第86話 「最上級魔術」

次の日、アルマの誘いで宿の女性陣部屋ガールズルームにみなで招かれる。

さすがに7人で入るとだいぶ窮屈で、とくにトカゲ男がでかい。


「……おい、もうすこし縮めよ……デカブツ」

「はん、オメエはもうすこし一部をデカくしろや」

「うわ、セクハラかよ救えねーな……」


「よしなさいよ、もう」とカシスがなだめる。


まあこのふたりも本気のケンカはしたことないので放っておく。

パーティみんな仲良しこよしはなかなか難しいのだ。


「えーと、あらためて」とアルマ。

「……ここから先のことは、絶対に秘密にお願いします。

 私と、私の家の秘密に関わりますので」


みなでうなずく。

アルマはにこりとほほ笑みクローゼットを開けた。

その先には、どこまでも続く草原と、はるか彼方に巨大な木々が連なる森が見える。

まるで窓を開いたようだ。


……一同ぽかんとする。


「フラメルの秘奥、遺失魔法がひとつ……『帰還』でございます」


アルマがわざとらしく一礼。

と、そよ風が宿の室内を通りすぎる。

なんとか状況が飲み込めた。


「えーーーっと……コレはあれか。えっ、どこでも扉みたいな?」

まるい青だぬきのあれだ。

そういうのもあるのか。


「どこでも……ってだいぶ無茶をおっしゃいますね師匠さんは」

「私たちがふだん使ってる時はこんなんじゃなかったけど?」

「手順と仕掛けがあるんです」


「へえー、すごいですね!アルマさん!」

「……やべーな、フラメルは……空間魔法かよ」

「あっ、俺っち頭クラクラしてきた」

「……絵本のおとぎ話みたい」


空間魔法……それは確か失われた魔法で、例えば魔法の道具アーティファクトなんかだと桁が違う。

文字通り、お値段の話である。


「さ、では参りましょう」


アルマはすっ、とクローゼットをくぐり、その先の大地に降り立った。

数歩歩いたあとこちらへ振りむき手招きをしている。

確かにちょっとクラクラする光景だ。

今までこの世界でみた中でも、もっとも魔法ファンタジーに近い現象である。


------------


みなで草原に降り立つ。

あたりを見回すと、前方に見渡す限り端から端まで森……というより大樹海だ。

後ろを振り返ると遠くに建物や庭園がみえる。

そして『帰還』の窓でアルマがクローゼットに鍵をかけていた。


「こうしておくと、外からはふつうの中身になります」

「アルマさんがたまに居なくなっていたのはコレだったんですね!」


確かにアルマはちょくちょく「用事がある」とパーティを抜けることがあった。

パーティを最初組んだときもあくまで不定期で、という話だったしあまり気にしたことはないのだが……まさかこんな秘密があったとは。


「さ、我がフラメル邸へ参りましょう」


アルマに続き、みなで草原を歩む。

吹きつける風が心地よく、なつかしい。

これは……そうだ、大樹海を抜けた直後の風に近い。


「ここはもしかして、王都の南東ぐらい?」

「……素晴らしい、師匠さん大正解ですわ」


やったね。


「でも……まさかワープがあるなんて」

「カシスも初めてか」

「少なくとも、現存したのを見たのは初めてよ」

「……古代遺跡ダンジョンのトラップとかだとたまーにあるけどな……」

「へえ」

「……てきとーに飛ばされたり、そのまま帰ってこなかったり。

 ……石のなかに飛ばされて即死って説が有力……」


いしのなかにいる……怖すぎるな。

やっぱ古代遺跡探索ダンジョンアタックはダメだ。


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しばらく歩き、大きな邸宅にたどり着いた。

正面の鉄扉からまっすぐ道が伸び、左右をカラフルな花畑が彩っている。

道のさきには左右対称のお屋敷。

白を基調とし、上品だが華美すぎず、豪邸特有の威圧感を感じさせない。

ひとことでいえば趣味がいい。


「……やっぱうちの実家とは違うなー……」

「ユーミルの実家はどんな感じ?」

