王都小話 「ユーミルさんの盾太郎」

いつもの宿である。

呪い師カースメーカーであり死霊術師ネクロマンサーであるユーミルはだぼだぼのローブの下に隠した鎖に霊を憑かせて、それを自在に操る。

ただの鎖以外にも、先端にトラバサミが付いたもの、三日月型の刃が付いたものなどを見たことがある。


特に刃付きは強烈で、下級の魔物などが文字通り一刀両断される場面を何度か目にして軽くトラウマになった。

鎖で動きを捕らえ、三日月刃ギロチンを上から叩き落とす、というのが彼女の必殺技だ。


とても重そうなあの刃付きの鎖を、彼女は背中の盾の中に格納しているようなのだが……。


「ユーミル、ちょっと盾見せてくれない?」

「……ほい」


彼女はくるりとその場で回転し、背中をむけてくる。


いつみてもすごい盾だ。表面には複雑怪奇な文様がならびとても禍々しい。

盾の裏には鎖がじゃらじゃらと巻かれ、それに挟まれるように三日月型の刃がある。


……なるほど、この盾の構造はヨーヨーに似ている。片方が分厚い円盾で、間に鎖を巻くスペースがあり、挟み込むように刃のスペース。

そして背中側は薄い金属の板だ。これをまとめて、学生鞄やランドセルのように背負っている。


「これ、重くないのか?」

「……なんと、重くないのです」


なんでだよ、と口にしかけたが、そうか。


「これもアレか。幽霊が取り憑いてるのか」

「……大正解」

と真顔で拍手をするユーミル。


「……いやぁ、いつもみんなが担いでくれて助かるね」


つまり、鎖がフワフワ浮くのと同じでこの盾もほとんど浮いているようなもんなのか。


「……試しに背負ってみる?……ほら……」


盾を下ろし、こちらへむけてくる。

俺のランドセル、代わりに背負え!と構える小学生男児のようなポーズだ。


「……じゃ、失礼します」と盾の背負いひもに腕を通す。

「よし」とユーミルが盾から手を離す。


とたん、凄まじい重量が俺の肩と背中を襲い、その場で潰れるように倒れ込んだ。

ドン!とマンガだったらでかでかと漫符が付きそうな音を立てて尻もちをつく。


「……ケツ打った……ケツ……痛い……痛くて割れる……」

ひぃーひぃーと涙がちょちょ切れる。


ユーミルは「やっぱダメかー」と呑気な声。

やっぱじゃねえよ、やっぱってなんだよ!


「……盾太郎はですね、野郎なんかに背負われるのはごめんだ、清らかな乙女以外は失せやがれ、……だってさ」

「この盾が!?」


盾が、というより盾に憑いた霊か。

こいつはセクハラ霊獣のユニコーンか。


ちなみに一角獣ユニコーンはとんだゲス野郎で、処女にしか心を許さず、処女にしかその背に乗ることを許さない。つまり処女以外お断りなひと昔前の勘違いオタクのような存在だ。


ケツ打ったりぎゃぎゃー騒いでいたからだろうか。

イリムやカシス、ザリードゥが2階から降りてきた。


「アンタたちなにしてんの?」


ユーミルの盾についての説明を皆にする。

とんだセクハラ盾で、ひどい目にあったと。


ふーん、と聞いていたカシスはしばらく黙ると、突然なにか閃いたかのように口にした。


「イリムちゃん、ちょっとこの盾背負ってみてくれる?」と迫真の表情で迫る。


イリムは頭に?、とクエスチョンマークを浮かべ「別にいいですけど」と答えた。


「カシスさん、セクハラですよ」

「……イリムちゃんにちょっかい出してないってアンタの言葉、100パー信じてるわけじゃないのよ。でも、これなら証明される!」


ぐっと拳を握りしめるカシス。


「あのーカシスさん、なんのことです?」

「気にしないでイリムちゃん。気にせずそれを背負いなさい。

 ……結果によっては、私たちの仲間がひとりこの世から消え去るかもしれないけど、それはそいつの自業自得よ」


ひでぇや。

だいたい、俺がこの世界に来る前のイリムの私生活は知らんのに。

それも俺の責任になるのか?


「よいしょ」とイリムはなんなく盾を背負う。


「不思議ですね、ほんとに軽いですよ師匠!」


なにが楽しいのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねるイリム。

そんなイリムを「よかったわねー」とほっこり眺めるカシス。


「……カシスさんや。

 人をコケにして、心が純粋なイリムも騙して、なにか悪いとは思いませんか?

 贖罪しょくざいとして、あなたも盾を背負ったらどうです」


と聖者の笑顔をむけると、カシスはオェッという顔をし、


「おっさんがJKにそんなこと言うの、冗談でもやめてくれない?

 アンタそれ元の世界だったらケーサツ行きよ」


ほほほ、こやつめぬかしよるわ。


ザリードゥが俺にも貸してくれ、と言うと一瞬ユーミルは怪訝な顔をしたが

「ま、苦しめばいい」と物騒なことを呟きながらそれを許可した。


こいつらの、たびたび喧嘩するのそろそろどうにかならんかな……。


ザリードゥはふん!と盾を背負うと、とたんに「こいつはやべぇ!」と叫ぶ。


彼の体格と筋力をしても思わず声を上げるほど重いのか。

……もしかして『加重』されてない?

鬼のような形相で呻き、プルプルと痙攣けいれんしている。

立っているだけ立派なもんだ。


「……あれー、どうしたの?

 ……力だけが自慢のザリードゥ君?

 こんなか弱い少女の荷物も満足に背負えないの?

 うわ、しょぼ……」


ユーミルがあおりに煽る。

やめなさいよ大人げない。


だがみえみえの挑発をうけたザリードゥは、くわっと目を見開き「つか…これぐらい……全然余裕だし……!」と吠える。

むっちゃプルプルしながら。


カシスはあほくさ、と呟き2階に引っ込み、イリムはがんばれー!とザリードゥを応援している。


ユーミルはにこにこニマニマ満面の邪悪な笑顔だ。

そしてザリードゥの苦悶の雄叫びが宿に響きわたった。


……いつもどおりの平和な日常である。

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