王都小話 「イリムの誕生日」
冬の寒さも一段落し、日に日に暖かくなってきた。
まえの世界でいう3月ごろ。
そう……明後日は俺がこの世界に来た日であり、明日はイリムの誕生日だ。
「……と、いうわけでみんなにも協力願いたい」
「えーと、ドッキリ?」とJK。
「そうなるね」
「……趣味わりーなまれびとの世界は……ふつうに祝えばいいじゃん……」
「えーと、日本だとやる人は少ないわよ。このおっさんの感覚が古いだけで」
「マジか」
ドッキリは欧米式か。
でも楽しそうでいいじゃないか。
アルマはむしろ乗り気で「花火を用意しておきましょう」と。
そうだよね、イタズラとか好きそうだもんね。
ちょくちょくアルマにやられた『突然現れる』は絶対楽しんでたんだと思うし。
「誕生日かぁー」
「ザリードゥも頼むよ」
「いいけどよ。けどウチの誕生祝いとはずいぶん違うんだなぁ」
「へえ」
「俺っちの部族では、誕生日は大人と認められるための挑戦の日だったなぁ」
「ふむふむ」
「その日に戦士団の誰かを指名して、決闘で勝てれば大人の仲間入りをする。
だから誕生日まえは血気だった兄さんばかりだったぜ」
成人式も兼ねてるのか……。
バンジージャンプさせる文化とかに似てるな。
と、そういやザリードゥの故郷は……。
「師匠。そのすぐ顔にでるクセ直したほうがいいぜ」
「……いや、すまん」
「まあ、祝えるやつは祝っとこう。そうだな」
「助かるよ」
その後
しかしユーミルによると完全無視はマズイそうだ。
この世界に誕生日サプライズの文化はないらしく、本気でショックを受ける可能性があると。
「……ぼろぼろ泣かれても師匠が責任とれよー」
「あっ、それは想像するだけでキツイわ」
やはり世界が違うと文化も違うな。
気をつけねば。
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次の日、誕生日当日である。
宿のカウンターで待っているとトントントンと階段から足音。
「おはようイリム!」
「――わっ……なんだか元気ですね師匠?」
「そうか?」
「そうですよ」
出だしから失敗したか……まあいい。
起き抜けは頭の回転がにぶいというし大丈夫だろう。
「ところでイリムは今日は用事あるか?」
「依頼は特には……なんですか」
にこにこキラキラとした瞳をこちらにむける。
こう見るととても戦いのときの暴れっぷりが想像できんな。
「近くでいい店を見つけたからさ、イリムもどうかなって」
「――――!」
イリムがびっくりした顔で固まっている。
そんなに変な提案だろうか?
今までも食堂や店巡りはしているんだが……。
「どう?」
「えっ、えっとですね……いいですよ、ハイ」
顔をふせもじもじと応えるイリム。
なんか昨日変なもんでも食ったのだろうか。
「軽く朝食入れてからにする?」
「いえ! いますぐ行きましょう!」
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「師匠……意外でしたよフヌケの師匠がこんなに大胆だなんて……見直しました!」
「あ、そう」
「じゃあさっそく腕を組みましょうか!」
「えーと……わかりました」
いつもだったら恥ずかしいのでご遠慮するところだが今日は特別な日なのでいうとおりにする。
しかし途中、何度か通りがかった人にジロジロ見られた。
……誘拐犯かなにかだと思われてはいないだろうか。
衛兵にスタップされないよう祈っておく。
しばらく歩き冒険者ギルドの横もすぎ、商店通り手前。
最近見つけた小洒落た食堂である。
お値段はそれなりだが肩肘張った風でもなく、明るく開放的な雰囲気の店だ。
「おおっ、師匠にしてはオサレなお店ですね!」
また変な言葉おぼえてるな。
これは俺の影響なのか、カシスの影響なのか。
最近はどちらのせいかわからなくなってきた。
席に付き、軽食をいくつかオーダー。
そしてよく冷えたトマト(見た目も味もそうとしか言えない)ジュースと、同じくよく冷えたウォッカを注文する。
「師匠……朝からお酒ですか……その」
なんだかイリムがもじもじしている。
「ああ、アメリカだとな……」
「今日は積極的ですね」
「うん?」
まあいいか。
さすがお高めのお店とあってサービスが早い。
さっそく提供されたトマトジュースとウォッカをまぜまぜし、ついで提供された軽食の付け合せである唐辛子(だと思う)も混ぜ込む。
