王都小話 「指は4本、手首は返して」

「『石槍ストーンスピア』!!」


イリムの投じた術が唸りをあげて最後の魔物オークを貫いた。

王都から北東の穀倉地帯の村で、幾度も農作物を盗まれているという依頼。

俺はどうにか話し合いには……と思ったのだがこちらの世界のオークは完全に魔物であり、対話は不可能とのこと。

仕方なく、いつもの討伐依頼と相成った。


イリムの『石槍』はいまだに1本のままであった。

つまり並列想起はできていない。

槍、あるいは弓を同時に何本も……というのが想像できないからだ。

俺は銃の回転式弾倉シリンダーのイメージでそれをやっているが、この世界に回転式拳銃リボルバーはない。存在しないものの説明はとても難しい。


どうしたものかと思っていたら、うってつけの使い手がいた。

この依頼を一緒に請けた弓使いが、同時に3本射撃を行うトンデモ星人だったのである。


討伐依頼のあと、村のはずれで改めて彼の弓術を披露してもらう。


「カイランさん!さっきの技をもう一度お願いします」

「ああ……いいが矢代は払えよ」


褐色の大男がぐいっと弓を引く。

たしかに同時に3本、矢をつがえそのまま射撃。

矢はそれぞれ3つ、遠くの的へと別々に命中する。

さらに射撃。

こんどは1つの的に同時に命中。


「すごい命中精度だな」

「俺は矢を外したことはない」

「ええっ」

「なぜかは知らん。知り合いが言うには魔法らしいが俺は魔法使いではない」


ふーむ。

たしかこの世界ではシルシとかいうのが魔法を使うのに必要で、生まれつき持っていないといけないらしい。俺にはそのシルシとやらは判別できないのでわからないが、この人の弓術は魔法以外に考えられない。


さきのオーク退治でもパスパス3射をかましていたがいくつか軌道がおかしいものがあった。唸るようにカーブし敵を的確に貫いていた。


しかもすべて目を貫いていた。

彼は合計30本は矢を放っていたが、すべて目だった。

恐ろしい射撃精度である。

弓の腕がたしかなのは間違いないが、無自覚に魔法を使っているとしか思えない。


それと、イリムが前線にいようがお構いなしに矢を放つ。

最初はヒヤヒヤしたがまるでイリムを避けるように矢が進路を変えていく。

彼は、前線に戦士を放り込みながら火力を一切落とさない弓使いとして名を馳せていた。


「ほうほうほう、なるほど……ぐいっとですね!」

「指は4本、手首は外へ返せ」

「私の手の大きさだとムリですね……」

「おい師匠、この娘は弓使いになるのか?」

「魔法のイメージトレーニングだ」

「はあ……よくわからんな」


愛想はないが人付き合いは嫌いではないらしく、その後もイリムの質問に丁寧に答えていた。

しかし本当に矢を同時に撃つ人がいるとは。

まさか古代インドから転生してきたんだろうか。



それからしばらく後……半月ほどだろうか。

カイランの弓術のおかげでイリムが並列想起の習得に成功した。

いつもの河原でお披露目会である。


「見てください!師匠!!」

「おおぉ」


イリムが掲げる槍の先、中空に3つの石の槍が並んでいる。


「はああっ!」


乾坤一擲けんこんいってき、槍を正面に突き出し同時に『石槍』も射出される。

……てんでバラバラの方向に。


1本はすぐ手前の地面にぶっ刺さり、1本は空の彼方に。

そして残り1本ははるか左に逸れ、俺の足元に。


「…………てへ」

「てへじゃないよ!」


要練習であった。


------------


酒場でおごるのを条件に、再度弓使いカイランの世話になる。

いつもの河原に彼を招く。


「矢は放つ前からすでに当たっている。そう思い込め」

「ほうほう」

「そうすれば外れることもない」

「なるほど!」


彼の教えは俺には意味がわからなかったが、イリムには理解できたらしい。

さっそく練習に入る。

俺は安全のため、彼女の真後ろでカイランと待機。


「まさかああも容易く技を盗まれるとはな」

「その……まずかったか?」

「俺に魔法は使えん。別に構わん。俺だけの技というわけではないしな」


聞けば彼は西方諸国の【闘技都市】出身で、そこで武芸の技を磨いたらしい。

一部の適性あるものがあのインド式弓術を扱えるそうだ。


「闘技場……って、キツくないのか?」

「別に。今は人対人での殺しはご法度でずいぶん健全になった」

「でも見世物でクマとか、魔物と戦うんだろ」

「いちいち気にせん」


俺はある程度、大義名分たたかうりゆうがないと魔物といえどイヤだな。

つまり俺のメンタルでは闘技都市はムリそうだ。

観戦もご遠慮願いたい。


みればカイランは弓を構え、真上に一射、しばらくして正面に二射。

的として置いたカボチャに3本が同時に突き刺さる。


「こういう曲芸あそびを見せるだけのことも多い。お前が思うほど殺戮さつりく三昧でもない」

「そうか」


表情でバレてたか。

それからも何度かイリムの訓練に付き合ってもらい、そのたびに酒を奢り、そのたびにイリムの『石槍』の精度はみるみる上昇していった。

俺もまたひとり王都で友人ができたのでWin-Winである。

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