第93話 「ブレックファースト」
純白の幼女は大きなパンを両手で掴み、リスのような仕草でもふもふ、もふもふ……。
あれー、おかしいな。
「…………あんたさっき、ではな、とかさらば、とか言ってなかったか?」
「さらばは言うとらん。
泊まった宿で朝飯を食うてはいかんのか」
なるほど。
あといま朝食ということは俺たちは半日以上爆睡させられていたわけか。
「アスタルテさま、お初にお見えして光栄ですわ」
とアルマが礼儀正しく会釈をする。
「うむ。そちの防御術、見事であったぞ」
「そこな鎖の少女の術もな。速さは一番じゃった。
術法に対抗するは術師の役目じゃからな。よきパーティじゃ」
と褒められたユーミルはどうよ、といった感じで自慢げに俺をみる。
「……師匠も、次は役に立てよ」と背中もバシバシ叩いてくる。
「落ちてくる岩を炎でどう防ぐんだよ」と俺が反論すると、はぁー、やっぱだめだわー、想像力がないわーと呟くユーミル。
「……熱で岩を消滅させるとか、炎で吹き飛ばすとか」
「できるわけないだろ」
「いや、できるぞぃ」とアスタルテ。
「昔、竜骨が健在だったころにまさにその手で防がれたわ。
鎖の少女よ、まさに発想は術師の一番の武器じゃ」
えへん、とさらにふんぞり返るユーミル。
「アスタルテさんは竜と戦ったことがあるんですか!」
「イリムさん、アスタルテさまが水竜と協力し、あの火竜を封じたのは有名なお話ですよ。子供のころのお
「うーん?」
……イリムはおかしいな?という顔だ。
「村では、竜骨を封じたのは土竜さまと水竜さまと教わりましたけど……
アスタルテさんはどうみても人族ですよね?」
「ああ、我は
とアスタルテは純白の髪を掻きあげ、自身の尖った耳をみせた。
サイズは人間より細く尖った、いわゆる笹葉のようなタイプ。
長さはそこまででもない。
はえー、とイリムは耳を眺めている。
あの耳は……エルフと偽装するためなのか、元々ああなのか。
竜骨の爺さんはどうだったか……ジジイの耳なんてしっかり見ないし覚えてねえな。
記憶容量のムダでしかない。
そういやカシスとザリードゥが話に加わらんな。
小声でそれとなくふたりに聞いてみる。
「なんか、あの嬢ちゃん苦手なんだよ。苦手っつーか、怖い。特に目が」
「私も、ハイエルフとかぶっ飛んだ存在はちょっとね。竜と戦ったとかも無茶苦茶」
つまり関わりたくない、と。
あまりに強すぎる存在は避けられたりもするか。
例えば自宅の隣にサイヤ人が引っ越してきたら俺も嫌だ。
ザリードゥの目が怖いってのも同感だ。
なにか、人間の瞳というより爬虫類の瞳に似ている。
トカゲ族からするとドラゴンって親分のように感じるのかもな、本能で。
俺らがコソコソ話している間、アルマは目をキラキラさせながら幼女に質問を浴びせている。
話の内容は専門的すぎてよくわからんが、錬金術と精霊は関連が深いからな。
と、アルマの攻撃の隙間からアスタルテが声をかけてきた。
「ぬしらには昨日迷惑をかけたからの、ここの飯を好きに頼むとよい」
給仕の女の子をみるとグッ!と
よし。
一番高い飯を頼もう。
------------
アスタルテと同じテーブルに、アルマとユーミルが彼女を挟むかたちで座る。
カシスとザリードゥは感謝を述べたあとは一番遠い席で食事をとっている。
徹底してるなー。
俺はほかほかのビーフシチューと白パンを頬張る。
ふだん注文する飯の3倍はする、さすがにウマイ。
しかし朝からこれは重いな……ちょいミスった。
隣のイリムは牛肉のステーキを旨そうに次々と口に放り込んでいる。
苦しそうとかまったく感じさせない豪快な食べっぷりだ。
子どもはうらやましいぜ。
正面のアスタルテとその取り巻きは食べながらも難解なお話をしている。
行儀わるいなこいつら。
……と、ふと彼女らの後ろの窓、そこから遠くに見える尖塔がなぜか気になった。
「…………?」
なだらかな丘にそびえ立つ塔の最上階、そこでキラリとなにかが発光し―――、
ガシャァァァン!!
