第94話 「四方」
食堂を飛び出し、乾いた風の吹き抜ける通りへ。
そこには先の攻撃で崩された塔をながめる人だかりがそこかしこに見受けられたが、近づこうとする者はいなかった。
「そういえば」
と追いついたアスタルテの隣を歩きながら聞く。
「あの土の防御はどうやったんだ?」
食事中、しかもアルマの質問攻めにあいながらの背後からの長距離狙撃。
とっさに術を使えるとは思えない。
「おぬしもおぬしの仲間も聞きたがりだのぅ。
……ま、よいか。簡単に死なれても困るしの」
すいっ、とアスタルテがイリムに視線をむける――と、
バキン、と先頭を歩くイリムが土の卵に捕らえられた。
「わーーっ!なんなんです!」と中から叫び声。
「これは『
と掛け声をかけると、卵が崩れ去る。
「また攻撃がきたのかと思いましたよ!」
イリムが抗議するとアスタルテはすまぬすまぬと笑った。
「ま、塔のヤツはこいつで捕まえておるわけじゃ。
だから瓦礫の下敷きにはなっておらん」
「……ほーう」
はるか遠くの塔をへし折ったのも驚きだが、さらにピンポイントで捕獲もしたわけか。
なんでもアリだな。
「その『地殻』、恐らく
「そうじゃな。まあ知っておるヤツには知られとる。あらゆる攻撃に対して発動するよう、『地殻』を
土の精霊術師アスタルテの話は、【黒森】から国を守る北の砦で聞いたな。
森の侵食を防ぐ壁や谷をたったひとりで造り上げたと。
昨日の戦いやさきほどの塔崩しを見ていなかったら、それらの増設、補修をこの幼女ひとりでやっているというのはとても信じられなかっただろう。
「おぬしも
「……めっちゃ高度な術じゃないのか?」
「魔法でこれをやろうとすると難儀じゃが、精霊使いならぐんとラクじゃぞ。
精霊に頼んで常に守ってもらうだけじゃからの。
もちろんおぬしではまだまだ簡単な術ぐらいしか無理じゃが」
「…………。」
アスタルテ基準のラク、がどれほどのものかわからないが仲間と比べて反応が鈍い俺には『地殻』のような
「……しかし、土属性はずいぶん便利だな」
「そうじゃな」
「攻撃、防御、捕獲……砂嵐や『
「回復もできるぞい」
「そっすか」
「疲れるが、山なんかも崩せるぞい」
「マジっすか!」
絶対吹かしてるだろ……。
だが、アルマはにこにこと話に参加する。
「竜戦争のおとぎ話で、『山崩し』や『山落とし』は有名なシーンですわ」
「……山落としってなによ」
「千切った山を放り投げるんじゃよ。
竜骨んとこの下っ端竜がピーチク群れておってな」
「あそこの話は豪快でワクワクしました!」
「…………。」
なるほど。
この世界のMAX強いやつは洒落にならんのね。
そういえば昨日の戦いで、アルマが【四方】の一角がアスタルテと言っていたな。
「四方ってこの世界の最強認定みたいなものか?」
「ほうじゃの……あまり意味のあるもんじゃないが」
「でもなんかカッコいいじゃないですか!
私もいつか、四方の一角【槍のイリム】と呼ばれてみたいですね!」
ビシッ!右腕を伸ばしライダーのようなポーズを決めるイリム。
有名になったら決めポーズ、そういう時期もあるよね。
「そうじゃな。
まれびとは世界常識に疎いからの、おぬしも覚えておいたほうがよかろうて」
「えっ!」
イリム達が驚き、とたんに場に緊張が走る。
俺がまれびとだと指摘され、警戒したのだろう。
そういや言ってなかったな。
「すでにバレてるから大丈夫。宿で見抜かれた」
とたんに空気がゆるむ。
「はぁ……そういうことは早く言ってくださいな」とアルマが息をつく。
「師匠はアホですからね」と当然のようにイリム。
「ばーかばーか」と呟くユーミル。
「…………。」
「……おぬしらは仲がいいの」
「いや、どうだろう」
「そうじゃな、残りの四方についてはそこな錬金術の少女に教えてもらえ」
話をむけられたアルマは「いいですよ」とにこにこしながら解説してくれた。
……こいつ、絶対説明とかウンチク語るの好きだしな。
まず、目の前の幼女エルフ【土のアスタルテ】……正しくはドラゴンだけど。
強さや実績はさっき聞いたので省略。
次に、黒森の主にしてこの世すべての闇の母、大蜘蛛【闇生み】
たぶん強さはこいつが一番だと。
森すべてが死の領域であり、彼女の糸に触れたものは例外なく呪い死ぬ。
大陸中央に居座りつづけ、人と物の移動を妨げている。
とどめに森から強めの魔物が沸いてくる。
文句なく人類の敵である。
そして北に座す
北方一帯がこいつの領域。
大寒波や氷河で毎年いくつも村や街が喰われ、彼女の土地となる。人類の敵その2。
「有名どころはこの三角ですね。残り一角は……」
「あやつはのう……認めたくないの」
とアスタルテが口を挟む。
「大昔は残り一角は竜骨のヤツじゃった。
全盛期の、我と水竜に滅ぼされる以前のヤツはただ【竜】と呼ばれておった」
「他のやつに比べるとずいぶんシンプルな呼び名だな」
「ヤツは
「ほーう、すごいなあの爺さん」
「……じゃから、パッと出のあの小僧が【四方】なのは嫌じゃのう……と、着いたぞ」
気づけば、なだらかな丘を登りきり、崩れた塔のふもとまですぐそこだった。
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