四方

第90話 「純白の幼女」

乾いた風が吹き抜け、まるで西部劇のセットのような風情がある十字路宿。

そのただなかで、俺は強い視線に捕らわれていた。


「なんじゃおぬし……ちょいと待て」


と謎の幼女の声。

ずいぶん偉そうな態度で、両脇にはお供なのか、軽装と重装の騎士まで控えている。


「冒険者! 言われたとおりにしろ!」と銀ピカな軽装騎士。


金ピカな重装騎士は無言のままだ。

なんやねん。


アルマが「……あなたは」とずいぶん驚いた顔をしているのを見るに、有名な貴族の令嬢あたりか?


「なにか用ですか、お嬢さん」といちおう礼儀正しく会釈などしてみる。

控えの銀騎士が「……貴様ッツ!」と唸るが幼女が「よいよい」とたしなめた。


ほんとにお偉いさんなのかな。


目の前までテクテクと歩いてきた幼女は、じーっと俺を正面から眺めてきた。

なんだか癪なのでこちらも彼女をじーっと観察する。


雪のような純白の髪が、シャラシャラと豊かに腰まで伸びていて、体はスラリとして腕や足もずいぶん細い。

シルクの真っ白なワンピース(にしか見えない)に、肌も白磁のよう。

だいぶ華奢きゃしゃな印象を受けるが……そのなかにあってギラギラとした紅い瞳は生命力に満ちている。


「お主……やはり」


純白の髪と対比するかのような真っ赤な瞳でこちらを見据えながら彼女は口にした。


「……竜骨の眷属けんぞく、火精の使い手か」


えっ?

