王都小話 「ザリードゥの過去語り」

久しぶりに、野外の依頼を請けた。

北の砦と王都の中間あたりには丘がいくつも広がっているのだが、そこにトロールが3体まとまって棲みついた。

なんとか退治してほしいと。

砦が近いのだから軍が……とも思うが丘は起伏にとみ、あまり軍隊向きの地形ではない。


他の連中が別件で出払っているしなんとかなるだろうという事でイリムとザリードゥの3人で引き受けた。

黒森の防衛戦で森トロールは何体も仕留めているので、依頼自体はなんなくクリア。

イリムの鼻は今回もとても役に立った。

匂いにだいぶゲンナリしてたけどね。

そういえば黒森の魔物は一切匂いがなかったな。

やはり正常な生物ではないように思う。


久々の野宿。

焚き火を眺め、ザリードゥに前から疑問に思っていたことを聞いてみる。



「ザリードゥはさ、この世界の神様をあんまり信じてないんだろ」

「んー……まあな」

「なのに高度な奇跡が起こせる。なぜなんだ?」


なんども彼の治癒に助けられた。

その奇跡を身をもって知った。

なのに、彼自身は神をあまり信じていないのだという。


「……そうだなぁ」


ザリードゥは焚き火を木の棒でいじりながら呟く。

「ま、師匠たちはとびきりの秘密を喋ってくれたし、いいかな」


彼にはまれびとであることを打ち明けた。

彼はそれを受け入れてくれた。

……本当に、有り難かった。


「俺っちの村はさ、人間にやられちまったんだよね」

「――えっ……」


「人間の、傭兵団だ。

 場所や時期が悪かったんだろうよ。

 混乱に加担してる側のトカゲ族だと間違えられて、いっきにダーッと皆殺しさ」


「あっという間さ。言い訳したり逃げたりする暇なんざありゃしねぇ。

 ありゃあ見事なもんだね」


どこか、自分から遠く離れたことのように彼は言った。


「おやじもおふくろも、それから妹も弟も、みんなみんな死んじまってさ。

 俺っちも腹に穴開けられてさ」


「それから半日ぐらい、ずっと呻いたり泣いたりしてた。

 腹は痛えしみんな死んじまうし、わけがわからなかった」


焚き火がバチリと静かに音を立てる。

イリムはとても悲しい顔で、ザリードゥの話を聞いている。

たぶん、残してきた家族、特に妹のミレイちゃんに当てはめているのだろう。


「次の日は、ひたすら神様だかなんだかに怒ってたな。もちろん傭兵の連中にも。

 ひたすら一日中さ。

 とにかく、怒りで頭がおかしくなりそうだった」


「そんで次の日。

 腹の傷がとうとう限界だったんだろうな。

 むちゃくちゃ痛みだして、手を触れればグジュグジュで、うじも湧いてて」


「子供ながらに、ああ、終わりだと思った」

「………………」


「そしたら、ま、現金なもんさ。

 いままで怒って恨んで、さんざん罵詈雑言あびせてた相手に命乞い。

 神様助けてくれ、痛いのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。どうか助けてくれ……ってな具合さ」


「……もしかして、そこで?」

つい、言葉を挟む。

悲惨な自身の過去を、淡々と語る彼の姿に耐えられなかったのかもしれない。


「そうだな。

 腹に手を当てて延々と無様に助けを乞うてたらいつのまにか痛みはすっかり消えていた。腹の傷もふさがっていた」

「……そうか」


「だから、俺っちはそこで神様に助けてもらったわけだ。

 でも、もし本当に神様がいるならなんでおやじもおふくろも、妹も弟も殺されなきゃならない?

 ……そんなの、わかるはずがねぇよ」


わかるはずがない。確かにそうだ。

ザリードゥを助けたのは奇跡の力、神の御業だ。

ギリギリの状況で彼を助け、命をつなぎ、だからこうして今彼と語らうことができる。


……しかし、彼の家族が助かることはなかったのだ。


元の世界ではどうだったろう。

宗教はあった。

それを事実としている人も大勢いた。

そのうえで歴史が紡がれていった。

いろいろな歴史が。


だが、科学的にいえば存在する可能性はとても低かった。

控えめにいって、幽霊と同じようにいるかいないかではなく、信じるか信じないかという存在だった。

……この世界ではどうなのだろう。


「――でも、」とイリムが口を開く。

「ザリードゥさんが助かってよかったです。その時死なないでよかったです」


バチリ、とまた焚き火が爆ぜる。

それを眺めていたザリードゥは「そっか」と呟き、イリムの瞳を真っ直ぐに見つめる。そして笑う。


「そうだな。

 イリムがたぶん一番正解だ。世の中シンプルじゃないといけねぇや」

こちらに顔を向けてくる。


「師匠みてぇにうじうじウダウダ考えてたらいっきにジジイに老け込んじまうわな」

ははっ、と乾いた笑いで返す。


「ん、……ま、その後は孤児になって、流れに流れて、いろいろやった。

 そのうち少し実力つけ始めたら傭兵にもなってみた。

 人間同士のくだらねェ戦に参加して、鬱憤を晴らしたかったんだろうな。

 たくさん殺したし、同じくらい殺されそうになった。

 ひたすらそういう生活を続けてわかったんだが……」


ザリードゥが焚き火を枝で突く。

パッ、と火の粉が舞う。

当たり前の現象として。


「俺っちの村の、ああいうことは、いくらでも起きる。そこらじゅうで起きる。いつまでも起きる。たぶん永遠に」

飽き飽きしてくるよな、と。


「だから、悲劇の主人公きどりはやめた。いろいろ考えるのはやめた」


「神様はたぶんいるだろうが、それは全知全能でも万能でもない。信用できる奴でもない。みんなをみんな救ったり、困ってる奴をぜんぶ助けたりとかももちろんない」


「だが、奇跡はすげぇ役に立つ。

 それでいい。それ以外に意味なんてない」


独り言のようにザリードゥは言った。


……どうなのだろう。

あの後なんとなくお開きになり、寝袋にくるまりながら考える。

ザリードゥと出会ってからこれまでを考える。


彼は、道中で出会った困っている人は必ず助けるし、怪我があるならその治癒の奇跡を惜しみなく行使する。

彼が奇跡をある日突然授かったのは、本当に意味がないのだろうか。

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