第78話 「みけくえすと2」

いつもの河原。ユーミルも後ろで鎖の練習をしている。

巨大刃ギロチンを鎖と連結しブオンブオンとすごい音をさせ振り回している。

心臓によろしくない。

イリムは遠くの村まで走り込みだ。


……『熱杭ヒートパイル』はなかなか難航していた。

弾体タマの生成にすら至っていない。

やはりというか、なんというか。

【紅の導師】の術式、一筋縄ではいかないようだ。


今日は、『大火球』2個半までは固めることはできた。

しかしここからグッと難度が上がっている感覚がある。

まあ、ちょっとずつがんばろう。


「……うわ、師匠やべえぞ……」

「あん?」


ユーミルが明らかに動揺している。

彼女の鎖や盾も、ガタガタちゃりちゃりと震えている。

『視る』と、火精の様子もおかしい。


「……イカレ姉貴だよ、こっちに来てる!」


ユーミルの姉というと美男美女カップルで絶対逃げろのヤツだ。

なんでも殺されるだけでは済まないとか。


「まじか」

「今すぐ反対方向に死ぬ気で走れ!それから十分に迂回して宿に逃げ込め!

 ……いいか、部屋に鍵をかけて誰が声をかけても開けちゃダメだ!」

「誰でも!?」

「……ああ、そいつはもう本人じゃない可能性もある!

 いいな、私の声以外はニセモノだと思えよ!」


「わかった!!」


言われた通り全速力で駆ける。

死にものぐるいでユーミルの姉という、ほぼほぼ八尺様のようなモノから遠ざかる。

――俺はここで、死ぬわけにはいかない!


------------


依頼人は私より小さな女の子で、最近拾った子猫がいなくなってしまったらしい。

親には違うネコを拾ってこいと言われたけど、女の子は納得しなかった。

溜めていたお小遣いを握りしめ、ギルドに依頼をだした。


報酬は金貨1枚。

クラックさんは2割でいいといってくれたが、そこは譲れない。

こういうのはきちんとしないと。


「ここで遊んでいて……つーと」


クラックさんは路地裏の一角を丹念に調べてくれている。

さすが盗賊さんだ。

私がクラックさんに感心していると、後ろから声。


「オイそこのチビと盗人ぬすっと野郎!

 命が欲しかったら……ひぃぃぃいあああ!!」


路地裏で人相が悪い人に声をかけられたらコレをしろ、とユーミルさんに言われていた。

指差しの呪い、『恐怖フィアー

ほとんどのチンピラさんやゴロツキさんはこれだけで見逃してくれると。

こうかはばつぐんですね!


「……お、おう。助かったぜ……。

 つーか嬢ちゃん、だてに一ツ星じゃねえな……」

「どんなもんです」


とドヤってみる。

クラックさんは末恐ろしいなぁ……とぶつぶつ呟いているけどちょっとよく聞こえない。

私って、けっこうスゴイ?


「ま、嬢ちゃんが仕事したぶん、俺もキチンと役目を果たすぜ!

 たぶん痕跡から、ネコすけは地下だな」

「……地下、ですか」


この王国の地下にはひろくてふかいダンジョンがある。

絶対に入ってはいけない、とみんなに言われている。

……でも、私だっていつまでも子どもじゃないんだ!

もう冒険者なんだ!


「……行きましょう、クラックさん!

 なあに、なんどか地下なら入ったことがあります」

「おおっ、ほんとに天才少女かよ!じゃ、先導は俺がする、後ろは任せたぜ!」

「はい、その……ええと、私は天才少女ですからね!」


地下への階段をすすむ。

途中で暗くなってきたので『鬼火ウィスプ』を灯し、クラックさんの前方に置いておく。


「おっ、助かる」

「……いえいえ、いつもやっていることですので」

「しっかし青い明かりってのは慣れねえなぁ……」


階段を降りきると、丁字に通路が広がっていた。

クラックさんが地面をたしかめる。


「明かり、足せるか」

「はい」


『鬼火』を追加し、より通路が照らされる。

こうしてみると、ちょっと不気味だけど懐かしさもある。

地下に続く通路……そこで……お姉ちゃんが……、あれ?

みたことない光景がもやのように広がったが、すーっと消えてしまった。

…………あれは、もしかして……。


「よし、わかった。右だな。灯りはそのままで頼む」

「えっ……あ、はい」


そうだ。

今は依頼の最中で、ここは危険な地下遺跡だ。

ぼーっとしてる場合じゃない。

私はさきにすすむクラックさんのあとについていく。


―――――?


なにか、鳴き声が……

気付くと私は駆け出していた。

これはなんども聞いたことがある。

怖がっているときのネコの鳴き声。


……私が、呪いで追い払ってきた子たちもこんな声で泣いていた。

なんども、なんども泣かせて、追い払って。

わたしに寄ってきてくれた子を、なんども。


いまは違う。

いまは、わたしはラトウィッジじゃない。

アリスになんてならない。

だから、こんどは泣いている子を助けるんだ。


走ってすぐ、左手のドアから鳴き声。

ここだ!

ドアを開けると、部屋の奥で小さな子猫。

足を、怪我している。

待ってて、いま!


