王都小話 「Bar ブラックロータス」

アルマには数え切れないほど世話になっている。


みけ救出のラトウィッジ家との戦い、その備え。

それ以前から数えても初のゴブリン退治、そこでもらった破格の指輪。

魔法職スペルユーザーとしての指南も幾度も。


彼女にほんの少しでも恩返しがしたいと、お高めのBarに招待をした。


ここは以前、カシスとこの世界に酸素はあるのか確かめるため、ガラス製の酒器が提供される高級店として訪れた。

店名は【ブラックロータス】

いかにもお金のかかりそうな名前だが、今日は気にしない。


「好きに頼んでくれ」

「あらあら、本当にいいんですか?」


小さめの丸テーブルを挟んでふたりで席に着く。

椅子はしっかりとした革張りで安定感がある。

いつもの安宿とは大違いだ。


「師匠さんはこの世界のお酒には詳しいですか?」

「いや、あんまり」


アルマは「この世界の」を極めて小声で口にした。

耳元でささやきながらでもあったので他の客には聞こえまい。

その時すこし緊張してしまったのは内緒だ。


「ではベネディクトの赤ワインとエール。

 交易都市産の王侯の酒ブランデーを。

 食事はお任せしますわ」


アルマが注文した酒はなんというか、当たり前というか。

なかなかの上等品であった。

お値段もきちんとする。


しかし、俺のお財布事情と、アルマに礼がしたいという気持ちプライドが釣り合う絶妙なお値段だった。


「乾杯」

「ええ」


グラスを持ち上げ、同じ高さで持ち上げる。

上品なほうの乾杯である。


一口呑むと思わずほう……と言葉が漏れる。

味が深く濃厚、木の渋みもある。


「樽で眠らせたワインか」

「ええ、わかりますか」

「故郷にもこういうのが……ね」

「へえ……師匠さん、なかなか博識ですわね。

 もう少しお話を聞いても?」


ずい、とアルマが席をすべらせすぐ真横へ。

ずいぶん積極的だな。

まあ錬金術師であるアルマはいわば学者だ。

知識にたいして貪欲なのだろう。

……腕が触れ合う近さなのはどうかと思うけども。


そうして注文した3杯に加え、追加で2杯。

アルマにアレはコレはと語りに入っている俺がいた。


Barで女に酒のウンチク語るやつってダセーなと陰で笑っていたが、まあ……やっちゃうよね実際。


アルマもニコニコ聞いているし、いや社交辞令かもしれないけど……。


「師匠さん」

「あ、なんだ。

 ……いやすまない、退屈だったか?」

「いえいえ。師匠さんのお話でしたらなんでも興味深いですよ」

「えっ、そうか」


話し上手な自覚はまったくないのだが、褒められるのはうれしい。


「少し気になったのです」

「ああ」

「あちらの世界のモノを語る師匠さんは楽しそうでした。

 ……未練はないんですか?