「……ラトウィッジとトントンだよ。石造りで、黒くて、寒くて、冷たくて」

「冷え性になりそうだな」


「私も、こういう家のほうがいいです」

「みけは子どもだから冷え性とかは大丈夫だよね」


「……みけさんに気に入ってもらえてなによりですわ」


正面の鉄扉にアルマが手を触れると、ギイッ……とひとりでに扉が開いた。

おおお、いかにも魔法使いの家でちょっとワクワクする。

思えばこの世界で目にした魔法はほとんど攻撃だの呪いだの物騒なモノばかりだった。

ええやん、こういうファンタジックでメルヘンなの。


花畑に引かれた直線をすすむと、とたんに様々な花の香りにつつまれる。

なかには見たことのないような花や、奇怪な色の植物もある。

コレはあれか……錬金術に使うのかな。

ゲームの錬金スキルの稼ぎでは定番行為だが、この世界でも同じか。

他人のブドウ畑を荒らしまわる必要はないのだ。


「――お嬢様!よくお帰りになりました」

「ええ、じいや。ただいまですわ」


いかのも大人の女性といったパリッとしたメイドさんがアルマに頭を下げる。

彼女の後ろにも数人のメイドさんが控えており、彼女に続いて一礼。

このひとはメイド長さん……だろうか。

じいやとか呼ばれていたけど、男じゃないよね?


「その方々たちが……」

「ええ、旅の仲間です」


「どうも、お嬢様がいつもいつもお世話に」

「あ、いえいえ。こちらが助けられてばかりです」


みなで礼を返す。

そうして、じいやさんはつい…‥とみけを見る。


「お嬢様、この方が?」

「そうですわね……あとは本人が納得してくれれば、です」

「?」


みけはなんだろ?といった顔をしているが、なんとなく事情が読めてきた。

そうか。確かにそうだな。

アルマはみけの前でしゃがみ込み、彼女と視線をあわせる。


「みけさん……あなたにはふたつの選択肢があります」

「……えっと……えっ?」

「ひとつは、私たちの旅について来ることです。

 危険もあるでしょうし、子どものあなたにはだいぶツライものになります」

「…………。」

「ふたつめは、ここで魔術や知識を身につけることです。

 自慢になりますが、一流と自負できるだけの蔵書や教師がここにはあります」


アルマの後ろでじいやさんがみけに手を振る。

なるほど、彼女がアルマの先生だったのか。


「……その、」

「もしみけさんがよろしければ、フラメルの養子としてあなたを迎え入れます。

 あなたが望めば、錬金術の知識すらひらいてあげましょう」

「…………。」


そう。

これは破格の条件だ。

この世界で魔法・魔術というのは特別だ。

特にその家で代々研究し継承してきたものは最大の遺産である。

それを、家を失くし家族を亡くしたみけに差しだそうというのだ。


「どうでしょうか」

「……その、ユーミルお姉ちゃんはどう思う?」


話をむけられたユーミルは考え込んでいる。

しかし彼女の答えは明白だった。


「……ミリエル、子どもに旅は危険だ」

「――!

 でも、私だって魔法も使えるしみなさんのお役に!」

「足手まといになる」


きっぱりと、ユーミルはみけに告げた。

ただ事実をきっちりと。

みけは相当ショックだったのだろう、しばらくでも……でも……と呟くと、きびすを返し花畑のむこうへ走っていってしまった。


「オイ、ちょっとキツイんじゃねぇのか」

「うるさいトカゲ……ああでも言わないとダメなんだよ」


「……みけちゃん」


イリムはみけが去ったほうを心配そうに眺める。

たぶん、妹のミレイちゃんと重ねているのか。

しかしそのイリムも、ミレイちゃんにはきっぱりと言っていた。

カジルさんが認めるまでは、旅立ちは絶対に認めない、と。

大事に思うからこそ妥協することはできないのだ。


「……ちょっと行ってくる」

「師匠……あー、まあいい。……信用してやるよ」


俺はみけが去ったほうへ小走りに駆けていった。

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