第74話 「二ツ星」
いつもの宿の一室で、カシスにトランプ富豪のことを告げる。
彼女はたいして興味もなさそうにパラパラとルールブックをめくって一言。
「会ったことある」
「えっ?」
「で、二度と会いたくない。ほんと、軽蔑すべきクソジジイよ」
それきりルールブックを机に放り投げ、さっさと退室してしまった。
取り付く島もない。
……まあ、まれびとであるのは間違いないだろうし、機会があれば俺も会ってみるか。
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階下に降りると酒場のカウンターの上をテクテクとクマのぬいぐるみが歩いていた。いやいや……どういうことよ。
「なあユーミル、これはなにかの心霊現象か?ちゃんとお祓いしといてくれ」
「……さすがミリエルは優秀……師匠も褒めろよ」
「意味がわからんのだが」
見ると、カウンターにはみけ、イリム、アルマが座っている。カシスは自室か。
「師匠!みけちゃん凄いですよ、この子、みけちゃんのお友達だそうです」
「ええっと、ちょっと待ってね」
テクテクと歩くもこもこのクマ公は、昨日みけにプレゼントしたやつだ。
そして嬉しそうな顔でクマ公を応援しているみけ。
ラトウィッジは死霊術の家であり……、
「みけのお友達の霊が入って、動いてるのか」
「厳密には
それにみけさんの魔力で『
「……うーん」
それはやっていいことなのか?
「……私の術式を応用してみけに教えたら、すぐに覚えた。無茶苦茶優秀……」
「ちょっとお姉ちゃん、恥ずかしいですよ」
ユーミルはみけの頭をナデナデして上機嫌だ。
「ユーミルの術?」
「……わっ、やっぱ師匠はにぶいなー……私の盾太郎と鎖丸に気付かぬとは。
……こいつらも私の友達」
「なるほど」
ユーミルの鎖や
「みけ、中に入っているのは……」
「館で、唯一私のお友達になってくれた子です。話すこともできませんが、優しい子です」
「……ラトウィッジのやり方は強制と脅迫により死霊を縛る。だから、その子はミリエルにとって本当の持霊だ。ラトウィッジに関係のない……な」
ユーミルによるとみけの本来の家であるネビニラル家は、霊との対話に長けていたらしい。
荒れ狂い害をなす悪霊や、悲しみにくれ土地に縛られた地縛霊などを対話によって鎮め、可能であれば協力を仰ぐ。極めて善性の死霊術の家系である。
つまり、あのぬいぐるみに入っている霊はみけの本来のやり方に
「そっか、よかったな、みけ」
少女の頭をユーミルについでナデナデする。
……と、脇腹にぽこぽこと軽い衝撃。
見ると、カウンター脇に立つクマ助が俺の脇腹に必死にジャブをかましていた。
「これは?」
「わっ、ダメですよ」とみけがクマを抱える。
なにか彼なりに思うところがあったのだろうか。
「ところでそいつ、名前とか付けるの?」
「うーん、館ではこの子って呼んでいたので……」
「……
「みけちゃんはどうします?」
「……そうですね」
みんなでああだこうだ案を出し、結局みけが決めたテディと相成った。
テディだと男の子になるけど、どうやらみけによると女の子らしく、出会った時は年上だったが今では追い越してしまったと。
ちょっと……悲しいエピソードだな。
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その後、イリム、ザリードゥとともに冒険者ギルドへ。
今までの功績に、今回の貴族の遺体回収依頼の成功で、ランクの上昇が認められた。特に、黒森での防衛戦の功績について、オスマンからの強い推薦があったのが大きいそうだ。
受付にて、銅板のカードを返却し、新たにふたつ星が刻まれた銀板のカードを受け取る。これで晴れて二ツ星、中堅の仲間入りというわけだ。
カシスによるとペースが速すぎる、チートのおかげだと文句を言われたが……。しかし彼女も一年と少し、通常のペースからするとずいぶん速いほうだ。
通常は3~5年ぐらいで二ツ星になる者が多いらしい。
カシスやイリムは冒険者になるまえから訓練を積んでいたのでまあわかる。