 例えば、いつか帰りたいとか」

「……うーん」


そういえば樹海にいたころは思っていた気がする。

最近はいま言われて思い出したぐらいだ。


「この世界のほうが、俺にとって大事なものが多くなったんだと思う」

「……へえ」

「それに大事な人かな」

「イリムちゃんですか」

「えっ!」

「そうでしょう。あなたを見ていればわかりますわ」


「いやまあ、ある事件のとき、すげえ助けられたんだ。

 2回、命を救ってもらったと言っていい。

 1回目は物理的に。

 2回目は精神的に。

 だからあいつは特別」

「……ふうん……そうですか」


「でもそれは仲間も同じだ。

 何度も一緒に死線を越えて、協力して。

 かけがえのないものになってる」

「私もですか?」

「もちろん」


「それに、なにより。

 俺やカシスを受け入れてくれたのは本当に感謝してる。

 ……ありがとう」


ペコリと頭を下げる。

そういえばアルマに対しては、きちんとまれびとであることの話はしていなかった。

気付かれていたから、なし崩しになっていた。

もっと前からきちんと礼をいうべきだったな。


「師匠さん」

「なに?」

「師匠さんは酔うとマジメになるタイプでしたのね」

「まあ、大はしゃぎするタイプではないな」

「……ふう、計算違いですわ」

「なんか言った?」

「いえいえ、なんでもありません」


なんだかアルマは機嫌がいいんだか、わるいんだかだった。

女心は空模様とか言うしな。


と俺が思案しているとBarの扉が開き、薄暗い店内にサッと光が射し込む。

そこにあらわれたふたつの影はカシスとユーミルだった。


「……よー師匠、なんだアルマもいるじゃねーか」

「わっ、ユーミル。まずかったんじゃない?」


カシスは邪魔しちゃ悪いよとかなんとか言っているが、ユーミルは気にせずズカズカこちらのテーブルへ。


「よっ」


と狭い丸テーブルに詰めてくる。

カシスもやれやれといった感じでこちらへ。


「そうそう。ユーミルさん。

 実は錬金反応と精霊、霊魂の融和に関することでちょっとお話が……」

「……おおっ、やっぱなー。そこで詰まるよな……」


アルマはユーミルを連れカウンター席へ。

俺は置いてけぼりをくらいポカンとしたが、空いた席へカシスが。

カシスはいつだかのブドウジュースを注文し、こちらへ話をむける。


「ずいぶん積極的じゃない?」

「まあ、世話になってるからな」


「それだけ?」

「それだけだよ」

「……ふうん」

「なんだよ」

「アルマ、すごい綺麗だからね。そういう下心もあるでしょ?」

「うーん」


どうなんだろう。

今日はもちろん、恩返しのつもりでここに奢りにきた。

しかし、そういう気持ちがまったくないかというと……。


「大人同士だし、お似合いじゃない?」

「そうか?」


彼女の年齢知らんのだけど。

見た目で歳がわかりにくいんだよね、彼女。


「異世界飛んでヒロイン見つけてって定番じゃない」

「ううむ」


それならもっとイージーモードというか俺たちへの当たりがいい世界にして欲しかった。

そういう世界ならすぐにでも、そんな気分になってただろう。


「オマエはどうなんだよ」

「えっ?」

「そーゆーフワフワした話」

「別にアンタでもいいんだけどさ」

「へー」


……うん?

…………ううん?

………………ええと。


「いやいやいやいや……マジで?」

「ちょっとそんな食いつかないでよ気持ち悪い」


先の言葉のわりに本気でキモがられている。

まあそりゃそうだろうが。


「悪かないけどさ、ってぐらいよ。それにやっぱムリ」

「ふむ」

「アンタ、いくつよ?」

「まあふつうに社会人だ」

「……ほら。

 JKと社会人が付き合ったりしてたらむこうじゃ犯罪でしょ」

「まあな」

「私は、ルールはちゃんと守るつもり。

 異世界だろうがなんだろうが、私は私。

 本当なら今ごろ高校で青春生活なの」

「そうだな」


ぐいっ、とカシスがブドウジュースをあおる。

そういえばこいつは、きちんと日本の法律ルールどおり、飲酒は一度もしてない。

素直に、偉いなと思う。

俺がこいつと同じ歳なら、自暴自棄になってここは日本じゃねーよとヤケ酒アル中コースだったに違いない。

そういう弱さにこいつは逃げなかったんだ。


「あのさ」

「なんだ?」

「アンタが高校の時を思い出して答えてくれる?」

「ああ」

「私って、モテたかな?」

「ぶはっ!」


思わず笑ってしまった。

彼女には失礼だろうけど、ほんと素直に笑いがでた。

等身大のカシスが見れたようで嬉しかった。


「なによ……クソ、言わなきゃよかった」

「いや、違う。違うって」

「なによ!」

「下駄箱かロッカーに、たぶん5人ぐらいは挑戦者チャレンジャーがいたよ。

 それは保証する」

「……そう?」

「まあ俺が高校生だったらって仮定の話だけどな」

「……ふーん」


そうだ。

そういうことだけを考えていればよかったのが本来の彼女の生活だったのだ。

こんな、危険ばかりで何かを殺したり殺されそうになったり。

ファンタジーな生活とは無縁だったのだ。


うん。

そうだ。

そうだな。

前に決めた4番めの旅の目的を思い起こす。


カシスを故郷に帰すという目的を。

いつか、必ず、叶えてやりたい。

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