第75話 「ぴーすけ」

三者三様、女性陣がそれぞれ感激の声をもらす。


「こんなかわいいトカゲさんがいるなんて……」

「師匠!この子も名前を付けましょう」

「精霊の実体がこの眼で見れるとは……やはりあなたへの投資はムダではなかった……!」


カシス、ユーミルは別件の依頼を請けているのでいないが、戻ってきたら彼女らのコメントも聞けるのだろう。


俺はカウンターに腰掛けながら彼女らを見やる。

宿にひとつしかない丸テーブルに詰め寄り、その真ん中で丸まる真っ赤な物体を囲んでいる。


みけはひたすらかわいい、かわいいとそいつを撫で、

イリムはペットを貰った子どものようだ。

アルマは片眼鏡モノクルを付けたまま羊皮紙を広げ凄い速さでメモをとっている。


彼女らの興味を惹いているモノ、

それは真っ赤で太ったトカゲ様である。


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昨日の話である。


ジェレマイアの得意技、『熱杭ヒートパイル』を習得するため、いつも訓練に使っている河原へとやってきた。

昨日の夜、なんとか該当部分を読解しおおよその内容はつかめた。


あとは実践だ。

『熱杭』は、俺の弱点のひとつをカバーできるため、なにがなんでも物にしたい。


……しばらく練習を続けたが、なかなかカタチにはならなかった。

おおよそ『大火球』5発分をギュギュッと凝縮し、日記いわく炎を物質化マテリアライズしなければならない。術1本にこれだけの力、イメージを込めたことはなく、すべて途中で瓦解がかいしてしまった。


……たぶん、2発分も集められていないな。

コレの使い手は、コレを100発以上マシンガンのごとく乱射していた。

現代兵器に例えると、ロケットを個人で乱射しているようなものだ。

彼の死は、壁の防衛において大きな損失だろう。


まあ、『火弾』も最初は1本すらカタチにならなかった。

コツコツとやっていこう。

そうしてその日は、能力のギリギリまで火精を行使した。

最後の方は気晴らしに川の水面に『火葬インシネレイト』をMP切れになるまで噴射し続けた。

なぜか、精霊たちは嬉しそうだった。


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朝、にわとりの鳴き声で目を覚ます。

この世界にきて始めのころはなかなか起きることができず、目覚ましの不在を呪ったが今ではすんなり起きることができる。

人間慣れるものだ。

鶏も毎朝ありがとな。

そうして、目を擦りつつ体を起こすと、足元に真っ赤な物体が丸まっているのに気がついた。


「……?」


ネコ……にしては体が硬そうだ。鱗があるし、小さな羽もある。

しっぽが長いのは同じだが……。


「!」


がばりと飛び起き、急いでベッドから離れる。

部屋の反対側はザリードゥのスペースで、彼は鶏の雄叫びに負けずぐっすりと眠っている。

そいつのトカゲ頭を叩く。


「……んあ?なんだ……」

「おいザリードゥ、宿に魔物がいる」

「……んなわけ……」


と体を起こした彼も、俺のベッドに丸まる物体を発見した。

彼は急いで枕元の長剣を手にするが、闘気は発していない。


「殺意や攻撃性は感じねぇな」

「……そうなのか?」


改めて赤い物体を観察すると、その形態がわかってきた。

真っ赤な、羽のあるトカゲ。

あるいは太ったミニドラゴン。

ネコやイヌなど通常の動物でないのは確かだ。

……というか、もしかして。


『眼』を切り替え、精霊を視るモードに。

赤トカゲの体には、膨大な量の火精が詰まっている。

そして、彼らの中には群れのリーダーのようなヤツがいる。

それは、あの竜骨の前で、初めて精霊を励起れいきした時にいたヤツだった。

腹の傷を焼き、命を繋げてくれた、俺が一番の相棒のように思っていたヤツだ。


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「以前お話しした四大精霊の一角、【火蜥蜴サラマンダー】ですわね」


