第89話 「出立の日」

「ガハハハハ! 昨日は失礼したな青年! いや師匠どの!」


イケメンに似合わず大口を開けて笑う青年……いやベルトランさん。

食堂の長いテーブルの上座かみざに着席し、みなをながめる。


「みなさんにもお礼が言いたい! いやこうしてみても壮観壮大! ツワモノばかりではないか!」

「どーも」とトカゲマン。

「そうでしょうどうでしょう!」とイリム。


左隣のイリムにそれとなく聞くと、ベルトランさんもかなりの剣士らしくイリムやザリードゥと同格だとか。

まあ昨日のハイパージャンプを見て人間辞めているのは察しがついていたが、まさか上級クラスだとは。


「ベルトランさんも冒険者なんですね」

「青年! 呼び捨てでよい、それにもう少し親密な言葉遣いでいいぞ!」

「あー、わかりました」

「そうだな、三ツ星で上級だ。ゆえに錬金術などする余裕はまったくない!」

「……はあ」


アルマがため息。

なるほど、彼が剣術ぞっこんのためフラメルの錬金術を継いでいるのが妹のアルマなのかな。

領主として俗世の当主が兄のベルトラン。

術師として継承の当主が妹のアルマ。

表と裏で役割が違う、と。


しかしこの家は後継者ふたりがそろって冒険者をやっていて大丈夫なのか?

なにか事情があるんだろうか……。


「まれびとの件もアルマからすでに聞いている。

 我が家系の祖フラメル、簒奪者さんだつしゃジェルマン!

 これに至るが当家の悲願であり、そのための努力やリスクは惜しまん!」


「助かります」と頭を下げる。

本当に、ノープランの状態から形ができてきたのはありがたい。


「みけクンの面倒も任せたまえ!なんなら最低限の剣術を教えてもよい!術師といえど護身は大事だからな!」

「……ええと、よろしくお願いします」

「よろしく頼まれよう!」


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朝食を終え、準備をすませ、いよいよこの館を発つこととなった。

いくつかの魔道具アーティファクトを渡され、高級ポーションもいくつか。

これを返しきれる日はくるのだろうか……。


正門でみけはみんなとひとりひとり別れを告げていく。

ユーミルとの抱擁ほうようは特に長かった。


それが終わるとテコテコとこちらへ歩いてきた。


「師匠さん」

「ああ」

「いつか必ず追いついてみせますね」

「楽しみにしてるよ」

「そのぶん、師匠さんも神経衰弱強くなっててくださいね」

「えーーーと……努力はする」

「えへへ」


みけの頭をなでる。

ここ半年、あのラトウィッジのゲス屋敷から少女を助けてからいろいろあった。

トランプではいつもコテンパンにやられ、魔導書の読み方も教わった。

すでに彼女は立派にパーティの一員であり仲間である。


しかし子どもである。未熟である。

だから、彼女はここで自らを高める選択をした。

いつかみんなの中に入れるようにと。


「行ってくる」

「では、みけちゃん! しばしのお別れです」

「……ミリエル、じゃあな……」

「お兄様をこき使ってやってください」

「じゃあな! 嬢ちゃん」

「さよなら、みけちゃん」


みなでお別れをいい、みなにお別れを返すみけ。

涙を浮かべず気丈に手を振る少女に見送られながら、俺たちの旅が始まった。


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それから、宿に戻り、荷物をまとめ、半年世話になった安宿の亭主に出立を告げる。

