第85話 「新たなる旅へ」

路地の一角で看板が揺れている。

緑の看板に酒、食事、宿とだけ書いてある。

非常にシンプルな安宿だ。

思えばここにもだいぶ滞在している。

この世界でのホームといって過言ではない。


宿の扉を空ける。

木製でしっかりした、音が漏れることのないような。


中では、パーティ全員が揃っていた。

もちろんみけも。


みんなに昨日の話をする。

助けられる範囲でどうにかしたいこと。

冒険者はもちろん続けること。

いずれ……この状況自体を変えたいこと。


「この半年間……本当に楽しかった」

「いい仲間に恵まれて、冒険者としていろいろあって」

「すごく楽しかった」


「ただ……やっぱり俺はこのままじゃダメだと思う」

「今後も、彼らに出くわすたびに後悔すると思う」

「だから、俺はなにかしたい……いや、しなきゃいけないと思う」


みな、黙って聞いてくれた。

まれびとである俺のことばを聞いてくれていた。


「具体的にどうする……ってのはまだ決めていない。

 ほんとふわふわした目標ですまない。

 あと、もちろんここでパーティを抜けるのも自由だ」


ユーミルはうろんげな視線をこちらへむける。


「……師匠さあ、例えば街中で私刑リンチが始まって、そこに飛び込むの?

 ……自分も、みんなも、放り出して見ず知らずのまれびとのために?」


「いや、そこまではできない。自分の命のほうが大事だ。もちろんお前の命も」

「……そ」


ユーミルは興味を失くしたように背をむける。

そのまま、カウンター席に座り込んだ。

ちょっとモジモジしていたが、しばらくすると、


「……協力も邪魔もしねーよ。……見張りぐらいだったら、やってやるけど……」

「ありがとう、ユーミル」


「俺っちも同じ立場だな」


ぬっ、と大柄の体を椅子に預けながらザリードゥが呟く。


「邪魔はしねぇが積極的に動く気もねえ。……まあ、『葬送』ぐらいならやってやる」

「ああ、ありがとう」


彼はいままでも、さらなる痛めつけや辱めしめに遺体が晒されないよう、その体をどこかに送っている。

その行為は、素晴らしいものだと思う。


「私は、むしろ賛成……というか、利用させてもらって構いません?」

「ん……利用というと?」

「助けたあとの処遇について考えがあるのですが、その見返りの対価が欲しいですわね。師匠さんやカシスさんからもたまに血液や体毛を頂いているでしょう?」


そうなのだ。どこぞのポーターさんよろしくそこそこの頻度でやられている。

まあアルマには世話になっているし、彼女から貰った指輪を考えるとまったく足りていないぐらいだ。


「……危険な実験は……いや、信用するよ」

「ええ、どうも」


ユーミルとザリードゥは中立、アルマは取引。

みけは、にこにこ笑っているのでたぶんOKということだろう。


「……で、そのうえでみんなの意見が聞きたい。何を、どうすればいいのか」


------------


「まずはこの世界の住人より先に発見できないとお話になりません」


三ツ星の冒険者であるアルマは、俺たちより詳しい情報を知っていた。


この世界に人が飛ばされるとき、必ず空間が歪むという。

帝国のお抱え魔術師はそれを検知してまれびと狩りをより確実なものにしているそうだ。


つまり、


まれびとたちを助けるには空間の魔法が必要だ。

しかし俺に魔法使いたちのようなシルシはない。


アルマに四大元素の話から、空、つまり風の精霊と火の精霊を併せればもしかしたらというアドバイスをもらう。

両者はともに上昇、天、つまり空間に通じるのだと。


「師匠さんは精霊を支配するタイプの精霊術師みたいですから、力ずくがいいと思いますよ」

「精霊をコテンパンにしろ、と?」


無茶な注文だ。


「自信があるならそれでもいいですわ。

 けれど、精霊使いとしての実力を示すほうがまだ楽でしょう」


アルマが地図を広げ、指を滑らせる。

王都から南、十字路宿と呼ばれる交差点をさらに南に。

そこに、かの精霊が多く住まうという風の谷がある。


なんでも、精霊にも格や身分のようなものがあるらしく、より強い精霊を従えればそれより下位の精霊もまとめていうことを聞いてくれるそうだ。

風の谷はその名のとおり、古来から風精の集う場所とされており、強大な個体がいる可能性が高い。


「……それと、まれびとといえばな……」

「ああ」

「私の故郷の街、西方諸国のはじっこ……ここだ」


ユーミルが大陸地図の南西の端を指差す。近くには小さな島が浮かんでいる。


「……この自由都市はまれびと狩りはしない。となりのフローレス島と条約を結んでいる」

「この島は?」

「ラビット族……ってもわかんねーか。ちっこいウサギ耳種族だよ」

「ウサギさんですか?私たちみたいな獣人?」

「……いや、どうやら違うらしい」

「ふむ」

「こいつらのまれびとの扱いは……歓迎だ」

「ええっ!」

「昔からそう決まっていて、 理由は知らない。

 ……自由都市に飛ばされたまれびとはここに移される」


「私、昔行ったことある」

とカシス。


「……そこで暮らすって選択肢はなかったのか?」

「私はこの島、好きじゃない」

「そか」


「……まー、カシスはああいうとこはな。

 ……まあ見つけたまれびとにとにかく自由都市まで逃げるように言えばいいんじゃね?」


毎回毎回めんどうなんて見れないだろ……と現実的な案を出してくれた。

それと自由都市といえばトランプ富豪のラザラス氏の邸宅がある。

どこかで接触しておきたかったので、これも都合がいい。


フローレス島でなぜ昔から歓迎の文化があるのかも気になる。

そしてそれを自由都市が容認している理由も。

ここは、ぜひ訪れるべきだろう。


皆にも確認をとる。


風の谷、自由都市、フローレス島。


どちらもここから南、十字路宿を経由する。

旅の目的地は決まった。

だが、まだ決めなければいけないことがある。


みけを旅に連れるのかどうかだ。


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【大陸地図】

※Twitter画像の直リンクになります。


https://twitter.com/59y3V4wOhXEhsGW/status/1225033410361491462/photo/1

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