。

そろそろ一人前になりそうな初級はレベル3、

上級入りたての俺はレベル7、とか。


「アスタルテはどれぐらいなんだ?」


「さあのう……細かい人の定義など知らんわ。

 じゃが蜘蛛や魔女や、昔の竜骨は我より格が上じゃろうな。

 それ以外は下じゃ……理解なんぞそれぐらいでよいわ」

「はえーすっごいっスね」

「……なんじゃ、文句でも?」

「いや、なんでもありませんよ」


自分より強いやつは世界でも2人だけ、って言ってるようなもんだが。

凄まじい自信だ。


「勇者に会ったことはあるのか?」

「2、3度な。

 最後に会うたときは【四方】同士仲良くしましょう、だと。……舐めた小僧よ」


なるほど。

仮にレベルで考えてこの幼女が16として、10ぐらいの若造がつえー道具のおかげで俺らタメじゃね?って言ってきたらカチンとくるわな。

勇者への物言いが辛辣なのもわかる。


と、アスタルテに睨まれていることに気付く。

赤い瞳にまっすぐ射抜かれ、ぞくり、と寒気がする。


「なんだ……怖い顔して……」

「……言うか、言うまいか。まあ知っておいたほうがよいじゃろ」


純白の幼女はややためらいながらも口にした。


「……やつもな、おぬしと同じまれびとじゃ。他世界から召喚された異邦人いほうじんよ」

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