第87話 「プランニング」

みけは、庭園のはじっこのベンチの上で、体育座りをして丸まっていた。

顔を伏せているので表情は見えない。

テディがみけの横で背中をさすっている。


泣いてはいないようだが、相当キツかったんだろうな。


みけが以前請けたネコ探しの依頼で、彼女は男3人をひとりでノシてしまったらしい。

クラックが褒めていた。天才だと。


そう。たぶん彼女は天才だ。

11歳で7つあるといわれる基本の呪いをすべて使いこなし、『霊動ポルターガイスト』も操れる。

一ツ星パーティで第一線の活躍ができるだろう。

……魔法職スペルユーザーとしてだけみれば。


みけの隣りに腰掛ける。

少女がピク、と反応するが顔はふせたままだ。

どうしよう……なにから話すかな、と言葉を選んでいると意外にみけから話を切り出された。


「……ほんとは、ちゃんとわかってます」

「そか」

「半年前の、私の初めての冒険で。……いろいろ、いろいろ失敗しました」

「ああ」

「あれはまだ街なかで、遺跡の浅層で。だから助かりました。

 もしアレが……もっと危険な場所だったら……」

「そうだな」


「師匠さん、王都に留まるというのは?……このままでも楽しいじゃないですか」

「そうだな、すげえ楽しかった」


気を許せる仲間との日々。

冒険のスリルと高揚。

……本当に楽しい時間だった。


たぶん、前の世界とあわせても一番かもしれない。


「だったら、」

「でも、できない」

「…………。」


あの吊られ穢され笑われていた少女の死体。

みけを見る。

……たぶんほとんど同じぐらいの年だろう。


あれを、あんなことを常識あたりまえのままにしておきたくない。

常識じょうしきのままにしておきたくない。


「ここで行かないときっと後悔すると思うんだ。

 別に正義の味方になりたいだとか、俺ならできるとか。そういうんじゃない。

 とにかく、イヤなんだ」


ごめん、とみけの頭をなでる。

最近はこうしてもテディに殴られることはなくなった。


「私も、強くなってみなさんのお役に立ちたいです」

「うん」

「みなさんや師匠さんに助けてもらったご恩を返したいんです」

「……そうか」

「ですから、私は……」

「ああ、ありがとうみけ。みんなで待ってるからな」


力強く、みけに言う。

みんなの気持ちを代弁して。


「――はい!」

みけも力強く応えてくれた。


------------


みけの手を引き戻ると、じいやさんに館へ案内された。

すでにみんなは応接間で会議に入っている。

一同、みけを見る。


「……ミリエル、どうする?」

「アルマさん、ふつつか者ですがよろしくおねがいします!」


ぺこりといきおいよく頭を下げるみけ。

ツインテールがべしりとアルマに直撃する。


「元気でよろしいですわ。ええ、じいや。頼みますわね」

「はいお嬢様」


会議に途中参加すると、すでにいくつかの事案は決定していた。

まず、アルマはこの周囲を領地として持つ貴族であり、いくらかの土地が空いているそうだ。

とくに、大樹海に面した土地に開拓村を作りたいらしい。

樹木の伐採権も獣人たちと話がついているそうだ。


そこに、まれびとを受け入れる。

ついでにまれびとや(こちらからみた)異世界の研究に協力してもらう。

まさに彼女からしたら一石二鳥だ。


「密告とか裏切りの心配は……」

「それはきちんと対策しますわ」


対策か……ちょっと怖いが最低限そういう備えは必要だ。

アルマからしたらただの慈善事業ではないのだ。

なんだろ、逃げたら爆発する首輪とかか?

さすがにそれはないか。


「この『誓約ゲッシュ』を埋め込んだ玉をですね、飲み込んでもらいます。仲間を売ったりしたらお腹の中でドカンですわ」


世紀末だった。

まあ、致し方ないのかな。

パニクったり自暴自棄になったひとりのせいで全滅なんてのは許容できない。


でも同意を得てからだな。


ちなみにオラこんな村さイヤだって人もいるだろう。

その場合は旅商人なり冒険者なり生きていく手段はある。

ここには剣術達者なひとがいるらしく、彼にしごいてもらえば一般人の体でも初級ぐらいにはなれるそうだ。

そこらの盗賊やゴブリンにはひけをとらなくなる。

このファンタジー世界で生きていくには困らない。


……本当にもう、この世界に興味がなく、生きる気もない場合。

それもいい場所があるという。

このお屋敷の裏手をすこしすすむと切り立った崖があり、そこから海を望める。

ここから飛び降りれば、苦しまずに死ねるだろう、と。

できれば選んでほしくないが、すべてを押し付けることはできない。


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みけの件はすんなり決まった。

フラメル家の養子として、彼女は魔術と錬金術を学ぶのだ。

……大成したら死霊錬金術師ネクロアルケミーとでも呼ばれるのか。

なんかマッドサイエンティストみたいだな。

フランケンシュタインの怪物とか作らないよう祈っておく。


あと、宿の構造などにもよるが、拠点を定めたあとはふつうに会うことができるらしい。

そんなにお別れムードというわけでもないのだ。

すげえなワープ魔法。


ただ、『帰還』は設置に手間と触媒アイテム代がかかるらしく、旅の道中などではダメらしい。

王都から自由都市までは3ヶ月はかかる。寄り道も考えると4、5ヶ月はお別れだ。


「その間に見違えるほどレディになってみせますよ!師匠さん!」

「私もまけませんよ!みけちゃん!」

「そか」


そういやイリムは出会って1年過ぎてるのだが、見た目がほとんど変化していない。

より言うなら成長していない。

全体的に。


マジでみけに成長抜かれる日も近いのでは……。

まあふたりともがんばれ。


その他こまごまとしたことを詰め、ひとまずのプランは完成した。

その夜、みけのお別れパーティを開催することと相成った。


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さすが没落したとはいえ、お貴族さまのパーティだ。

ふだんとても食べられないような物ばかり食卓にならぶ。

主賓メインであるみけを考慮してか、甘いものやカラフルなものが多い。


ザリードゥが頭を抱え「……甘すぎる、甘すぎるぜ」と唸っているのはおもしろかった。

甘いもの苦手アピールの男キャラみたいで。


カシスも「私甘すぎるの苦手……」とこちらもアピールキャラだった。

てかこれはダイエットアピールなんだっけ?

いや、冒険生活してたらダイエットなんて必要ないので素で苦手なのだろう。


みけはユーミルとイリムにはさまれ女子談義ガールズトークに花を咲かせている。

話の内容が黄色すぎるうえ感覚的でちょっと意味不明だった。

てかユーミルもああいう会話できるのな。


子どもの手前お酒を呑むわけにもいかず、高そうなお紅茶をすする。

おお、これアールグレイみたいな独特な香りがするね。

街の安宿や大衆食堂ではこんなのなかったぞ。


「お気に召しましたか?」

「ああ」

「庭園で栽培している品種に、西方より取り寄せた梨の王ベルガモットを混ぜたものですわ」

「へえー、いや美味しいよ」

「ありがとうございます」


にこにことほほ笑むアルマ。

そうだな、彼女の提案がなかったらみけのことも、まれびと対策も中途半端なままだったろう。


「こちらこそ、本当に助かった。ありがとう」

きちんと頭を下げる。

仲間内とはいえ、こういうことはしっかりしておくべきだ。


「……師匠さん、このあとお時間いいですか?」

「えーと、うん。いいけど」

「では、お開き後2階のテラスへ」


つい、とアルマはみけの方へ。

じいやさんも交えみけにいろいろ話をしている。


こうしてパーティの夜は更けていった。

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