第96話 「勇者と賢者」

やつもまれびとだ、と。

アスタルテは口にした。


イリムがぐっ、と俺の服を掴み、心配そうな顔をむける。

アルマは「ふむ」となにかを考えるふうで、

ユーミルは……あまり興味がなさそうだ。


「俺と同じ転移者か」

「あとあの妙チクリンな格好したおぬしの仲間もな」


カシスのことか。

やはりなんでもお見通しなのね。


「じゃが、出会うてもこちらが気づいた素振りはせぬことじゃな」

「……なぜ教えてくれたんだ?」


「当たり前じゃが、おぬしらまれびとがどういう世界から来たのかは知らん。

 で、おぬしや勇者は知っておる。

 そして勇者がまれびとであることをこちらは知っていて、むこうは知らん。

 そのぶん、おぬしはヤツより有利になる」

「…………。」


「おそらく、おぬしとアルマがさっき執心しておった武器。

 あれはおぬしらの世界のものじゃろう?」

「そうだな」


確かに……このライフル銃は明らかに元の世界の知識の産物だ。


しかもアイディアを持ってる人物と、作成した人物は別々だと思う。

ちぐはぐなのだ。始めから全体を設計してひとりで作り上げたというより、後から後から付け足し思い出し。しかもきちんとした知識じゃなくて、理屈だけ知っているものを無理矢理魔法で再現させたような。


まれびとの勇者と、作成に長けた賢者……か。


「なるほど、情報があるからこの武器の出どころについて、マシな推測ができる。

 こちらはあちらをまれびとだと知っているから」

「そうじゃ。

 今後もおぬしらが知っているぶん、推理したり警戒したりできるやもしれん。

 我では気付かぬことに気付くかもしれん」


「なぜそこまで警戒するんですか?相手は勇者さまなんでしょう?」とイリム。


「そうさね……虫が好かんし、信用ならん……とただの毛嫌いかもしれん。

 杞憂ならよかろ。じゃからこれも保険のひとつじゃな」


「いえ……アスタルテさまの警戒も、あながち間違いではないかもしれません」


アルマが壊れたライフルを撫でながら、強く言い切った。


「この武器はまれびとの知識に、こちらの世界の高い魔法技術で作られたものです。この組み合わせに当てはまる人たちはかなり絞られますね。私でもなんとか真似ができるかどうかといった代物です」


「……アルマはこれ、作れるのか」

「すでに現物がありますから、真似ごとぐらいは。ただ、コレ……材料や触媒がいいんですよね……」

「つまり、量産とかは」

「お金と職人が死にますね」

「そうか」


一品モノで、量産不可能。

とりあえずセキガハラやWWⅠは心配しなくてよさそうだ。


「……しかし、例えば転送されてきたまれびとを片端からしょっ引いて、情報を引き出してからお抱えの魔術師に作らせる……とかもありうるよな」


俺がそう言うと、なぜか場の空気が固まった。


「……そんなに変な予想か?」


「ええと、それはですね……たぶん、可能性としてはだいぶ低いかと」

「なんでさ?」


アルマはうーん、そうですねー、となにかをためらうような態度だ。

そこに「……無知だねー、やっぱ師匠は」とユーミルが割り込んできた。


「なにがだよ」

「……この世界の常識では、まれびとはゴブリンやオークと変わらない。野蛮で、未開で、無知。……そんな相手からなにか聞きだそうと思う?……師匠はバカだなぁ」

「……ああ?」


ずいぶんな言い方だな。

自然、語気が強まる。


「……奴らはそれぐらいバカだってこと。

 連中、人間だろうが異端者は好きにぶち殺してもいいと思ってるの。

 この世界の奴らのバカっぷりについては私は大センパイだよ?」

「………。」


「私たち異端の者は奴らの知らないことをいろいろ知ってる。教会の奴らが決めるような禁忌なんてないからね。瀉血しゃけつなんてバカな行為だって知ってるし、黒死病の原因も対策もわかってる」

「………。」


「それを知り合いのアリエルはね。

 馬鹿なことにバカにそれを教えて、禁忌だ異端だーってね。

 即有罪、即処刑。罪状、禁忌を犯した死霊術師。

 正義は成されたよかったよかった!

 ……そんなバカな連中が、ブタ扱いしてるまれびとから知識を?

 ……どうだろうね、……ねえ、師匠はどう思う?」

「……それは、」


ユーミルの言葉と表情には強い毒気と諦観ていかんがあった。

それと同時に、気づく。


……そうか。

俺たちはただの処刑対象じゃなく、完全に害獣扱いなのか。

そして有益な知識をもっているであろう善性の死霊術師からの知識でさえ拒む。

しかしそっか……害獣ねえ……なら、確かに殺しても心は傷まないよなぁ……。

まれびと狩りに嬉々として参加していたヤツらの顔が頭をよぎる。


と、

後ろから腰のあたりに圧迫感。

気付くとイリムがぎゅーと抱きついていた。


「師匠、お顔が怖いですよ」

「……ああ、悪い」


「ユーミルさんも、もうちょっと言い方があるんじゃないですか」

「……甘ちゃんの師匠には、たまには現実教えないと」

「でも、」と続けるイリムを抑える。


「いや、この世界の俺が知らない常識は教えてもらわないとな。無知が原因でどっかでポカをやらかすかもしれんし」


まったくもって腹が立つコトでも、知識は武器なのだ。


「私ならもうちょっとクッションに包んでお伝えできたと思いますが、さすがに言い辛くて……。ユーミルさん、汚れ役を押し付けるかたちになってすいませんね」

「……大目にみようではないか」


俺たちがわちゃわちゃしていると、コホン、とアスタルテの咳払いが響いた。


「済んだかな」

「ああ、すまん」


「話を戻すぞぃ。

 つまりこの武器は勇者組が作った可能性がある。そしてこの武器は我への攻撃……つうか暗殺に使われた」

「【土のアスタルテ】が【勇者】にとって邪魔な可能性がある……ってことか」


「そうじゃな。

 もちろん、どこぞの貴族に頼まれて作った、ポロッと落としたのを誰かが拾った。……他にもなんでもよい。下手人と勇者組は無関係な可能性もある」


アスタルテは【黒森】に対する防壁の要だ。

それを攻撃するってのは人族すべてに対する攻撃といってもいい。

人助けをしてまわっている【勇者】とやらの行動とは矛盾する。


「……とりあえず注意はしておけ。できれば探れ……ってことか」

「うむ。

 ……そうじゃな、ぬしらは冒険者じゃったか。

 冒険者に頼みをするなら報酬が必要なのは古来よりの定め……」

「そうなのか」


「おうよ。

 ……そうさね、なにがしか有益なことがわかれば、報酬を出そう。

 魔剣や魔槍、魔杖もあるぞ。もちろん金でもよい。

 あるいは、精霊術師として、おぬしの師になってやってもよい」


「俺の……師?」

「そうじゃ。

 おぬしの術は独学じゃろ? あの竜骨が懇切丁寧にさとしたとは思えん。

 まあ、巣立ちしたあとの道のりは独学しかないが、おぬしは巣立ちすらしておらん」


きっぱりと言い切るアスタルテ。

この世界の最強格から師事を得られる。

それは、破格の報酬といえるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る