第63話 「ヴィスレ・C・ラトウィッジ」

「あなた達ですか……みけの【お友達】は」


開口一番、老人はそう言った。

イリムがまた明日と約束をし、みけも応えたそのベンチに座りながら。


彼は禿頭とくとうの大きな鷲鼻わしばなの老人で、まるでオペラのような豪華な服装をしている。

血の気が薄く、乾燥した皮膚は剥がれかけた白蝋のようだ。

少なくとも80は越えているだろう。


「みけちゃんは今日は来れないんですか」

「近づくな穢らわしい!!」


イリムが一歩寄っただけで、老人は発狂したかのような金切り声を上げた。


「いいかッ! 下等で、醜い、蛮族が……私に近づくなッ!!」

「…………、」

「ハッ、言葉も解さぬか! まさに蛮族!下等!下郎!」

「イリム」


と罵倒され続けるイリムの体を引き、俺の後ろに下がらせる。

この醜悪な生き物の視線から彼女を守るように。


「すいません、スラムの子でして」


頭を深々と下げる。

路傍ろぼうの石かなにかを相手していると思いこむことで、なんとかこの行為ができた。


「お前は?」

「この子の後見人のようなものです。

 この子は、墓場でひとりたたずむみけさんをいい遊び相手だと思い、声をかけてしまったのです。お許しを」


「ふん……みけは友達としか言わんかったが、そういうことか。

 『強制ギアス』に耐えたのは多少気になるが、最近あいつは生意気じゃからの……まあよい」


石ころがなにか言っている。

『強制』というのが気になるが、それはあとでユーミルに聞いてみよう。


「そうじゃな……あの子はお前達下賤で無教養な者共からは想像ができぬほど高尚な学問を習っておる。そのためにはここでの瞑想は必要不可欠。どうか、彼女とひいては儂の邪魔をせんでほしい」

「……はい、肝に銘じます」

「みけに話しかけるな、近づくな。病気が感染る」

「……はい」


石のひとり言が終わった。

カツカツと、杖を突きつつこの場から去る。

無自覚に、並列想起の『火弾』を12発、弾倉シリンダーに叩き込んでいた。


……ギリギリのところで、とどまる。

冷静さを欠いていた。

今はまだアイツがクロと判明したわけではない。


……心では納得できなくとも、児童虐待の罪で殺してしまうのもダメだ。


そもそも倒せるのかもわからない。

倒せなかった場合、この広い墓地で死人使いネクロマンサーと戦うのは自殺に等しい。


老人が去ってじゅうぶんたった頃、ユーミルが墓地の端からやってくる。

さすがに、死霊術師ネクロマンサー同士はバレる危険性が高いそうだ。


「……どうだった?」

「冒険者だとはバレてなかった。こちらが探りを入れていることも」


「…………そんな……いや、そうなのか。

 ラトウィッジの術式に『強制ギアス』はない……?」


「ああ、それだ。気になったんだが『強制』に耐えたとかなんとか――」


呼吸が、止まった。

より正確には止められた。


あまりにも強烈な殺気。

それと、周囲の精霊が怯えている。

なにか異常なモノが、暴風のように周囲に吹き荒れていると告げてくる。


「……そう、わかった」


ユーミルは俺を押しのけ、どこかへ行こうとする。

まずい予感がして彼女の肩を掴み停止させる。


「なに?師匠もアイツの仲間? ……先に殺してやろっか、じゃ」


じゃらりと、鎖の鳴く音が聞こえる。

ぞりぞりと、大量にうごめき絡み合う金属音が、彼女のローブの内から。


「ユーミルさん!!」


イリムの大声。俺と彼女の間に割って入るように。


「今ここで飛び込んで、本当に勝てるんですか?」

「……関係ない」

「それで、あなたが死んだら、みけちゃんはどうなるんです?」

「…………。」


黙りこくるユーミル。


「さっきの『強制』の話を、お願いします」


強い意思を込めた声と瞳で、ユーミルに問う。

しばらく黙っていた彼女は、静かに問いに答えた。


強制ギアス』は、言葉どおり、なにかを強制する魔術である。

魂や精神を縛る、呪いに極めて近い魔術で、一方的にかけることができる。

誓約ゲッシュ』は同意が必要なのでそれの悪い版ということか。


今日この日、いつものベンチに老人が座っているのを見た瞬間、ユーミルはこちらのことがバレたと思ったそうだ。

『強制』で洗いざらい喋らされ、屋敷に探りをいれているやからがいると。

冒険者であることはみけに喋ってはいない。

だが、屋敷の守りが強くなる可能性は高い。


そして……この『強制』、逆らうことは可能らしい。

魂と精神を直接削り取る痛みに耐えられるのならば。


「仮に……中級の『強制』の場合……クソ……だめだ、やっぱ今から殺しに……」

「今すぐこの3人で行って、助けられるのならそうしましょう」

「……いや、ごめんな……イリム……」


ユーミルは呟くように口にした。

のこぎりで--を削がれるぐらいの痛みだと。


「……そっか。よしユーミル、今からいくか」

「だから、師匠も抑えてっ」


感情的で直情的なふたりを抑えるイリム。

しかし、内に秘めた激情は、俺たちに負けず劣らずであることは明白だった。


------------


次の日、墓場の中央の、いつもの所定の場所にみけは座っていた。

目をつぶり、静かにその場に佇んでいる。

遠くからそんな彼女を6人で眺める。

明日の決行前に、仲間みんなでみけを確認するためだ。


「ほんと、あらためてかわいい子ね」とカシス。


「ちんちくりんだけど将来ありぁヤベえぜ、ベッピンさんになるぞ」

「……おいトカゲ、ミリエルに触ったら殺す」

「ケッ、ガキに興味はねえよ」

「……ハッ、どうだか……教会連中はペド野郎が多いって言うじゃん……」

「ありゃあカスだ。むしろ俺っちが地獄に叩き込んでやるよ」

「ついでにオマエもついていけば?」

「なんでよ」


……ユーミルとザリードゥは仲が悪いな。

というかユーミルの当たりが強い。

異端狩りに親友を殺されたせいか、彼女は教会関係者が大嫌いだった。

あと神なるものも大嫌いだった。


だが、戦士としての実力は認めている。

……しぶしぶ同行も認めてくれた。


あっ……とカシスが声を上げる。


「あの子、みけちゃんだっけ。……こちらに気づいたみたい」

「なんでわかる?」


「こっちを見て、なにか……ああ、そう」

「なんだ」


「た・す・け・て……だって」

「わかった」


カシスはこの距離からでも読唇どくしんができる。

本当に、優秀なシーフだ。

みけの必死の叫びも聞き取れた。


6人でそろって頷いた。

大丈夫だ。なんの問題もない。必ず助ける。


みけは、ぼろぼろと声を上げずに泣いていた。

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