ひとくち味見……ん、まあ即興ではこんなもんか。
それをふたつのコップに分け、イリムに片方差しだす。
「はい、お嬢さん。お手製のブラッディマリーとなります」
「えーっと、はい。ありがとうございます!」
はっしとイリムがコップをつかむ。
「乾杯!」
「はい!」
木製のコップのため、すこし派手に打ち鳴らす。
中身がすこしこぼれるがそんなこと冒険者は気にしない。
「――わっ、これおいしいですよ師匠!」
「さっぱりしてるだろ」
「はい、師匠は天才ですね! 酒場のマスターにもなれますよ!」
「まあ、いずれそういうのもアリかもね」
「そのときは私も……」
「あっ、この肉うめえな!」
アメリカの観光地のレストランなんかだと、ブラッディマリーはドリンクの定番だ。
そしてアメリカ人は肉大好き。
自然、このカクテルとお肉の相性も抜群なのだ。
「イリムもこれ、この肉かなりウマイぞ」
「……ええと、お肉ですね……」
いつもだったら焼き肉には飛びつくだろうに。
なんか今日のイリムは変だな。
顔赤いし。
もじもじしてるし。
ああ、そうだな。
そろそろプレゼント第一弾だ。
ドッキリ作戦としてはかなり甘々の
まず軽い歓迎やプレゼントでそこそこお祝いし、宿に帰ったら本命のパーティやプレゼント。
がっかりからサプライズじゃなくて、プチサプライズからビッグサプライズ。
ずーっと楽しい気分になってもらう。
今日の主役はイリムなのだ。
今ごろ、宿ではみんなで準備してくれている。
軽いプレゼントはすでに昨日用意した。
お菓子なんかがいいだろうと商店通りをウロウロした。
……甘味はほんと蜂蜜か
しかもなかなかにお高い。
が、奮発して瓶入りの蜂蜜にした。
「……これ、いつも頑張ってるイリムに」
「えっ……わっ、わっ」
やはりというか蜂蜜はどストライクだった。
「村ではお祭りのときぐらいしか食べられなかったんですよ!
いまちょっとだけ食べてもいいですか!?」
食べたばっかだろ……と言いかけたが、スイーツは別腹という話もあるしな。
この世界にたぶんフランスはないはずだが、フランスパンに似たようなものを薄くスライスしてカリカリに焼いたものがあったのでそれを注文する。
イリムは蜂蜜をとろりと瓶から小皿に移し、それをパンにひたしてから口に放りこむ。
「―――――――!!」
そりゃもう、見てるこっちのほうが嬉しくなるような反応だ。
ぱくぱくぱくっと平らげると、すぐさま追加の蜂蜜を小皿に垂らす。パンを浸す。
このペースだとすぐなくなってしまうかな、と見ているとずいとパンをこちらに突き出してきた。
「師匠も、ささ! どうぞどうぞ!」
「や、これはありがたい」
おいしさを共有したいということだろう。
遠慮せずいただく。
「ほぉーー」
甘い。とても甘い。……そしてとても旨い。
なんだろう、昔はたかが蜂蜜ぐらいでここまで感動しなかったはずだが。
「どうですか!」ずい、とテーブルから身を乗り出して聞いてくる。
「いや、すごく旨いよ」
「でしょう!?」
考えてみればこの世界に来てから甘い物あんまり食べてないんだよね、高いから。
それと冒険者って要は肉体労働者だし、甘みは体が求めてるのかも。
……しかし、明らかに俺の知っている蜂蜜とは味の濃さというか深みが違う。花の香味がはっきりある。
この世界だと恐らくネイチャーでオーガニックでフェアトレードな製法の蜂蜜なのだろう。
そしてもちろんNON-GMOだ。
「師匠も気に入ってくれてよかった! また一緒に食べましょうね!」
そうして幸せのまま店を出たあと……。
明らかにイリムの様子がおかしい。
「……どどど、どこの宿にするんですか」
「宿?」
「だってその、そういうことでしょう!」
「どういうこと?」
「誕生日にお店に誘って、しかもお酒まで頼んで……その!」
「あっ、さすがに誕生日はバレたか」
「はい?」
「そうだな。宿に帰ろう。みんな待ってるぜ」
イリムの手を引く。
彼女は案の定ポカンとした顔で引かれるままだ。
ドッキリは大成功というわけだな。
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次から第二部に入ります!(`・ω・´)ゞ
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