第77話 「みけくえすと」
すでに冒険者さんたちに救出されてから2週間。
朝は起きだした誰かと朝食をとり、その後はだいたい誰かしらが宿でぐだぐだしているのでそれに付き合う。
話をしたり、テディに曲芸をさせたり、最近はトランプでいろいろなルールで遊ぶことが多い。
特に師匠さんがくれたこのルールブックはすごい。
これをたったひとりで考えたラザラスさんはすごい人だ。
ものすごく頭がいいのだろう。
「うわっ!またミスった」
「ふふっ、次は私の番ですね」
今は師匠さんと神経衰弱で対戦している。
こういう1対1は、なんだっけ……タイマンというらしい。
師匠さんは本にも載ってない言葉をいろいろ使う。
きっと頭がいいのだろう。
「コレ、コレ。よし。……で次はコレで……」
「おいおいマジか。もしかして……」
私はこの神経衰弱という遊びがどうも得意らしい。
師匠さんと遊ぶといつも私が圧勝する。
今回も楽勝ですね。
「どんなもんです」
「いやいやいや、俺10枚なんだけど……」
「師匠さんは感覚で覚えてますよね。キチンと位置で覚えるんです」
「自分では後者のつもりだぞ」
「ふうん、そうですか」
「……ドヤ顔やな……」
今回はきっちり正方形に並べて対戦した。
あんまり好きじゃないけどぐしゃぐしゃに並べて対戦すると、師匠さんもそこそこいい勝負になる。
……一度も負けたことはないけど……と、ちょっとドヤってみる。
これは遊びだけど、アルマさんによると神経衰弱は
きっちりが得意だと魔術師タイプ、計算・論理型。
ぐしゃぐしゃが得意だと魔法使いタイプ、感覚・イメージ型。
この迷信を信じるなら私は魔術師タイプで、師匠さんは魔法使いタイプだ。
……けっこう当たってる、かな。
ちなみにアルマさんもきっちり型、
イリムさんはぐしゃぐしゃ型、
ユーミルのお姉ちゃんは……ん……。
最近、あの人をお姉ちゃんと言うとなにか、思い出しそうな気持ちになる。
なつかしくて、けれどかなしい気持ち。
私は記憶喪失で、たぶんそれは思い出したほうがいいんだろうけど。
すこし、こわい。
けど、あの人と接してると昔もこうしていたような気持ちになるので、昔の私と友達……なのは嘘じゃないはず。
「よっしゃ、次戦争やろうぜ戦争」
と師匠さんは早くもトランプを集めシャッフルしている。
戦争かあ……あれ私すきじゃない。
だってババ抜きもそうだけどほとんど運じゃない。
初めて遊んだババ抜きは思い出もあるし、7人で遊ぶのはみんなの反応が見れて楽しいけど。
それと大富豪という遊びはルールが凝っていて面白い。
でも師匠さんはルールブックにないものまでいろいろ追加しようとするのはどうなんだろう。
激しばだと片しばだの9リバースだの。
なんでも足せばおもしろくなるわけじゃないのに。
このまえは
私もアレはないと思う。
……と、そうだ。
「師匠さん、そろそろ私は散歩に行ってきます」
「……あっ、そう?じゃあ俺も訓練に行ってくるかな」
師匠さんはトランプをカウンターのはじっこに置くと、いつもの真っ黒な杖を突きつつ宿から出ていった。
裏路地とかは気をつけろよー、といつもの忠告を残して。
私は今悩んでいる。
今のこの状況を。
……そう、私はいまこの宿でタダ飯喰らいなのだ。
ラトウィッジのお金は手放したし、術式や魔導書はそう簡単に売れるものじゃない。
そもそも本は売りたくないし……。
今の私の宿代や食費はほとんど冒険者さんたちに出してもらっている。
朝はゆっくり起きても大丈夫で、昼は大好きな読書、たまに魔術の練習。
みんなは今まで遊べなかったぶん遊んでいろと言うけど……。
やっぱり申し訳ない。
「……よしっ!」
と席を立ち、前から考えていたコトを実行しよう。
私は、冒険者になる!
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「キミ、保護者の方はいるのかな?」
「……その、ええと……」
ダメでした。
どうやら子どもは許可がいるらしい。
できればみなさんには内緒にしておきたいので、とても困る。
肩にのったテディも悲しそうだ。
私がすごすごと受付から離れてしょんぼりしていると、女性から声をかけられた。
「――ミリエル?」
振り返ると若い女の人。
たぶんユーミルお姉ちゃんよりすこし上かな?