しかし俺は火力バカの精霊術師。
しかもパーティメンバーに恵まれ依頼達成率が高い。
半分以上はラックで、ちょっと危うい気もする。
カシスの文句も肝に銘じておこう。
ちなみに、だいたいの冒険者は一ツ星止まりだ。
その時期に命を落としたり、限界を感じて引退をする者が多い。
比較的危険も少なく報酬もいい配達や護衛の依頼中心でまわす者も多い。
レベルは上がりにくいが、謙虚で堅実。
ふつうに考えるとそちらのほうが賢い生き方だと思う。
「ザリードゥは、ついに三ツ星ですね!」
「ああ、あんま取る気はなかったんだけどな」
トカゲマンの手には金色に輝く三ツ星のカード。
早くて5年、長くて一生と言われる上位冒険者の証だ。
「そういやザリードゥは冒険者になって何年なんだ?」
「ああ、そういや言ってなかったか。最初は傭兵で……12か13か。
そっから数えると11年ぐらいだな」
「……その、そんな頃から傭兵に?」
みけより少し上、ミレイちゃんより少し下。
とても戦いに出ていい年齢ではない。
「あーまあ、機会があったら話してやる。今日はめでてぇランクアップの日だ、湿っぽい話は似合わねぇ」
「……そうか」
彼がそう言うのであれば、そうなのだろう。
むこうから話してくれるまで待つことにする。
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オスマンさんからの推薦状で思い出したが、さきの依頼の最中はジェレマイアの日記の解読をあまり進められなかった。
宿の2階、みっつ並んだ中でも真ん中の女性メンバー部屋にやってきた。
カシスに加え、アルマにも協力してもらうという理由と、単純にカシスが男部屋は嫌だという理由である。
まあ、いいけどさ。
「……【紅の導師】の日記ですか。いったいどれだけの価値になるでしょうね。
好事家にしろ、魔術師にしろ……読めればの話ですけれど」
「英語はこの世界にない?」
「初めてみる文字ですわ」
アルマの器量なら俺とカシスで教えれば、すぐにでもカタコトには習得できるだろう。わからない単語に関しては、相変わらずお手上げだけど。
「……そういえば、識らない文字を読めるような魔法……例えば『解読』の魔法なんてのは、」
アルマに睨まれている。本当に、初めての経験で言葉が止まる。
しばらくこちらの表情を観察したあと、はあ、と大きなため息。
「当家がかつて誇った遺失魔術のひとつですわ。
あなたがたの世界に逃げ込んだ【詐欺師】に盗まれ失われましたけれど」
「ああ、そうか、それは残念だ」
「えっ、私たちの世界に逃げ込んだ……って?」
そうか、カシスは初耳か。
「私、フラメルの娘の祖がニコラ・フラメル。その祖の遺産を盗んで逃げたのが詐欺師サン・ジェルマンです」
「――ええっ、凄い!どちらも有名人よ」
「……えーっと、師匠さんは詐欺師のほうはご存知ないと」
「ああ、知らない」
「フラメルさんは賢者の石の人で、ジェルマンはだいぶ知名度落ちるからね」
ほう、実在の人か。
「やはり、我が祖が遥かに偉大でしたか。ちょっとカシスさん、少し詳しい話を」
「ええ、私の知ってる範囲ならね」
アルマとカシスはその詐欺師さんの話に入ってしまったので、そちらが終わるまでひとりで作業を進める。
今は、細かい読解は後回しにして、即効性……つまり即戦力になりそうな部分を探している。パラパラと羊皮紙のページを繰り、真ん中を過ぎたあたりで気になる記述を見つけた。
……火だの魔力だのをなんたらして物質……シェルを……壊す……。
ふたりの話も終わったのか、3人で同じページを覗き込む。
しばらく眺めていたカシスは、ページを繰り挿絵を指差した。
そこには細長い丸太に、メラメラとかボウボウとかの形容詞が付きそうなエフェクトが書き込んである。
これは……もしかして。
アルマがにこりとほほ笑む。
「【紅の導師】ジェレマイアの
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