第91話 「土のアスタルテ」

目が覚めると、比較的しっかりした宿の寝室にいた。


ガバっと飛び起きあたりをみると、仲間もみなベッドに寝かされている。

イリムがすやすやと丸まっているのを確認し、不覚にも涙が溢れてきた。


……しかし、なぜ、あの状況から?

イリムに怪我もないようにみえるし……意味がわからない。


ふと視線に気が付くと、椅子に腰掛けた純白の幼女が赤い瞳でこちらを眺めていた。

心底つまらなそうに。


「……お前……なんのつもりだ」

先程の戦いでまったく敵わなかったので、今更戦意は沸いてこなかった。


「ほうほう、さすが回復は早いのう」

「…………。」

「そう怒るもんじゃない。おぬしの疑いは晴れた。竜骨の眷属などではないぞ。

 なにしろあんな程度では儂らの使い走りにもならんからの」

「……そうかい」

「なに、そう拗ねるなよ。

 あくまで古代竜やまことのエルフ基準の話じゃて。

 お主もヒト族の基準でいえばかなりのものじゃ」

「…………。」


うすうす、わかってきた……この幼女、あの竜骨の爺さんと気配が似ているな。

とてつもない精霊力が、体中に満ちているのがわかる。

あと、態度がそっくりだ。


「あんた、エルフじゃなくてドラゴンだろ」

ぴくん、と幼女が反応する。

「……ほう、実力が乏しいぶん、頭は悪くないの」


つまり、あたりか。

土精の術をバンバン使っていたのをみるに、土の竜か。


「この世界で竜だと明かして人界に交わるのはいろいろと面倒なんでな。

 それは黙っておけよ」

「……ああ」

「お主がまれびとじゃというのもこちらは黙っておいてやるからのぅ」


ほんと、なんでもお見通しなのね。


「そうじゃな……ついでに、洗いざらい吐いてもらおうかの。命を助けてやる代わりに」


拒否権は……なさそうだな。

この世界に飛ばされてからのことをかいつまんで説明し、特に竜骨との出会いは根掘り葉掘り聞かれた。


「……あいつらしいのう」

と、アスタルテはどこか懐かしそうに呟く。


「あの爺さんと知り合いなのか?」

「そうさね……こういうと年寄くさいが、昔はよかったわい。

 蜘蛛もおらんかったし、竜もみんな勝手知ったる仲じゃった。

 もちろん【氷の魔女】なんて新参もおらん」


「…………。

 なんか、今までの経緯で竜骨の爺さんはすげえ極悪人で、氷の魔女と同じく世界の滅亡を企んでいるとか、そういう輩だと思ってたんだけど……」


ぶはっ、と幼女は吹き出すと「それならどれだけ楽かのぅ!」と心底楽しそうに大声をあげる。


「違うのか」

「あいつはただのガキ大将よ。いつまでも童心に浸っておる。

 ……ただただ、自分の子分がほしいのよ。

 そいつが大活躍、というか大暴れしてくれれば楽しい、とな」


けらけらと笑うアスタルテに面食らったのと、ちょっとあの爺さんの動機が理解できないとので軽くフリーズする。


「よくわからんという顔じゃな」

「ああ……うん、まあ……」


「おぬし、竜というものについてどれだけ知っている?

 ああ、もちろんそこらの木っ端竜などではなく真に偉大な古き竜エンシェンントドラゴンのことじゃぞ」


「態度がでかい。寿命もやばい。……あと、たぶん全員精霊術の達人」

「最後以外は適当じゃな……まあよかろ。

 我らはな、精霊力そのものじゃ」


------------


アスタルテのいやに回りくどい言い回しを噛み砕くと要はこういうことか。


偉大な竜エンシェントドラゴンは、特定の精霊が極限まで集まって生まれる存在。

 地形や長い時、ようは自然と偶然によって生まれる。


・自身の属する精霊力の、世界においての支配率にこだわる性質がある。

 そのために精霊術の力を人や魔物に授けることがある。


ふーむ。


「子分を増やして、勢力争いをしてるのか」

「違うのぅ。そういうのは赤子のころに卒業したわ。

 まあ、緩やかな競争じゃな。

 世界のバランスを壊してまで勢力争いがしたかったのは氷竜のババアぐらいじゃの。だからあんな目におうた」


「竜骨の爺さんは違うのか?」

「あやつは大好きな炎の力が盛大に行使されるのを楽しみしているだけのガキじゃ」


ろくでもねぇな。


「しかし、そうすると……なんで今は精霊術師が少ないんだ?

 緩やかとはいえ勢力争いをしているなら、子分はバンバン作ったほうがいいだろ」

「そりゃあ簡単じゃろて。

 氷の魔女みたいなのが2匹も3匹もでてきても困るからの」


ふーん…………うん?


「氷の魔女も精霊術師なのか?」

「……口がすべったわ」


アスタルテは明らかにバツが悪そうに呟いた。

しばらく彼女は黙っていたが、「まあよいか」と説明を続ける。


「【氷の魔女】は精霊術師じゃ。

 そしてこれはさすがに知っとるじゃろがまれびとよ」


ふむ。


「魔女の件にこりごりし、ヒト族……特にまれびとに精霊術を授けるやつは今はおらん。竜骨と……チッ、そうじゃな風竜以外には」


風の竜か。

なんかいろいろいるんだな……と、なぜか幼女に赤い瞳で睨まれた。


「……原罪はじまりのまれびとが精霊術師だということは、黙っておれよ」


殺気すら感じる警告に思わず「はい」と応えてしまった。


「まれびとに精霊術を授けるとおかしな事になるかもしれん。

 これを知っとると竜骨みたいに悪さをするやつが他にもでてくるじゃろう。

 それに精霊術師の汚点をわざわざ広げるのは許さん」

「まあ、俺もいらぬ疑いはこれ以上負いたくないしな」


「……おぬしが精霊術師だとバレることはなかなかないじゃろうから安心せい。

 我がおぬしと同格と思われても困るわい」


へいへい。


「だが、悪いやつではないようじゃからの。

 仲間を信じ、やりたいようにやってみるがよい」


「…………。」


「最初おぬしを見たとき、まわりにゾロゾロ引き連れておるのは子分か、だまくらかした冒険者かと思っとった。じゃが、みなおぬしを信用しておったしいいやつばかりなようじゃし。おぬしも含めてな。

 人の本性を手っ取り早くみるにはあの方法が一番だからの」


けらけらと、アスタルテはまた笑う。

つまりこの幼女は、俺やその仲間がクロかシロか判別するためにさきほどの戦いを仕掛けてきたわけか。

やっぱドラゴンというやつは好戦的だな……。


「そろそろよかろうて」


ううぅ……とカシスのうめき声が聞こえたので振り返ると、寝ぼけた様子で目をこすりながら半身を起こしていた。


「……我が竜だということと、原罪のまれびとのことについては黙っておれよ。

 それ以外はすきにせい」


ではな……とアスタルテは退室していった。


カシスが起きてきたのを皮切りに仲間たちが次々と目を覚ます。

どうもタイミングが良すぎるな。

アスタルテが「そろそろよかろうて」と言っていたので、俺との話の最中は『睡眠スリープ』でも使っていたのだろう。

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