……竜骨の、眷属。


「ちょっと待ってくれ。

 ……俺はたしかに火を扱う術師だが、別に誰かの下僕ってわけじゃない」

「はっ、お主は竜骨を師とする精霊術師じゃろう。視ればわかるわい」

「…………。」


なんだかわからんが、この幼女には俺が精霊術師だということがわかるらしい。


「師匠、警戒してください」と緊張したイリムの声。

みると槍を抜き構えているし、隣のザリードゥも双剣を抜いている。


おいおい、物騒なやつらだな。

精霊術師だということがバレてもそこまで問題じゃないだろ。

現にアルマにもみごとに看破されたし。


さっきから蛇に睨まれているような感覚はあるが、それは彼女の赤い瞳のせいだろう。


「はよう応えい」

「確かに精霊術師だ。だが眷属だとかは知らない」


竜骨というワードは、大樹海で嫌な思いをしたのであえて口には出さなかった。

……初対面で看破したこの幼女には意味がないかもしれんが。


「ほーう」


豊かな白髪をゆらしながら彼女は何度かうなずく。

なんだかこの状況を楽しんでいるかのようだ。

そうして、ちいさく呟いた。


「ま、試すのが一番じゃろて」


瞬間、頭上に違和感をおぼえ仰ぎ見る。

――視界いっぱいに巨大な岩石がこちらへ落下していた。


「――みなさん伏せてッ!!!」


珍しくアルマが大声で叫ぶ。

彼女の手には茶色の薬瓶。


言われた通りみなが伏せるのと、アルマが薬液を地面に叩きつけるのと、頭上から凄まじい轟音が響くのは同時だった。

一瞬か数秒か、意識が途切れる。


気が付くと視界が真っ暗に染まっていた。

仲間の気配は近い。どうやら誰も死んではいないようだ。

たぶん、アルマの術で土のかまくらのようなものを形成したのだろう。


「ユーミルさん、援護をありがとうございます」

「……当たり前」


暗闇からアルマとユーミルの声。

アルマが防御したのはわかるが、ユーミルもなにか手伝ったのか。

一瞬のことでわからない。

しかし……


「なんなんだよ……アレ……つーかあいつ」

「非常にまずいことになりましたね」とアルマ。


イリムとザリードゥは戦士の勘というやつか、さほど動揺した様子もなく油断なく剣気を放っている。

カシスは無言……というか気絶してるなこれ。


日常から非日常への切り替えは慣れてきたつもりだが、ここまで落差があるとまだまだだな。

初めて目にした攻撃ならさらに、である。


「アルマ、なにか知ってるのか」

「ええ、そうですね……」


と彼女は言いよどむ。

だがすぐに、絞りだすように口にした。


「あの少女は、土の精霊術師アスタルテ。

 ……この世界の最強、【四方】の一角です」


そうですね……こうなってはもう……と呟く。

しかし、アルマは仲間と自分に言い聞かせるように強く宣言した。


「土で起こせるあらゆる事象に警戒してください。

 あと……この先、仲間を見捨てでも自分の命を守ることを一番に行動してください。バラバラに逃げて、ひとりでも助かってくださいね」


そう彼女が言い終わるやいなや、周囲のかまくらが瞬時に消失する。

そういやカシスが気絶してたな、とすでにザリードゥが担ぎ上げている。

頭から軽く血を流している。最初の防御でかまくらの内側がすこし剥がれたのか。

だが、命に別状はなさそうだ。


ほっ、と安心して正面をむくと、目と鼻の先に銀の騎士が振るう槍が迫っていた。

とっさに黒杖で防御しようと反応するが、間に合わないのは自分が一番理解できた。


――ガキィィィィンン!!

イリムと銀騎士の槍がぶつかり金切り声をあげる。


「師匠! 逃げて!!」


イリムが叫ぶ。

と、彼女は直後に巨大な石柱の直撃を受けて、ピンボールのように跳ね飛ばされた。


「――えっ?」


急いで後ろを振り返る。

なにかが地面と水平に凄まじい速度でかっ飛んでいきそのまま消えていった。


唖然あぜんとしてあたりを見回すと、ザリードゥもアルマもユーミルも、体中泥や砂にまみれて転がっている。


状況に思考が追いつかない。

転がっている仲間はピクリとも動かないが、たぶん……まだ大丈夫だ。死んだわけじゃない。そのはずだ。

後ろにぶっ飛んでいったイリムも、頑丈なあいつなら……いや……でも、あんな飛ばされ方をして、どこかに激突したらそれこそ……


「そりゃあ……グチャグチャじゃろうな」

純白の幼女がさも楽しそうにけらけらと笑いながら言う。


「ああ?」

「お主の想像どおり、あんな飛ばされ方をして生きてるはずがなかろう。

 たかだか上級のヒト族風情で」

「…………。」

「そこな少女が言っておったろう。全力で逃げよと」

「…………。」

「こんなものか、竜骨の眷属よ。そこらのアリのほうがまだ見応えがあるぞぃ」

「そうか」


――全力で火精を励起れいきし、叩き込めるだけの『大火球』を敵へと放った。

できるだけ早くみなを助ける。イリムの元に急ぐ。


そのためには速やかに眼前の敵を排除しなければならない。

轟音と、えぐれ弾け飛ぶ地面の石礫で、耳と目と、頭がおかしくなりそうになるがひたすら攻撃を叩き込む。


爆発でできた煙幕を頼りに『熱杭ヒートパイル』の準備をする。

形成した弾体をすぐさま砲身に叩き込むバレルセット

火力を極限まで注ぎ込み、煙の中にみえた影へと発射する。

凄まじい音と、土煙が吹き上がる。


……これを、煙がうすれ影がみえるたびに繰り返した。



何度目だろう。

普段のMAXの数倍の攻撃を撃ち込み、気づけばだらだらと口や目から赤いものがこぼれていた。

視界も真っ赤に染まっているが、どうせ粉塵ケムリでなにも見えやしない。

かまわず攻撃を続けようとしたところで、そのまま地面にぶっ倒れた。


ひゅーひゅーと呼吸を繋ぎつつ、意識が落ちぬよう必死に耐える。首も無理やり曲げて正面をにらむ。

……だんだんと、粉塵が風に洗われてきた。

倒れた仲間の姿もみえ、すこし安心する。

だが、いちおう手足がそろっている彼女たちより、後ろに飛んでいったイリムの安否をとにかく確認したかったが、体はまるで動かない。


「…………?」


なんだろうあれは。

視界がすっかり晴れ、十字路に空いた巨大なクレーターの真ん中に、2メートルほどの卵のような土団子が3つ置かれている。

ツルツルで、硬い土の殻のようだが……と観察しているとその卵の中から音が響いてきた。


所詮しょせん、こんなものか」


その音が、少女の声だと認識した直後、地面から石柱が恐るべき速度で伸びてきて俺の腹を抉り、臓腑なかみが強烈に悲鳴をあげた。

激痛で意識がそのまま刈り取られる。


――目を閉じる直前、視界の端の幼女は確かに笑っていた。

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