亭主はこれで睡眠時間が減るな、と呟いた。


そうして一本のワインを差し出した。

そういえば最初の辺境の街でも同じことをされたのを思い出す。

聞けば、拠点を移し旅立つ冒険者への古くからのならわしだそうだ。

これもラベル付きのもので、つまりは上等品だ。

礼をいい、みなで宿を出る。

なんだかふるさとを出るようで名残惜しかったが、同時にこれから旅が始まるのだという高揚感にもつつまれた。


アルマの御者なし馬車にゆられ、街道を南下していく。

ちなみに今回もイリムは歩きで、ザリードゥがそれに付き合っている。

日々是ひびこれ訓練なのだと。

俺は今回も馬車の誘惑に勝てなかった。


「そういや十字路宿ってどんな場所だ?」

「……王国と西方諸国の玄関口……」

「大きな十字路で、それを囲うように宿場町があるわ」

「かなり長い歴史のある町で、フラメル領と隣接してます」


馬車組の面々から声があがる。

ふーん……てか、いまのこのメンツだと俺ハーレムパーティみたいだな。

男女比がすごい。

精霊術もチートくさいし、チーレムになれるのではないか。


……とアホなことを考えていたせいか、突然イリムの鋭い声がとぶ。

「みなさん! 西から巨大な敵影です!」


即座に火精を励起れいきし、西の丘をにらむ。

……確かに、大岩のような巨体がこちらへ走ってきている。

アルマがすっ、と目を細め敵を『鑑定』する。


「岩……いえ、鋼鉄スチールトロールです」

「ええと、初めて聞くけど」

「岩の数段硬い版よ、火炎耐性もがっつり、てか無効か」

「……どうする……」


ユーミルはすでに術の組み立てに入っているようで、恐らく強力な『呪い』を練っているのだろう。

恐怖フィアー』では後々村落に被害がでるので、『睡眠スリープ』あたりか。


「そうですわ、師匠さん……完成したというアレを見せてくれません?」

「……ああ、わかった」


完成には程遠いのだが……いちおうのカタチはできた。

ここ半年訓練に訓練を重ね、ようやく習得した術式である。


「ユーミル、時間稼ぎを頼む」

「おっけー」


練り上げた指差しの呪い、選択はやはり『睡眠』。

指さされた鋼鉄トロールはふらふらとした足取りに変わる。

やはり、ここまで上級の魔物だと一撃では眠りに落ちないか。

しかし役目は十分だ。


『大火球』5発分の火力を固めに固め、凝縮。

ジェレマイア秘伝の炎の物質化マテリアライズ、その術式。

赤熱した巨大な杭を生成する。


――――弾体の形成はクリア。


次は……ここからは俺のオリジナルだ。

これだけ巨大で、重いモノを撃ち放つのに最初は難儀した。

どうすればこんなモノが飛ぶイメージを作り出せるのか。


答えは巨大な砲身だ。

それも火力を叩き込めば叩き込むだけ速度の上がる熱電磁砲ヒートレールガンだ。

そんなものはたぶん前の世界に実在しない。

だが、これは俺の術式である。

俺の想像イメージ創造マテリアライズすればいい。


弾体は俺の後方20メートルほどに浮かび、そこから俺の真横までの間に砲身を敷くバレルセット

弾体を装填し、そこに励起した火精を叩き込む。


「ぶち抜けッッッッッツ!!!」


宣言とともに、砲身を通過し空気を切り裂きながら唸りを上げる『熱杭ヒートパイル』は、よろめき歩く鋼鉄トロールの腹に深々と突き刺さった。


「GYAAAAAAAAAAAAAA!!!!」


ふらふらと眠りと覚醒のあいだをさまよっていた巨人は、完全に目を覚ました。

まさか、炎を無効化する自身の体が熱に冒されるなど思いもしなかっただろう。

ご自慢の表皮はみごとに突き破られ、むき出しの肉がじゅうじゅうと焦げていく。


土手っ腹に穴を開けられもだえ苦しむトロールは、そこに殺到した達人ふたりによってトドメを刺された。



「……ほんと、戦闘に関してはだんだん私の出番なくなってきたわ」

「そうか?」


前衛と後衛のつなぎ、軽戦士としてカシスには何度もお世話になっているのだが。

特に軽タンクといおうか。

盾の指輪を絡めたトリッキーな防御術はヘイト管理も相まってこのパーティに欠かせない。

ときには重タンクとなるユーミルとあわせ、守りの生命線だ。


……ということをとつとつと説明するとカシスはまあ……とか、うん……とか。

そもそも彼女はシーフなんだから、戦闘能力ゼロでも文句は言われないのに。

彼女の調査や解錠のスキルは半年前からまた一段とレベルアップしている。

彼女なしで敵のアジトやダンジョンアタックなど考えたくもない。



そんな突然の偶発的遭遇ランダムエンカウントもあったが、無事その2日後、十字路宿にたどり着いた。

名前のとおり、キレイでひろい十字路で、道の両側に宿や酒場、小さな道具屋がならぶ。

活気はそこそこで、行き交う人はほとんど旅人や商人、それに冒険者だ。


「おー、いかにも旅、って感じの場所だ」


ちょっと西部劇のセットに似てなくもない。

開放的というか、乾いた空気というか。

ずっと冒険者をやってきた身としては非常に好ましい雰囲気だ。


馬車を降り、深呼吸……はさすがに砂煙がまじった、ぺっ。

そうして改めて街道をながめていると、不思議な視線に気がついた。


すぐ後ろから、なにか、ヘビのような。


振り返ると、真っ赤な瞳の幼女に睨まれていた。

豊かな白い髪が抜ける風にゆれる。

そうして隠れていた耳があらわになる。


すっ、と伸びた、笹葉のような耳だった。


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【大陸メモ】

 西方諸国は冒険者のメッカです。

 個々に独立した都市国家の集合体で、非常に自由な気風。

 ちなみに古代遺跡ダンジョンも多い地域です。

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