第二部 この世界を変えるために
第84話 「転換点」
みけの救出からたっぷり半年が過ぎた。
特殊な依頼を請けたり、
季節は春で、夜もだんだん冷え込みがやさしくなってきた。
夜の
王都での暮らしも慣れてきたもので、近道や裏道にもずいぶん詳しくなった。
いつもの宿に帰るには、ここの角を曲がったほうが早い。
……そうして、角の先、その街灯に。
小さな人影が助けを求めるように揺れていた。
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久々に「同郷人」を見た。
すでに殺処分は終わったあとのようで、吊り下げられボロボロだった。年端もいかない少女だった。
ぴとん、ぴとんと真っ赤な血が彼女の足元から地面へ垂れているところをみるに、殺されてまだあまり時間は経っていないのだろう。
首に木の札をかけられ、その札にはいろいろと愉快な言葉が並んでいた。
げらげらとその傍らで若者たちが下品な話題で盛り上がっている。
少女の足元には、赤以外のなにかも混じっていた。
しばらく少女の遺体を眺める。
若者たちが去り、人通りも絶えたところでこっそりと彼女を火葬した。
宿の自室に戻る。
殺された少女を想う。彼女が殺されるべき正当な理由はなんだったのか。吊るされ笑われる理由はなんだったのか。
モノのように扱われれるべき理由はなんだったのか。
悲観と諦観が混じった感情がぐるぐるととぐろを巻き、しばらくすると別な感情が沸いてきた。
……そうだ。
彼女の無念に応えなければならない、彼女の死の対価を払わせなければならない。
あの若者たちの顔は覚えている。どこそこの酒場で祝杯だ!という言葉も覚えている。
街中で騒ぎを起こすことになるが、素早く片付けて立ち去れば、捕まることもないだろう。
今の自分の実力からすれば、そう難しいことでもない。
ドアに手をかけたところで、キィッ、むこうからドアが開いた。
イリムだった。
「……師匠?」と首をかしげるイリム。
なんだか、あの街の……と言いかけてハッ、とした顔をする。
「なにがありました!?」
ガッ、と両肩を強い力で掴まれる。
痛みが走る……が、不思議と不快感は覚えなかった。
俺はぽつぽつとさきほどのことを話す。殺された同郷人、笑う若者たち、火葬のこと。
話し終えると、しばらく沈黙が続く。
「……それで師匠は、
「わかるのか」
「あんな怖い顔してたらだれでもわかりますよ」
「そっか」
「どうですか、今からでも行きますか?」
どうだろう。
瞬間的な熱はもうずいぶん冷めているが、あの少女の無残な姿は目に焼き付いている。
ただただ、虚しかった。
「……この世界ではですね」とイリム。なにかとても言いづらいことを貯め込むような表情だ。
「まれびとには、なにをしてもいいそうです」
「…………。」
「この国の法では、侵略者であるまれびとへのいかなる行為も認めています。結果殺害にいたるならなんでもいいそうです」
「…………そっか」
「だから、この国の法でいえば、その若者たちは『無罪』です。
彼らを正当な理由なく殺せば『有罪』です」
そうだな。
「私は、師匠に死んでほしくないです」
手を握られる。温かい。
虚しさがほんのすこしだけ癒やされる。
「……どうすればいいんだろう」
自然、呟く。
この世界の
嬉々として殺すのだろう。ついでに日々の
俺が
「助けましょう」
力強く、そう呟く。
「最初はできる範囲でいいです。手が届くところ、目の届くところから助けましょう」
少しづつしかできなくても。
「そしていずれ、この世界の
彼ら彼女らが殺されることのないように。
「それを目標にしてはどうですか?」と。
やはりイリムは、自分にとって師匠だった。
後日、カシスに今後の方針を話す。
冒険者生活で日銭と経験を稼ぎつつ、助けられる範囲のまれびとは助ける。
そして力をつけ、いずれこの世界の常識を変えてみせる、と。
カシスはじっ……とこちらの目を見つめてくる。まるで射るかのようだ。
しばらくして「本気なの?」と聞いてきた。
「まあな……いろいろ危険はあると思うけど」
「……そう」
カシスは言った。
この世界で私たちが生きていくには感傷にすぎる、アマアマな考えだ。
私は二年、この世界で生き抜いたが、そういう甘さを排除したからこそ生き延びた。
あんたなんかより、はるかに多くのまれびとの死を見てきた。
諦めたほうが楽になる。
……彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「イリムちゃんは、どうなの」
「私は、師匠やカシスさんが大好きです。
だから、あなたたちがしたいことを手伝います」
にっこりと、お日様のような笑顔を俺たちにむける。
「……そう」
呟いて、カシスはえへへ、と普段見せないような子供っぽい笑い声を上げた。
「そっか、やっぱりイリムちゃんには敵わないね」
しばらく黙ったあと、ふぅー、とカシスは深呼吸し、
「わかった……できる限り、協力してあげる」
そう口にした。
同郷人であるカシスは賛成してくれた。
そして……ここからが本番だ。
まれびとでなく、この世界の住人である仲間の賛成を得なければならない。
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