「あぶねぇぞ嬢ちゃん!!」


部屋に駆け込む私と、クラックさんの大声と。

右足が、なにかを踏み込む感触。


その直後、開け放たれた入り口に、ズドンと何かが落下した。

……鉄の……格子……。

なんどもなんどもみた。

ラトウィッジの地下牢で。

なんどあそこに閉じ込められたか。

なんどあそこで夜を過ごしたか。

……私は、その場にへなへなと座り込む。

足に力が……入らない……。


「やっちまったなぁ~嬢ちゃん。あ、でも鍵付き……しかも新しいな。

 ……チッ、まずい」


クラックさんもぎりぎり部屋の中。

そうして、足音がカツカツと通路に響いている。

誰かが、何人か、こちらへやってくる。

肩にのったテディは、必死に私の頭をなでている。

そうだ……立ち、立ち上がらないと。

でも力が入らない。


「よーし、まずは2匹か、上出来上出来」

「さっすがアニキっすね、冴えたやり方ってヤツっすか」


3人の男がニタニタと笑っている。

うちひとりが、あっと声を上げる。


「このガキです!魔法使いの!こいつに指さされたら魔法にかけられますよ親分!」


急いで呪いをかけようとするけど、術がなかなか組めない……。

頭が、心が、ぎゅうぎゅうだ。

でも、ここで……。


「おい娘」


とリーダーが石弓いしゆみを私にむける。

クラックさんが制止の声を上げるが、動くと私を撃つといわれどうしようもできない。


「妙な素振りを見せれば撃つ。キレイなお顔がグシャグシャになるぞ」


……どうしよう。

だんだんと落ち着いてきたけど、いま腕を動かせば撃たれてしまう。

なにか……なにか……。


テディがささやく気配がした。

声は聞こえないけど、私に任せて……と言っている気がする。


テディ……そうか。彼女には『霊動ポルターガイスト』をすこし与えている。

私の予想通りに使ってくれれば、なんとかなる。


彼女を信じる。

術の準備を終える。


――思い切り速く、私が腕を跳ね上げるのと、

相手の石弓がガクンと右に跳ねのけられるのと、

私の『呪い』が相手にかかるのと、

石弓が発射され右の男の肩に刺さるのと。


ぜんぶが一瞬のあいだに起こった。


「ぎゃあああああ!」

「ウッ……これ、は……眠い……」

「親分!?」


急いで、同じ呪いを左の男に。

次いで、肩を抑え苦しむ男には……『睡眠スリープ』はダメだ、『盲目ブラインド』で。

さらに『沈黙サイレンス』も重ねる。

私の呪いでは重ねがけは2枚まで。

でもこれで、相手を全員無力化できた……と思う。


テディにお礼をしておくけど、まさか刺さるようにするなんて……。

ちょっと危ない子だ。あそこまではしなくてもいいのに。


「おお……男3人転がしやがった……」

「…………。」


先のように、どんなもんですとはとても言えない。

私が駆け込んで、罠を踏んで……全部私のミスだ。


「……ごめんなさい、その……」

「んーまあ、……最初の冒険なんてこんなもんだ。

 失敗しないヤツなんていねぇよ」


ぐしぐしと頭を撫でられる。


ユーミルのお姉ちゃんや師匠さんと違って、ずいぶん乱暴で強い撫で方。

でも、このときは嫌だとは感じなかった。

まあ……せっかく結わえた髪がほつれるのは困ったけど。


「んじゃ、いよいよ盗賊さまの腕の見せ所だな!」


ウキウキとクラックさんは鉄格子にはまった鍵に飛びつく。

いくつも道具を広げ、なんだか楽しそうだ。

彼によるとなかなかの鍵らしく、すこし時間がかかるとのこと。


……じゃあ私の仕事は見張りだ。

眠り、盲目、沈黙の維持。

――なんど解けても、私が落としてあげますね。


------------


俺は今、宿の2階、自室に鍵をかけベッドで丸まっている。

八尺様よけにはコレがいいと聞いたことがある。

そして一番大事なのは、絶対にユーミル以外の声に応えないこと。

……お祖父ちゃんの声で呼ばれたりしたらもうアウトだ。

精神的に。


そうしてしばらく……1時間ぐらいだろうか。

そろそろユーミルが来てくれないと怖くて……。


「師匠ー、ちょっとみけちゃんがさー」


カシスの声だ。

ああ、……と返事をしかけ急いで口をふさぐ。

冷や汗がどっと吹きでる。


――ユーミルの言ったことが現実になった。

コレは、そう、恐らくカシスではない!


「ちょっと聞いてるー?」


カツカツと宿の階段を登る足音。

恐怖で俺はガタガタと震えだす。


「みけちゃんがいないんだけどー、アンタなんか知ってる?」


コンコンコン。

扉がノックされる。

やばいやばいやばいやばい!!


「だーかーらー、みけちゃんが……って……まさかアンタ……」


ガチャガチャ、ガチャ。

ドアノブが回される。壊れんばかりの勢いで。

ひいいいいい!!


「――おい、今すぐ鍵を開けろ!」

「ひぃぃぃいいいい!!」


ガンガンとドアを蹴りつける音。


「アンタやっぱり私が予想して危惧して警戒してたとおり、変質者ロリコンだったのね!!」


がちがちと、鍵がいじられる音。

なんと八尺様は解錠スキルまで取得している。

終わった!


「うわああああああ殺されるぅううううう!!」

「ええ、望み通りブチ殺してあげるから安心して!」


鍵は5秒と持たず開けられ、扉がバーンと蹴り開けられる。

俺は最後の抵抗として毛布に丸まる。


「――このクソムシがッ!」


ばっ、と最後の防壁が崩される。

壁の向こうにはカシスが立っていた。


「……ん?」

「……アレ?」


両者、狐につままれたような顔。

階下からは「おーい師匠、もう大丈夫だぞー」とユーミルの声。


惨劇は去ったのだ。

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