キレイな黒髪で、長い髪を豊かに肩下までおろし、途中からすこしウェーブになっている。
それに、青い……なんだっけ……そう群青色の服が映えている。
目つきがちょっと怖いけど……なんだか懐かしい気もする。
「そう、ラトウィッジから救出した私の噂は我が妹ですね。
……ミリエル、ユーミルは?」
「えーと……そのですね。私はみけなんです」
「?」
「ユーミルお姉ちゃんからもそう言われたんですけど……記憶がなくて」
「――――そう、」
すっ、と目の前の女性の左目が青く光る。まるで宝石みたいですこし驚く。
……あれが、『魔眼』かな。初めてみる。
「壊されているワケではない……と。いずれあなたが欲した時に戻りますよ」
「……そう、ですか」
ちょっとホッとする。今すぐ……というのはまだ嫌だし。
「それでミリエル、ユーミルはどこに?」
「ユーミルさんは河原で訓練ですね。たぶん師匠さんとイリムさんも一緒かと」
「……ありがと。ところであなた、冒険者登録を断られたのでしょう?」
「ええと、……はい」
「なんでしたら私が後見人というていで登録させましょうか?」
「えっ!いいんですか!?」
にこりと、女の人がほほ笑む。
なんだかやはり、この笑顔もみたことある……。
「昔……そうあなたも確か11でしょう。
あなたと同じ頃、同じように助けてもらったことがあるのです」
「へえー」
「ですからこれも何かの
……ほら、ついてきなさい」
スタスタと女の人は受付に向かう。
私も遅れないよう小走りであとにつづく。
「……今はまだ、見えない?」
「……そう、いずれ……この子にも……」
「……まあ、王国のはすべて滅ぼしましたし……」
とちいさくひとり言。
うーん……すこし変わった人なのかな。
登録はすんなりいき、はい、と銅板を渡される。
「…………えええっ!!」
「どうしたのですか?」
だって、あれは……一ツ星の証明書だ。一人前の証だ。
私は今日、冒険者になったばかりなのに!
「……懐かしくて、恩人のマネがしたくなりましてね。
私も最初からコレで始めましたよ、あなたと同じ歳に」
「……でも」
「ネビニラルの娘であるあなたなら、分不相応ということはないはずです」
「…………。」
「それにその
あなたはあなたの才能を正しく理解するべきです」
「……わかり、ました。その、」
「……礼はいいです。アリエルの代わりだとでも思っておきなさい」
「…………はい」
銅製のカード、冒険者証を受け取る。
私の手はすこし震えていた。
アリエルとは私の姉らしいのだけど、私は思い出せない。
いまどこにいるのかとかも、教えてもらっていない。
どこか遠くにいるのか……それとも……。
「それと……そうそう、コレを」
「?」
銀のきれいなブローチを渡される。
なんだろう?
「ずっと渡せなかったぶんの誕生日プレゼントです。
……あなたを守るお守りですよ」
「……ええと……ありがとうございます」
ペコリと頭を下げる。
こんなきれいなアクセサリを貰えるなんて。
「あとは……そう、ちょうどいいでしょう」
ずい、とこちらへ右手を差し出す。
なにか、なにかがこの手の内で動いているような……。
「あなた向きで、私好みでない霊をいくつか
……しっかり躾けてあるので大丈夫ですよ」
「ええっと……そうなんですか」
たしかに、いくつもの霊がこちらへ憑いてくるのがわかる。
みんな大人しく、やさしそうだ。
……ただ、どこか泣いているような雰囲気もある。
ユーミルさんのお姉ちゃんということは、この人も死霊術師だとは思っていたけど。
……これは、ラトウィッジよりもより強い、絶対に逆らえないような術式だ。
すこし、目の前の女性が怖くなる。
「あの、その……」
「ではミリエル、お達者で。……そうそう、しばらくは西方諸国には近づかないように。あとでユーミルにも話しておきますが、あなたにとって危険な存在が残っています。……そうですね、あと2年はダメですよ」
では、と受付に向かったときと同じように、こちらの返答を待たずスタスタと歩いて行ってしまった。
……なんだか風のようなひとだった。
でも、そうだ。
これで私も冒険者だ。
自分でお金を稼いで、みなさんの負担を減らすことができる。
お世話になりっぱなしではなくなる。
――よし!
私はさっそく、掲示板の前に立ち依頼書の群れをながめる。
……これだと思ったのはネコ探しの依頼。
危険もすくなく、街からもでない。
初心者冒険者にぴったりだ。
次は仲間だ。
一ツ星といっても子どもひとりでは信用されないかも。
どうしようか……とギルドの食堂を見渡すと、ひとりの男の人がこちらへ歩いてきた。
「オイオイ嬢ちゃんが冒険者か!初めての依頼かどれどれ……とネコ探しかいいねぇ!俺がついて行ってやるよ!ほら、急げ急げ!」
「わっ……わあっ!」
男の人は返答をまたず、依頼書と私の手を握り受付へ。
あっ、という間に依頼を請けてしまった。
ギルドをでて、道すがら互いに自己紹介。
この人はクラックさんといい、少しは前衛ができる盗賊さんだ。
「【鴉】ほどじゃないけどなぁ!」
「からすさん?」
でも、やはり冒険者の方々はみんな親切なんだ。
師匠さんたちもそうだし、このひとも。
……なんだかやたらにやにやしているのはちょっと気持ち悪いけど……。
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