興奮した様子でアルマが告げる。

錬金術にとっても精霊というのは大事な要素らしく、実体化したモノをみれるのはとても意義のあることらしい。

すでにかなりの量のメモを取り、その間トカゲにセクハラまがいの行為もかましていた。

錬金術師アルケミストというか、研究者サイエンティストの探究心は恐ろしい。

それによるとコイツはオスらしい。


「精霊にオスとかメスがあるのか」

「精霊顕現けんげんの極地である真に偉大な竜エンシェントドラゴンにも雌雄しゆうはありますよ」

「ああ……なるほど。竜骨は爺さんだったな」


できれば美少女ドラゴンがよかった。


「師匠、そんなことより名前ですよ」

「そうです、テディのように素敵な名前を!」


少女ふたりはすでにペットモードだが、さてどうしたものか。

コイツはいちおう、俺に付いてきてくれている。

というかイリムの次に古い仲間といってもいい。

ペットというより相棒が近いな。


「じゃあ、ぴーすけで」


「ええっ……なんかかっこ悪いです」

「偉大なる精霊にそんな安直な名前はどうかと……」

「師匠はセンスないですね」


女性陣からは非難轟々ごうごうだ。

カウンターの俺のふたつ隣りに座るトカゲマンにも話を振る。


「ザリードゥはどうだ?」

「んあー、俺、そいつちょっと苦手だ」

「……そうなのか」

「苦手っつーか、眼が怖い。ゾクッとする」


オマエの眼も似たようなもんだが……同族嫌悪というやつだろうか。

まあ、嫌だというのにムリに引き込むこともない。

女性陣に再度話を振る。


「じゃあキミらはなんか候補あるの?」


「ポチなんてどうでしょう?」

とみけ。

ポチにみけじゃいよいよこの宿はペットショップになるのだが。

看板にわんわんわん!とか書いておくか。

そうするとSCPホラーだな。


「格式高くリンドブルムはいかがです?」

なんだかヨーロピアンな名前だ。

あと強そう。

今の見た目ではちょっと……。

もし巨大マックスしたらそっちの名前にしてやろう。


「内に秘めし凶暴性……紅き凶スカーレットイビルなんてどーです!」

あっこれカシスの影響だわ。

また妙ちきりんなネーミングセンス教えやがって。


仲間の意見も聞き、熟考に熟考を重ね決断を下した。


「じゃあこいつの主人である俺が最終決定をします。

 ……えー、ぴーすけに決まりました!」


ぱちぱちと手を叩く。

誰も拍手に参加してくれなかった。


「……ださい名前になりましたね……」

よほどショックだったのか、みけが普段なら使わないようなワードを口にする。


「いえ、略してぴーちゃんと呼べばいいのですよ!」

「おお、なるほど……それならなんかかわいいですね」


少女ふたりはキャッキャとなにかの合意に至った。

まあ、ぴーちゃんでもいいですよ、別に……。


「……リンドブルムはそんなにダメでしょうか」


アルマもくらくらとショックを受けている。

そんなに自信満々だったのね。


「いや、どちらかというとカッコよすぎるので」

「……そうですか」

「もしこいつがメガ進化したら考えます」

「……進化ってなんですの?」


ああ、この世界にまだ進化論はないのか。

小麦を二十日はつか置いておいたらネズミが発生する自然観なのね。


それからいくつかアルマと話をした。

まず、常にぴーすけを顕現けんげんさせているのはよくないということ。

実体化した精霊などまず話題になり、いらぬトラブルを引き込む可能性があると。

ひと目につかない場所や、もしもの緊急時ぐらいだと。


「それと、ぴーちゃんはかわいいですがソレ以上に、あなたの戦力になります」


アルマによるとぴーすけの体は大量の精霊力に満ちており、それだけで独立した燃料タンクであると。


例えば大雨の日や湿度の高い日などは、自然に存在する火精は少なくなる。

あるいは何らかの要因で周囲に精霊がいない場合もありえる。

そんな時、この連れ歩いているぴーすけは外付けのMPタンクになるのだ。


また、どこまで細かい命令ができるかはわからないが、一時的に火力を2倍にすることも可能かもしれないと。自由に移動する追加砲台になるわけか。


……なんか、偉大なる精霊とか言ったわりには考え方はずいぶん実利的だった。

そこはもう、研究者のサガなのかもしれない。


なんにしても、昔からの相棒が実体を得た。

しかも出し入れ……というか出し消え自由である。

これはもう、のけもんマスターになるしかないのでは。


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『かつて最強の最弱死神、ひとりの少女を死の宿命から守るため、かつての同胞達に叛逆します。』を次から短期連載します。


https://kakuyomu.jp/works/1177354054894590934


今作と同じ世界の、4年ほどまえの話です。

ユーミルの過去がわかったり、本編で退場してしまった人がでてきたり、この世界の秘密がすこし明かされたり。

いわゆるスピンオフですが、物は試しにと登録したファミ通文庫大賞の中間選考に通っていました。ご興味あればぜひ。


もちろん、あくまでサイドストーリーなのでメインは本作です。

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