第92話 「体が硬いの?」

皆が起きたところで、事情を説明する。

アスタルテは俺が精霊術師、ひいては困り者の竜骨の眷属だと疑い、それを確かめるために戦いを仕掛けてきたと。

その誤解はとけ、彼女はさっき退室していったこと。


「そういえば、イリムは怪我がないようだけど、どうなってんの?」


あんだけ豪快に吹っ飛んでいって。

もしかして俺の想像以上にこいつが頑丈なのか、受け身のワザマエがおかしいのか。


「えーとですね。雲にぶつかったんですよ」

「?」

「飛ばされた先に、ふわふわの雲みたいなのがあって、それにぽすんと呑み込まれました。で、気づいたらなんだか眠くなってきて……」


ああ、なるほどとアルマが呟く。


「たぶん、隙間を均等に作った砂のクッションを後方に大量に展開したのでしょう。なかなかできることではありませんが……

 それに、『睡眠スリープ』や『怠惰スロウス』の術も土精や水精の領分なので、彼女からすれば造作もないでしょう」


私も即座に意識を落とされましたし……、と悔しそうに呟いた。


他のメンバーに聞いてみても、イリムが飛ばされて俺が後ろを見ている間に、砂嵐にもみくちゃにされながら強烈な睡魔に襲われそのまま意識を失ったそうだ。


つまり、あの数瞬のあいだに『石柱』『砂雲クッション』『砂嵐』『睡眠』をほぼ同時に行使したわけだ。

俺は並列想起へいれつそうきはできるが、異なる術を同時に使うことはできない。

というか試したこともない。


…………ふーむ、今度練習してみるか。


「というか、つまり。

 直接攻撃を受けて痛い思いをしたのは俺とイリムだけなのか」


あの、最後に腹に叩き込まれた石柱の痛みはひどいものだった。

たぶんボクサーのボディブローってあんな痛みだろうな。

腹がぐるぐるまわって、吐き気と痛みでそのまま気を失ったぐらいだ。


イリムも飛ばされた先にはクッションがあったとはいえ、最初にピンボールされた衝撃はかなりのものだろう。

同じ経験をしたもの同士、イリムを見つめると、「……?」なんて顔をしてやがる。


「別に痛くも痒くもなかったですが」

「マジで」

「ええ」

「体が硬いの?」

「バカじゃないですか?」

「…………。」


「最初にぐわっ! と大きな柱がぶつかる直前まできて、その後私を乗っけるようにしてふわっと飛ばされましたから。痛みはゼロですね。ちょっとビックリはしましたが」

「ほう」


つまり、カタパルトのように発射されたわけか。

一瞬のことでそのまま攻撃されたようにしか見えなかったが……。

で、攻撃されたのは俺だけなわけね。

ひでぇや。


「しかし、アルマはアスタルテを見たことがあるみたいだからすぐ警戒したのはわかるけど、イリムとザリードゥはさすがだね」

「師匠が鈍いんですよ」

「あれぐらいふつうじゃね?」

とおふた方。


「そろそろ師匠も、戦いの気を読めるようにならないと死んじゃいますよ」

「そうだなー」

とさらに。


「悪かったね、俺は戦闘民族じゃないんだよ」


ただまあ、なにか嫌な予感はしたし、頭上からの奇襲攻撃にも気が付きはした。

対応はできなかったので、アルマがいなきゃ今頃ぺちゃんこだったが……。

と、そういえばアルマへの礼を忘れてたな。


「助かった」と彼女をみやると「仲間ですからね」とにこにこと微笑んだ。


「それに、私だけではアレは防ぎきれませんでしたから。ユーミルさんに感謝しましょう」

「……えっへん」と胸を張るユーミル。


「すまないが一瞬のことでお前がなにをしたのかわからなったんだけど」

「なんと」


やっぱ鈍いなー、しょぼいなー、という彼女の呟きは甘んじて受け入れよう。


「岩が迫る直前、鎖が網のように受け止めていましたよね!」

「あのおかげで私の防御も間に合いましたから」


ふーむ、やはりこいつら優秀だな。

あんな一瞬でどうすればいいか、即座に判断できる。

フリーズしてた俺とはえらい違いだ。


……と、そういやカシスはずーーーっと黙って気まずそうにしてるね。

しょっぱな気絶してそのままだったから恥ずかしいのだろうか。

効きもしない攻撃をがむしゃらに連発してた俺とたいして変わらないと思うけど。


それに彼女は純粋な前衛ではなく調査&解錠&交渉などの盗賊シーフだ。

ふだん戦いもそつなくこなしてしまうので忘れがちだけど、

それぞれ得意分野が違うからこうしてパーティを組んでいる。

RPGでも基本じゃないか。

あとでそれとなく言っておこう。



部屋をでて、みなでゾロゾロと階下に降りるとそこは食堂だった。

そして真ん中のテーブルで幼女がもふもふと飯を食っていた。

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