耳を刺す甲高い音をたてて窓が砕け散り、即座にアスタルテ、アルマ、ユーミルが土の殻に包まれた。
直後、ガキン!! と頭が割れそうな音が鳴り響く。
「――みなさん! 大丈夫ですか!」と飛び出すイリムの頭を抱え、急いで土の卵の裏に身を潜める。
ぐるりと見回すと、ザリードゥはカシスを抱えて窓枠の下だ。
彼は「みんなカウンターの裏に身を隠せ!」と叫んでいる。
客や給仕が慌てて言うとおりにする。
「アスタルテさま、これは!」
「……まっくら……」
「どうも、後ろから攻撃されたようじゃな」
卵の中から声。
「たぶん……ここからまっすぐにある塔だ。最上階が光ってそれから攻撃がきた」
真ん中の卵に話しかける。
「ほう……魔法が走った気配はしなかったが……弓や槍かいの」
ここからみて600mはあったぞ、さっきの塔。
弓や槍の射程じゃない。
いや、この世界にはそういうヤツも……、
ガキン!! とまた甲高い音が鳴り響く。
くそ、なんなんだよ!
「……投石じゃな。ものすごく小さい鉛、表面は鋼鉄。とにかく速いのう。
これ自体に魔法はかかっておらん」
小さい鉛に、表面は鋼鉄……すごく速い……。
「……なあアルマ」
「なんですか」と石の中から声。
「この世界に銃はあるのか?」
「……はい?」
「火薬や爆発物で弾を飛ばす武器だ」
「大砲ですか?」
「……近いな。大砲を小型化して、持ち運べるようにした感じの武器だ」
「それは……おもしろい発想ですね」
会話のあいだも、20秒に1回ぐらいの間隔でガキン、ガキンとうるさい。
……が、だんだん慣れてきた。
「たいしたことないの。ただの『
ふーむ。
銃はないが大砲はある。
どこかの誰かがこっそり発明していてもおかしくはないのかな。
しかし600mだとすると……ライフルの距離だぞ。
突然一足飛びにライフリングだのスコープだのを備えた銃を発明できるわけがない。
……他のまれびとが教えた?
だとしても作り出す技術がない。
いや、そこは魔法で代用するのか。
アスタルテが魔法はかかっていないといったが、銃本体に魔法が使われているのなら。
「ようわかった。遠くからチマチマとつまらんヤツじゃ。
そこらのアリのほうが勇気があるぞい」
ガラガラと卵の殻が崩れ、中からアルマ達がでてくる。
「ああ、眩しいですわ」
「……目が、目があああぁぁ」
アルマとユーミル、ふたりともずいぶん呑気だな。
『地殻』が解けたのをチャンスとみたか、さらに攻撃が飛んできた。
だが即座に展開された土の壁に阻まれる。
「おぬしの言うとおりあの廃墟の塔じゃな。
臆病者にふさわしいのう」
ぐっ、とアスタルテの殺気が膨れあがり、彼女の赤い瞳の瞳孔がひらく。
「ちょっと待ってくれ」
「なんじゃ」
「気になることがある。できれば殺さず、相手の武器も壊さずにおいてほしい」
「……面倒じゃが、まあよかろ」
彼女は塔を睨み、すくっと手のひらを突き出した。
と、はるか遠くの塔が中央からベキリとぶち折れる。
くの字にひしゃげた塔はそのままガラガラと崩れ落ち、ここまでその音を響かせながら土煙の中に消えていった。
街道のそこかしこから悲鳴があがる。
お、おう…………すげえな。てか……
「あれは、殺してないのか」
「おうとも。さっそく見に行くかの」
テクテクと歩きだすアスタルテ。
仲間に、付いてくか? と聞くと、
「もちろんです!」
「アスタルテさまの術の痕跡を見てみたいですね」
「……興味しんしん」
と3者。
「私はパス。怖いなーと思ってた矢先にコレだもん。
大いなる力には大いなる責任と、ついでに大いなる危険もともなうのよ」
スパイディか。
「食堂が無茶苦茶だ、俺っちはここの片付けを手伝うさ」
聖人か。
「じゃあ4人でみてくるよ」
先を行くアスタルテに追いつくよう、駆けるように食堂を飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます